表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/56

幽閉ルート5

 ノーマと会って数日経っても、表向き皇妃の首飾り事件に進展はない。

 何せ容疑者が捕まって監獄入りしてるから、新たに調査なんてしてないんだ。

 被害者がいて、容疑者は偽証して、偽証を証言する人がいて。

 何処の誰とも知れない被害者よりも、首飾りを盗まれた摂政女帝がお怒りで。


 だから最初にノーマが客観的な証人として巻き込んだ衛兵は、聴取されてもいない。

 衛兵自身も何もしてない。

 見ず知らずの女中のために、上に睨まれる真似なんてしないってわけだ。


「犯人を上げて仕事しましたって言いたいんだろうけど、せめて証言の裏取りくらいすればいいのに」

「伯爵家とはいえ、父からも物言いはなく、女中として働くような淑女とは言えない身。いっそ、身持ちが悪いために働いていると思われてさえおります」


 ぼやく僕に、ノーマ本人があんまりな実情を教えてくれる。


「勤労に努める人がいるから暮らせてるのにね」

「…………シャルさまは、そうお考えになるのですね」


 ノーマが微かに笑った。


 ノーマがこの監獄にいるのは、逃亡の恐れとか適当な言い訳で容疑者として収監したから。

 その容疑も皇太后からの窃盗で、殺人はついで。

 被害者がいるからって背後関係も調べず、表向きはどうやって女中が皇太后の部屋で盗みを働いたかをこっちで取り調べしてることになってる。

 けど実際はそんなことしてないから、働いてないのはこっちも同じ。


「向こうも共犯者がいるくらい疑って、こっちに催促とかないの? ねぇ、マルさん」

「はて、どうでしょう? 首飾りについても調べましたが、高価でもなく由緒もなく。本当にお怒りなのは皇太后さまのみ。周りもほとぼりが冷めるのを待っているのやもしれませんな」

「え、ほとぼり冷めてどうするの?」

「ノーマ嬢に適当な量刑を課して終わりでございましょう」

「でも、見つかった死体については?」

「何処の誰とも知れぬ者です。何処からも引き取りも究明の声もないのならば、どうでもよいのでしょう」


 ひたすらこの事件自体を面倒がってるってこと?


「それさ、宮殿の守り大丈夫?」

「多くの者が働く中で、不特定多数が出入りしますので。いつどこで自らの職分に飛び火するかわかりませんから。下手に突いて責任問題などにされては堪らないのでしょう」


 責任逃れを婉曲に語るマルさんに、そんな所で働いてたノーマも頷く。


「一つ椅子が空けば、そこに自らが座ることもできると考える者は珍しくありません。何より重要性の低い左翼棟でのこと。これが本館であれば、ルカイオス公爵さまなどの大貴族が声を上げもするでしょうが」

「えぇ? 皇太后の持ち物盗まれてるし、誰かもわからない人が入り込んでるのにぃ」

「それこそ、内々にすでに沙汰が下っていることさえありますな」

「うーわー」


 マルさんが不穏なことを言う。

 その内々の沙汰って、僕が幽閉先で病死することが、幽閉前から決まってたようなものでしょ?

 その上、僕自身は幽閉前に事故に見せかけて攫われてるって言う。

 これは本当に、父が幽閉されるほどの抵抗をしなかったら、僕殺されてたかな。


「…………そう言えば」


 ノーマが何か言いかけたけど、そこにノックの音が被る。

 マルさんが対応に出て、また報告書が届いた。


「ふむ…………なんともお粗末な。しかし、こうなると本当に何故死体が出たのやら」


 僕はそんなことを言うマルさんから報告書を受け取って一読。


 サビーヌ司教は、すでにマルさんの手下に捕まってる。

 けどなかなか口を割らないってことで時間がかかってた。

 フィドラという女中なんて知らないと言ってて、教会からもあまり時間をかけると物言いありそうな雰囲気だったんだけど。


「ようやく口を割ったのか。…………あぁ、うん。マルさん、これ追加で調べる?」

「えぇ、それは調べねばなりますまい。しかし、大した結果は出ないでしょう」


 軽く返される。

 じゃあ、この内容はノーマに話してもいいかな。


「どうやら、被害者として見つかった者は、カテーテリオス伯爵というらしい」

「寡聞にして、そのようなお名前は覚えがございません」

「うん、そんな伯爵家調べた範囲ではないらしいよ」


 帝国は国の集まりで、一人の貴族が幾つもの爵位や名前を持つものだ。

 だから確実とは言えないし、何処かの都市国家が独自に発布してる場合もある。


 前世では廃棄された海上要塞に住みついて国王を名乗り、寄付を募って爵位を売っていた人もいたらしいし。

 面白半分で買ってる日本人がいたのを覚えてる。

 そんなのインターネットのある前世でも、その爵位を証明する方法なんて現物の書類確かめる以外にない。

 けど今回、調べる相手はすでに死んでて住まいさえわからないんだ。


「少なくとも、皇帝の領地である帝国の中にはない家名で、あったとしても相当無名」

「さようですか」


 淡泊な返答だけど、ノーマとしては濡れ衣である窃盗の真犯人かもしれないサビーヌ司教のほうが気になるからだろう。


「うん、だいぶくだらない話だから、気を落ち着けて聞いてね」

「…………かしこまりました」

「まず、このカテーテリオス伯爵は、自らが先々帝の庶子の孫だと名乗っていたそうだ。で、本来は祖父が皇子として宮殿に上がる予定だった。けど皇子になる前に伯爵として死亡。父が受け継ぎ、今は自分がカテーテリオス伯爵を継いでると言っていた」


 サビーヌ司教はそう聞かされたというだけの話。

 その上でサビーヌ司教は、無頼漢に襲われているところをカテーテリオス伯爵に助けられ、恩を売られた。

 さらに世が世なら、なんて身の上話を聞いて同情までしたそうだ。


「ここですごいところは、帝都に来たのは自らの血筋を証明するためだとカテーテリオス伯爵は語ってること。庶子以下の先帝の皇子が皇帝を名乗るのを許容する代わりに、自らの血筋を保証する旨を一筆、皇太后からもらうためだったと言ったそうだよ」

「なんと、恐れ多い」

「実際一筆貰ったという、それらしい書類をサビーヌ司教に提示したそうでしてな」


 マルさんが言うとおり、なんとサビーヌ司教、カテーテリオス伯爵にコロッと騙された。

 生活が苦しいと援助まで引き出され、さらには祖父が住むはずだった部屋を見たいと宮殿への出入りもサビーヌ司教に手引きさせたそうだ。


 そして表ざたにしないことが皇太后との約束であると言われ、サビーヌ司教もそれを信じて口を閉じていた。

 逃げる準備としか思えないけど、ふいに姿を消しても捜してくれるなと、カテーテリオス伯爵に言われてたそうだ。

 その時にはきっとサビーヌ司教を危険にさらすと泣かれたとか、役者らしい。


「普通に考えたら、皇太后がそんな自分に不利な書類作るわけもない。なのに、サビーヌ司教は、皇太后が生活苦を抱えたカテーテリオス伯爵に同情したという作り話まで信じたんだそうだよ」

「皇太后さまは少女時代、気の優しい淑女と有名でございましたから」


 マルさんがさらっというけど、摂政女帝というあだ名と全然かみ合ってないよ。


「ま、ともかくサビーヌ司教は信じたんだ。皇太后がこっそり生活の足しになるもの、高価ではないけれど、帝室所縁の品をカテーテリオス伯爵に贈るという嘘を」

「…………つまり、窃盗の犯人はサビーヌ司教ですか」


 ノーマは無表情だけど、口角が下がりぎみなのは、そんな馬鹿げた話で犯罪者にされかけてるからだろう。

 僕もどうかと思うよ。


「本人はあくまで預けられて届けただけと言ってるらしい。首飾りもちゃんとカテーテリオス伯爵に指示された場所に保管されていて、用意されていたと」


 ただ実際に聞き取った言葉が書かれた報告書を見るに、なんとでも解釈できる。

 だいたい着飾ることも公務の摂政女帝だ。

 使わなくなった宝飾品が仕舞い込まれてるなんてよくあることだろう。


「これは、殺人事件じゃない。被害者による詐欺事件だ」


 僕が断定すると、マルさんも目を瞠る。


「殺人ではない? しかしそれでは詐欺師が死んでいた理由がわかっておりません」

「あれは事故、もしくは病死。少なくとも自殺や他殺じゃない。そうじゃないと関わった人間たちの反応が不自然だ」


 僕はマルさんに答えつつ数え上げた。


「死ぬ直前まで女中のフィドラと会話してる。カテーテリオス伯爵には姿をくらます算段もあった。その上で酒を飲んで収奪品を見せびらかすこともしてる。少なくとも自殺はあり得ない。なのに死んでる」


 ノーマも理由に納得してるの見て続ける。


「だったら他殺かというと、それもない。一番疑わしいのは騙されてたサビーヌ司教だけど、この人に騙されてた自覚がそもそもない。直前まで会ってた女中は隠しもせず証言してる。女中を捜してたティオキスはサビーヌ司教の共犯で偽証したかな。それでもフィドラを斡旋してるから、騙されてる仲間だ」


 何より誰もカテーテリオス伯爵の存在を知らないから、宮殿に殺すだけの動機がある人がいないんだ。


「皇太后も怒って狙うならサビーヌ司教のほうだろうし。詐欺に名前を使われて、仕舞い込んでた装飾品盗まれた被害者だろうね」

「一応、死体からは血が出ていたはずでございますが?」

「それ、致死量? えっと、ドバっと死ぬほど出てた、ノーマ?」

「いいえ、倒れた頭の付近の絨毯に広がる程度で」

「だったら、意識をなくして倒れた時に何処かに打ちつけたかな。もし襲われたなら、少なくとも正対してそのまま危害を加えられるとも思ってない顔見知りの犯行だ。そもそもその頭部の怪我以外に外傷はないというんだから、たぶん病死。で、服を乱したり酒を求めたりしてたなら自覚症状はない」


 僕の呟きにノーマは真剣に、マルさんはまるで推理ショーでも聞くように耳を傾けていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 本当に皇妃の首飾り事件だったw この後国家クーデターで王朝崩壊、市民革命きたりします?
[一言] 詐欺師かー
[良い点]  一番納得出来て一番お粗末な真相w  しょうがねーなー。 [気になる点]  今回は錬金術携わってないからなあ。  テレサはこのままかなあ‥‥‥。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ