幽閉ルート2
帝都郊外の監獄に幽閉され、第一皇子としては死んだことになった僕。
だから部屋に一人きり、もしくはマルさんと二人きりの時以外は顔を隠して名前もシャルと変えた。
「え、いやそれ詐欺でしょ?」
「ほう、そうなのですか?」
唯一の話し相手である執事っぽいマルさんが、僕の言葉に面白がる様子を見せた。
僕はマルさん以外と喋ってもアウト。
部屋は元砦を改装してるから、壁が厚くてセーフ。
けど部屋の外へ散歩してる時とかは、他人と喋ると本当に殺されることになる。
けどマルさんは、こっちが禁をおかさない限りは何処までも臣従姿勢。
今も手持ちの本を読んでしまった僕に、最近あった面白い話を聞かせてくれた。
「ご子息が馬車でどこぞのご令嬢に傷をつけたらしいと、面白いほど慌てふためいておりましたが」
「それで、代理人を名乗る人からの賠償金請求なんでしょ? つまり、息子はおろか被害者の有無さえ確認してない状況じゃないか。なのにいきなり示談金を払えなんておかしいよ」
前世でもあった、オレオレ詐欺にしか聞こえない話を聞かされたんだけど?
「まずは息子に事実確認して、被害者の実在を確認することからじゃない?」
「被害者である令嬢は、家名からして実在はしておりますな」
「だったら、本当に怪我をしてるかどうかだね。誰かが勝手に名前を借りてる場合もあるでしょ」
「ふむ、なるほど」
マルさんは整えた髭をさらに撫でて整える。
これする時は考えごとしてて、大抵考えがまとまると笑うんだけど…………。
「わかりました。しばしお側を離れます」
にっこり笑ったロマンスグレイは、僕に顔を隠させると外に出た。
小一時間、読む本もなく暇になった頃、にっこにこで帰って来る。
「さぁ、シャルさま。面白い事件をお持ちしましたぞ」
「ちょっと、また変なことに首突っ込ませるつもり?」
ウキウキのマルさんが差し出すのは、すでに開封された一通の手紙。
あて名は、監獄の探偵さま。
「…………これさ、絶対マルさんのせいだよね?」
「何をおっしゃいますか。シャルさまの慧眼が冴え渡った故の二つ名でありましょう」
「いや、僕は散歩中に聞いた囚人の冤罪について、マルさんに話しただけだから。それを冤罪だって調査し直したのは、マルさんじゃないか」
「答え合わせは、したいではありませんか」
悪びれないなぁ。
実際マルさんが冤罪を調べ直した理由は、ただただ興味だ。
まるで推理小説を読むような気軽さで、僕に冤罪を訴える囚人の調書や、未解決事件の詳しい捜査資料を持ち込んできた。
「実は今、巷を騒がせる事件がございまして」
「楽しそうだね…………」
軽いノリのマルさんのせいで、僕は巷で密かに監獄の探偵と呼ばれてるらしい。
この監獄に移ったのも、探偵に縋りたい囚人が、僕に近づくようになったからだ。
僕のほうから何をしなくても寄って来て、正体を暴こうとする。
それじゃ正体隠すことも難しいから、いっそ監獄から監獄へお引っ越しとなった。
そんなことで三カ所目なのに、マルさんはまた新たな事件を持って来てる。
「実はこの手紙、事件の容疑者とされる女中の妹より届けられた冤罪の訴えにございます」
「もう止まる気ないんだね。はいはい、聞くだけはするよ。で、どんな事件?」
「世間ではこう言われておりますな…………皇妃の首飾り事件と」
皇帝の妃である皇妃は、現在空席のはずだ。
僕より二つか三つ下の弟が皇帝だから、そもそも十歳過ぎたばかりの子供だし。
つまり、皇妃と呼ばれる人が持っていた首飾りか。
今は摂政女帝と呼ばれる前皇妃が所有する首飾りという意味だろう。
目を向けるとマルさんは続けた。
「ある日、誰もいないはずの宮殿左翼棟で、一人の男の遺体が見つかりました。貴族らしい様相でありながら、それが何者であるかが今もって不明。ただ部屋には誰かが給した酒があり、手には皇太后であらせられる方の首飾りを握っていたのです」
「摂政女帝かぁ。今皇太后なのに、なんで皇妃?」
「語呂が良かったのでは?」
適当すぎるよ。
「っていうか、被害者が誰かわからないってある? 宮殿の門を通過してるなら、見た人がいるはずでしょ?」
「それが逆に門番はいくらでも人を見ますので、似た背格好や外見の者はいくらでも」
「じゃあ、左翼棟だ。出入りするには見張りが…………」
「それはシャルさまがおられた時のみ。今は施錠だけされて無人なのです」
僕は第一皇子として住んでいた時には、宮殿の端である左翼棟に住んでた。
左翼棟の中でも父の住む本館に一番遠い部屋だ。
その頃は、僕の世話をしてくれる大人は出入りで必ず荷物検査されてた。
廊下を歩いても見張られ、庭園へ散歩に出かけても見張られ。
常に五、六人が僕を囲んで監視してたっていうのに、ずいぶんな違いだ。
「…………だったら、その鍵の所在は?」
「被害者が持っておりましたが、いつなくなったかは不明ですな」
「管理が雑すぎるってー」
「ほっほっほ。第一皇子の霊が出ると噂の場所など、管理したくないそうですぞ」
「絶対それ僕以外の誰かじゃん」
僕の突っ込みにツボに入ったマルさんは、笑いすぎて声も出ない。
さらに気管に何か入ったらしくむせもする。
「はぁ、実はこの事件、これ以上に面白いのがですね」
「人が死んでるのに面白がるのは不謹慎すぎない?」
「他人ですので」
「本当、娯楽扱いだよね」
「他になさることもありませんでしょう」
「楽しめってこと? 今のところ、誰か死んだしか情報ないんだけど?」
謎も何もない。
ひたすらに管理が雑で起きた事故か事件。
なんなら、服毒自殺さえ疑える状況だ。
いや、そう言えば容疑者の肉親からの手紙があるんだった。
つまり他殺と言われる理由が何かあるんだろう。
そうじゃないと妹からの手紙の意味がわからない。
監獄の探偵を求める人は、いつでも何か解決してほしいことがあるんだ。
「実は謎の死体、身元がわからないのは知っている者が口を閉じてるからだと言われております」
「まぁ、妥当な線だね。勝手に左翼棟に入り込んでるし、仲間だと思われたくないとかかな」
「いえ、被害者は皇太后さまの愛人だという話ですな」
「ぶほ!?」
突然の不敬まっしぐらな発言に、今度は僕がむせる。
「だったら余計に、なんでよりによって逢引き場所が左翼棟なんだよ!」
世間じゃ僕は、摂政女帝に殺されたことになってるのに!
「首飾りを持っていたので、手ずから渡したか、手切れ金か、はたまた別れ話がこじれた末に?」
「僕が住んでた所で逢引するとか、どういう神経?」
「あぁ、いえ。シャルさまが使っていたのとは違う部屋ですので」
「それはそうでしょ。あれだけいっぱい部屋あるのに、一番宮殿から遠い部屋使う意味ないって。遠すぎて、逆に時間がかかりすぎて行きにくいよ」
半分興味を削がれた僕の様子に、マルさんは話を変えた。
「噂というのは一人歩き、自儘に勝手ですからな。顔を隠した謎の囚人もまた、皇太后さまの隠し子という噂があるほどです」
「はぁ!?」
「あの方、先帝の妃となる前には婚約者がおりまして。泣く泣く別れ、しかし間には一人の御子が。ことがお父上に知られたことで、そのままでは嫁げぬと、産ませたのちに監獄へと幽閉し…………」
「適当なストーリー作らないでよ。僕の両親に失礼すぎる」
「おや、これは失礼いたしました」
僕が怒ったことでマルさんはすぐに頭を下げる。
と思ったらまだ話は続いた。
「その他にも、先帝の腹違いの皇子であるとか」
「つまり父上と兄弟? 年齢が合わないでしょ」
「皇妃が惚れこみ国に返したくない公使であるとか」
「だから年齢」
「どこぞの国の王と王女の道ならぬ恋の結晶だとか」
「何処のだよ。適当すぎる」
「国家転覆を志しながらも志半ばで果てた反政府勢力の英雄の一粒種であるとか」
「盛大に適当すぎる」
「悪魔崇拝者」
「荒唐無稽」
「淀みの魔法使い」
「あぁ、狂うって言う? 捕まってるにしてもそれ、教会の役割じゃなかった?」
「現皇帝陛下の異母弟」
「今度は父上が不貞をしてたって言うの? 適当なこと言わないでよ」
どうやら暇を持て余しているのは僕だけじゃなく、巷の人は誰でもそうらしい。
全く好き勝手言ってくれるものだ。
だからこそ逆に、その中に死んだはずの第一皇子が実は、なんて真実が紛れてても、一緒くたに眉唾になる。
木を隠すには森の中とは、よく言ったものだ。