幽閉ルート4
皇妃の首飾り事件なんて呼ばれて、好奇の目を向けられる宮殿での怪死事件。
僕は事件当日姿を消した、女中のフィドラを捜すことから始めた。
と言っても、僕もれっきとした囚人だから監獄からは出られないし、ノーマも容疑者として監獄に囚われてる身。
僕の世話もあるから、フィドラを捜してるのはマルさんの手下だ。
僕はと言えば、この数日ノーマに市井の話を聞いてる。
もちろん黒子の布被ってるし、ノーマにも、僕に対して質問しないという条件を課した。
あとは、マルさん同伴の下でのみの面会だ。
「へー、犯罪者ギルドなんてものがあるんだ? 都市伝説とかじゃなくて?」
「そもそもが有名な犯罪者一家の集まりで、一家は本拠地に堂々と名を出して活動しているそうなので、実態があるかと」
つまりやくざとかマフィア的な?
帝都って、けっこう怖い所なんだなぁ。
ノーマも伯爵令嬢だから、知ってる話は大きく話題になったものだけ。
有名な宝石の窃盗だとか、何処そこのお姫さまの誘拐身代金だとか、皇子暗殺未遂だとか。
「…………そう」
思わず出かけた言葉を飲み込む。
黒子の中からマルさんを窺えば、じっと僕を見てた。
皇子暗殺未遂事件の時は、僕もまだ宮殿にいた。
というか、それの共謀として僕は世間的には、籍没からの辺境への幽閉、そして病没。
それも毒殺だとか色々噂あるみたいだけど、どうやらエデンバル家と犯罪者ギルドが共謀してたのは確からしい。
そしてエデンバル家は潰せたけど、一種烏合の衆な犯罪者ギルドは潰しきれずに残存してるんだとか。
「…………ノーマはここにきて不自由はない?」
何かを察して黙ったノーマに、僕は水を向ける。
水と言えば、皇子暗殺未遂事件は水辺で起きたそうだ。
弟の皇子たち三人が乗ってた遊覧船が襲われたらしいけど、どうやったのか僕は知らない。
無駄に庭園に出て行けって見張りが言うなと思ったら、どうも襲われるの織り込み済みで、僕に濡れ衣着せるためだったらしい。
実際遊覧船とやらは破損したけど、弟たちは無事だったし。
僕にあえてエデンバル家近づけるようにしてたから、たぶん計っただろうルカイオス公爵側も、エデンバル家を誘導できるだけの繋がりを用意してた。
僕を巻き込むための人員が暗殺計画を知らせて、あんな茶番が起きたのかもしれない。
「不自由はございません。恐ろしい監獄と聞いておりましたが、全く違いました」
僕が考えてると、ノーマが高い天井を見あげて言う。
もう終わった話だし、僕は目の前のノーマに腕を広げてみせた。
「元が要塞で外見は厳めしいからね。そして収容されているのは、危険思想に謀反人、国家転覆を企む危ない者たち…………っていうのはまぁ、事実なんだけど。けっこう自由だよね、ここ」
ぶっちゃけて言えば、ここは反省室のような場所だ。
身分があったり、ちょっと生意気言った人をポンと放り込んで反省を促す。
出入りが制限されるし、見張りは常時いるし、基本囚人は名前では呼ばれず、部屋番号で呼ばれて個人の尊厳が軽視される。
他人に傅かれることが当たり前で、家名に誇りでも持つように育った人なら、恐ろしくも厳しい生活かもしれない。
けど僕からすれば、囚役も何もないこの環境は全然ぬるいけどね。
「そもそも部屋が全員独房という名の個室で広いよね。希望すれば散歩ができるし、外向きには厳重だけど、中庭に面する窓は何処も大きく採光がいい。専用のコックもいれば三食は保証されてるし、服装も好きな物を着ていい。差し入れしてくれる人がいれば、読書も執筆もできる。強者になると絵画や彫刻やってる人もいるんだよ」
絵画や彫刻のくだりには、冷静沈着なノーマも目を瞠った。
「外に実態は知れないから、いっそ世俗を忘れたいってアトリエ代わりにしてるらしいって聞いたな」
「まぁ…………。シャルさまが特別という訳ではなかったのですね」
「ないない。僕はただの囚人の一人で…………」
気軽なお喋りの中、ノックの音がした。
マルさんが目で合図してくるから、たぶん手下だろうし、僕は頷いて見せる。
対応に向かったマルさんは、扉の向こうと言葉を交わすと、書類を受け取って戻って来た。
もちろん部屋の扉は外から施錠される。
こういうところはちゃんと監獄だ。
「フィドラを発見し、聞き取りを行った結果が届きました。シャルさま」
「素直に話してくれたわけか。…………はぁ、なるほど?」
すでに見ただろうマルさんは、止める様子もない。
だったら、気になっていても顔に出さないよう我慢してるノーマに話してもいいだろう。
「女中は、上司であるティオキスの命令で、サビーヌ司教から物品を預かるよう命じられたそうだよ。それは帝室の由緒ある品だから、粗雑に扱うなとサビーヌ司教はうるさく言いつけたそうだ。さて、ノーマから見て、フィドラはそんな大事な物を預かるに足る人物だったかな?」
「いいえ、そうは思えません。巨悪を成すほどの性根の悪さはありませんが、小悪であればなんのためらいもなくなす、そんな考えの浅い人間でした」
確かに宮殿でそれは、知らなかったで済まされないこともある。
ただだからこそ、よく考えもせずに言いつけられたからと諾々と行動しそうな人か。
「フィドラの証言はこう続く。サビーヌ司教からさらに言いつけられて、左翼棟の一室で待つ尊貴な方に預かり物を届けたと。その尊貴な方はいつも部屋にある金杯で酒を飲んでいた」
ぴくっとノーマの表情が動いた。
やっぱり頭いいな。
「いつも、つまりはこのお使いはフィドラにとって初めてじゃなかったわけだ。ちなみに、酒を注ぐよう求められるために、フィドラはその名前も知らない尊貴な方につき合って左翼棟にそれなりにいたそうだよ」
ノーマは質問しないよう耐えた上で、僕の言葉を待つ。
するとマルさんのほうが僕を責めるように見た。
そもそも質問するなって言ったのマルさんなのに。
「で、尊貴な方は酒を飲むとすぐに酔って、自分で服を乱して足もおぼつかない様子でだらしなくなるそうだ。さらにはサビーヌ司教曰く由緒ある品を、その場で無造作に取り出してフィドラに自慢することもあったらしい」
フィドラの聞き取りの中には、首飾りであったことも知っていたとある。
尊貴な方と呼ばれる被害者が、自分から首飾りを取り出して持っていたと。
ただその先は、僕が口にしていいものかどうか。
マルさんを見ると、黒子越しの視線に気づいて眉を上げる。
わざとらしく、今思い出したとばかりに。
「酔うと先帝批判を口にしていたそうですな。なんとも不敬なことでございます」
僕は僕で帝室関係のことを他の人の前で言えない縛りがある。
だからこの証言も引っかかるかもと思ったんだけど。
マルさんが言うならやっぱり駄目なんじゃないか。
面倒だなぁ。
こんなことなら宮殿の事件なんて持ってこないでよ。
「数度顔を合わせた中で、フィドラ相手に自らには皇帝の血が流れてるとか自慢してたらしいよ」
「では、本当に尊貴な方なのですね」
報告書の内容を伝えると、ノーマもさすがに驚きを表す。
「正直何処の誰ともわからないな。これだけ騒がれないし、身元に繋がる情報もない。なら身内のいない、もしくは見捨てられる程度のってことかと思ったけど」
「逆に、それだけ重い身分の方で、知る者たちが口を閉ざしたのやもしれませんな」
僕の推測にマルさんが付け加える。
見れば面白そうな顔してるし、これは絶対違うな。
本当に帝室関係者なら、調査は打ち切りだ。
何せ僕の正体を隠す側で、下手に触ってこっちが露見したら意味がない。
けど止めないなら、本当に尊貴な血筋ってわけじゃないんだろう。
「もっと若ければ、亡くなられた殿下の生存説を推す者も出るでしょうが。私が見た方はどう考えても三十はこえていました」
真剣なノーマの推測は埒外だった。
僕もマルさんも肩が跳ねそうになるのを堪える。
うん、監獄の探偵も色々噂あるからね。
大丈夫、驚かない。
被害者で謎の人物となれば、面白おかしく推測する声も出るのも想定内だ。
人知れず急死した第一皇子にも、生存説という噂があるのも知ってる。
何せ先帝に寵愛されていた第一皇子だからね。
急死にも、ルカイオス公爵や摂政女帝の毒殺の噂とかあるし。
「…………三十くらいで、尊貴な血筋って、誰かいるかなぁ?」
「さて、帝室のお血筋は歴史と共に広く散っておられるので」
僕はマルさんと上っ面の会話をして、ともかく動揺を押さえこもうとする。
「ま、次に調べる相手はわかったよね」
「えぇ、そうでございますね」
僕とマルさんは動揺を隠して軽く言い合った。
次の標的は、首飾りの出処を知ってそうなサビーヌ司教。
少なくともこれで、首飾りの出所はわかりそうだった。