幽閉ルート3
脱線しつつ、暇だからという理由で僕は皇妃の首飾り事件について聞いた。
結局宮殿左翼棟で見つかった、身元不明の死体の事件を調べることになる。
まぁ、暇だからね。
遺体状況は身元が不明であることと、その手には皇妃の首飾りが握られた不可解な点がある。
そして飲酒をしていた形跡と、額から血を流して倒れていたということで、他殺として事件化してるそうだ。
「第一発見者の女中が、摂政女帝から窃盗の上、はずみで殺したとみなされた。で、その妹が女中の姉の無実を訴えて、僕に手紙を、ね」
一人で手紙を眺めるけど、顔には黒子っぽい布を被ってる。
見にくいけど、今日は来客の予定があるから仕方ない。
こんな不自由するくらいなら皇子だった時にそれらしく振る舞ってたら…………なんて、今はいいか。
「シャルさま、ガラジオラ伯爵令嬢をお連れしました」
「入って」
外からマルさんの声と、開錠の音がする。
マルさんと一緒にやって来たのは、質素なドレスの女性。
二十代前半くらいかな。
前世三十の記憶がある僕としては若いと思う。
ただその伯爵令嬢は落ち着きと、確かな警戒が冷たい無表情の中に感じられた。
「さて、なんと呼んだらいいかな? 僕のことはシャルとでも。探偵なんて名乗ったことはないんだ」
「親しい者にはノーマと呼ばれております。身を整える機会をいただきありがとうございました」
伯爵令嬢のノーマは、どうやら相当肝が太いようだ。
表情も動かなければ、こんな異様な状況にも声が震えない。
どころか、容疑者として捕らえられたまま汚れていたので、身支度するようにと一度別室へ案内してる。
そうして身綺麗にできたことの実益に対して、怖じることなく礼を述べた。
もうこの時点で、殺しなんて無益なことしなさそうな人物に見えるな。
妹の手紙でも、姉は自分のやったことに善悪の頓着が薄いとあった。
その分、やるなら強い信念を持っているので、悪いことでもやったならやったと認める。
だから違うと言うなら違うはずだとか。
「一応、こうして呼んだことは秘密にしてね。そうじゃないと、君の潔白を信じて、こうして手紙をくれた妹さんも悲しむことになる」
脅しを含めて手紙を見せる。
するとノーマは、手紙の最初の部分に指を這わせて初めて表情を動かした。
「最初のほうは力が入らない様子で薄く震える文字。その後、別の人が代筆したのか、明らかに筆跡が違う。誰が書いたかはわかるかな?」
「妹は枕から頭を上げられないほどの日もありますので、力ない文字は妹でしょう。その後は、世話をする侍女が代筆したと思われます」
ノーマは、心配そうに手紙を見ていたところから一転、淡々と僕に答えた。
マルさんからの事前情報で、伯爵令嬢なのに下位の女中をしてた理由は聞いてる。
再婚の多い父親に顧みられない姉妹で、母親はすでに亡く、病弱な妹の治療費のために女中をして給金を稼いでいたとか。
そんな特殊な事情があるから、特殊な事件の容疑者と目された部分もあるそうだ。
普通と違う経歴なら、普通と違う事件に関わってもおかしくないなんていう思い込みだ。
「ここで見聞きしたことは絶対外では漏らさない。それを誓えるかな?」
「おおせのとおりに」
僕がマルさんを見ると、いつでも後ろからノーマを襲える位置に立ってた。
そんなマルさんは髭を撫で、そして笑う。
どうやらノーマとこのまま話していいようだ。
「君は随分冷静な人のようだね。まずはノーマから見た、当時の死体発見の経緯を聞いてもいいかな?」
ひととなり、その人の思い込みや思考の方向性を見極めるためにも水を向ける。
話を聞くからには、そういう主観を知って、それを排除する必要もあった。
けどこのノーマは、終始淡々と事実だけを語る。
その上でけっこう頭切れそうな様子だ。
何せこの怪しくも見るからに年下の僕に、下から来た。
今も容疑者にされている中で、一方的に無実を訴えることはせず、上位者である僕が問いかけるのを待ってじっと口を閉じるほど冷静さを保ってる。
「あれは昼の休憩中のことでした。上司にあたるティオキス主事から、女中仲間のフィドラを捜すよう命じられました。午前から姿が見えず、用事があるため至急とのことでしたが、休憩中であるため断りました。不当ながら辞職勧告さえ受けたので致し方なく、命令に従い捜索をした次第です」
わー、けっこう上司の横暴語るし、休憩中だから嫌ってはっきり言うことも明言してる。
これは妹からも善悪に頓着しないと書かれるわけだ。
前世と違ってコンプライアンスなんて考えないこの世界じゃ、ちょっと融通利かせるなんて、コミュニケーションくらいの扱いなのに。
「おおよそ私ども女中が出入りする場所にはいなかったので、左翼棟で人目につかず休んでいるのではないかと上司に言われ、私はまず左翼棟への出入りの許可を求めました」
「その上司に?」
「はい、それと共に左翼棟周辺を巡回する衛兵がおりましたので、上司に言われて中を確認することを申しまして、不審なことはないとお伝えしています」
ノーマはけっこう慎重だな。
横暴な上司とは別に証言者をしっかり用意してる。
その上で、宮殿本館から入れる廊下を使って他の人目も稼ぎ左翼棟へ。
鍵にも自ら触ってないという。
さらには外から見て窓が微かに開いていた部屋に当たりをつけて、一直線に向かったとか。
「で、そこで死体か。見つけてどうしたの?」
「はい、声をおかけして血も出ていましたので、お声かけした衛兵の元へ報告に戻りました」
一切触らず、まだ近くにいた衛兵と共に死亡が確認された。
そこから上に報告され騒ぎになり、しかも女性ものの首飾りを握っているという不可解な状況。
調べたところ摂政女帝のものとなって、さらに騒ぎは事件化したそうだ。
「君はそれで、どうして容疑者に? 摂政女帝、皇太后の私物に触れる立場だったの?」
「いいえ、私は大臣方のお部屋周りの清掃をしておりました」
「つまり、本来は宮殿本館にも入れないわけか」
宮殿は本館に皇帝とその家族、他国からの客を泊める部屋なんかがある。
そして大聖堂や図書館のある右翼棟、諸皇子が住まう左翼棟。
大臣たちはその本館を中心にした建物群とはさらに別の、宮殿内の建物にいる。
上位の侍女や侍従でさえ、許された部屋以外への立ち入りは咎められるんだ。
女中は下位の存在で、高い地位の人の目につく場所にいるだけで咎められる役職。
摂政女帝の部屋に近づくことさえできないはずだった。
「私にかけられた嫌疑は二つ。皇太后さまからの窃盗と、何者かの殺人でございます」
「使われていないとは言え、宮殿内での殺人なら重く見られても仕方ないか」
「いえ、私への容疑で重いのは、窃盗に関してでございます」
「つまり、それほど価値のある首飾りだったってこと?」
「夫から贈られ、仕舞い込んでいた物と聞き及びました。ですので、何故仕舞い込んでいた物を盗めたのか、また盗んだことに対する皇太后さまのお怒りの大きさでございます」
言われて思わず黙る。
マルさんを見ると、知らないと言うように首を横に振った。
皇太后が夫と呼ぶのは、幽閉されてる先帝だ。
仲違いの上、自分の手で追い落とした相手。
そんな相手からの贈り物、使わずに仕舞い込むのはわかる。
その上で、管轄の違う女中が入り込んで盗みを働いたとしたら、重大事だろう。
ただ、首飾りを盗まれたことに対して、摂政女帝は怒っているという。
「…………首飾りは、高価そうだった?」
「はい、私のようなものにとっては」
「あ、うーん。僕も女性の首飾りの価値はわからないなぁ。あ、飾ってある絵画の人がつけてそうな物だったかな?」
つまりは飾り立てて描かれた肖像に、つけるに相応しいだけの価値あるものなら、怒りももっともだ。
先帝を追い落とした後も使わずに仕舞い込んで、処分してなかったのもわかる。
「いえ、そう言われますと真珠にカメオのついた、高価ではあれ普段使いに向く品だったかと」
ノーマは記憶力もいいらしく、しっかりと形も覚えてた。
じっと見据える僕にノーマは不備があったかと窺ってくる。
「…………だったら、破損は? 例えば無理に奪ったような」
「いいえ。しっかりと留め具もはまった状態でございます」
「ふーん」
あえて声を出して、余計なことを考えそうな思考を追いやる。
「それじゃ、やることは決まった。マルさん、ノーマに命じた上司のティオキス、そして捜されていた女中のフィドラから当時の状況を聞こうか」
「申し上げます」
ノーマが許可を求めるので手を振って促す。
「事件の日にフィドラは職を辞しており、捜していたはずの上司も仕事を辞めた人間を捜すわけがないと、私の発言を否定しております」
「つまり、全て君の虚言だと言うわけか。それが通ってるなら、女中はその後宮殿にいないわけだ。けど、君もそんなすぐばれる嘘を吐くほど愚かでもなさそうだし」
僕はマルさんに目を向けた。
「じゃ、まずはフィドラだね。遠ざけられたなら、何か捜査であげられたら困る証言を持っているんだろう。捜そうか」
そう言っても、動くのは監獄を出られない僕じゃない。
マルさんは一礼して捜査を受け負う応諾を示した。