犯罪者ギルドルート7
九歳で犯罪者ギルドの主要な一家ハリオラータに拾われ、気づけば僕は十四歳になっていた。
「なんだか、今日は騒がしいんだけど? なんでこんな日に買い出しなんて」
「えぇ、いいじゃなぁい。コールとぉ、お出かけしたかったのぉ」
甘ったるい声で荷物を持つ僕を撫でるマギナ。
スキンシップ過多なのは今さらで、しかも扱いが九歳の頃から変わってない。
この世界十五くらいで成人扱いで働けるっていうのに、未だに幼い弟のようなままだ。
それでも男をひっかけてお金を工面することに長けたマギナは、荷物持ちをする僕に駄賃として町人の三か月分の給料くらいの素材をポンと買ってくれる。
そうでもなければ、別荘地のアジトも引き払った今、わざわざ帝都に買い物になんてこないよ。
「お、いたいた。やっぱりマギナ顔隠しもせずにいるな」
「あれ、アルタ。まぁ、この賑わいだとそれなりに警備も出てるよね」
アルタが顔を隠させるための目立たない外套を被せると、マギナは不服そうにする。
アルタと一緒にカティも現れたけど、目立つベリーショートの髪も眼帯の顔も、マギナと同じような外套で隠されていた。
「犯罪者ギルドが潰れて四年とはいえ、気をつけるに越したことはないからね。それで、今日は何買ってもらったの、コール」
「やめてよ、カティ。そう言って前も僕が買ってもらった素材ちょろまかしたじゃないか」
なんて仲良くしているふりをして、僕たちは帝都を見回る兵を避けて進路を変える。
こんなこそこそする動きもずいぶん慣れたものだ。
表向き、犯罪者ギルドの壊滅と共に、ハリオラータも潰れたことになっている。
一緒に他の一家も巻き込んで、派手に逃げ回ったりしてくれたから、ハリオラータの表の顔を担ってた犯罪者共々壊滅した扱いだ。
今ハリオラータを名乗るのは、新たに作った表の顔でも、裏の顔でもなく、地下に潜った僕たち七人だけ。
「ったく、未だにエデンバル家と争って、犯罪者ギルドの残党捜し回ってるなんざ、皇帝は蛇のようなしつこさだ」
アルタは路地に張り出された公の報せの中に、犯罪者ギルドに関わった者を処罰したという文言を見つけて舌打ちをする。
「皇帝のぉ、庶子が誘拐されたんでしょう? 子供取られたら、怒る親もいるっていうしぃ。あ、でもぉ、何処の一家か絞ってほしいわぁ」
「少なくともあたしら関係ないからね。子供の誘拐とか身代金要求って言ったらファーキン組だけど、上の奴らは知らないって言ってるらしいよ」
マギナとカティは他人ごとで話してる。
それはそうだろうけど、そうじゃないんだよ。
完全に犯罪者ギルドはそのことについては冤罪なんだけど、ハリオラータは無関係じゃないんだ。
僕もその話が出た時におかしいと思ったから、頭のクトルに自衛のためって言って調べてもらった。
そしたらニスタフ伯爵家が言い出したらしいんだよね、預かってた庶子が犯罪者ギルドの者らしい悪漢に攫われたって。
「怒るくらいなら…………」
言おうとして、夢見がちな自分の思考を鼻で笑ってしまった。
ハーティは、僕を置いて行った父は愛していたという。
その父は皇帝としてエデンバル家と内扮して、関係ない犯罪者ギルドを執拗に追って、さらにやりすぎだという貴族と政争をしてと忙しい。
そんな無駄な争いする前にやれることがあっただろうに、なんて今さらだ。
顔も思い出せない、声も知らない皇帝が、何を思って争ってるかなんて実際わからない。
ハーティが言った言葉はただの願望かもしれないし、皇帝もただ勢いをつけるために庶子の誘拐を大義名分にしてるだけかもしれない。
内心なんて知れるわけもない相手だ、考えたって無駄なんだ。
「ねぇ、これ何処向かってるの? どんどん人増えて来たんだけど?」
「きらきらのぉ、馬車が通るのよぉ。その見物をするのぉ。コールも見たいでしょう?」
「全然」
マギナに即否定するとカティが頭をポンポンと叩く。
ヒールもあって女性陣が僕よりもまだ身長が高い。
「ほらみろ、コール。あの紋はユーラシオン公爵家だな。窓から見えるのは今年入学の長子だろ。頭のいい学校に行くんだと」
アルタに言われて顔を上げると、ちょうど窓の外へ目を向けた紺色の髪の少年と目が合う。
けど馬車は止まることなく進み、ぶつかった視線は一瞬で離れた。
「…………今のが公爵家の馬車なら、もうあれ以上派手な馬車もないでしょ。人も多いし、さっさと帰ろう」
「えぇ? お祭り騒ぎはぁ、一緒に馬鹿みたいに騒いだほうがぁ、楽しいのにぃ」
「そうだよ、コール。お前いつも顔死んでんだから、こう言う時くらいはしゃぎなって」
「はしゃがないし、騒がない。そんなの興味ないし、僕の表情が動かないのは動かすだけ面倒だからだ」
マギナとカティがまた頭を撫でるのを振り払って、僕はアジトに戻るために歩きだす。
愛想笑いは散々前世でやってたんだ。
だったら今は笑うふりも何もしないでいいならしたくはない。
それにハリオラータのみんなは、僕が仏頂面だろうが棘のある言葉しか返さなかろうが気にしないし、ただ言ってるだけなんだ。
「お、帰って来たな。どうだった、コール? 帝都にぎわってたろ?」
「知ってたなら言ってよ、クトル。荷物抱えて何度も人にぶつかられたよ」
クトルは片眼鏡をはめて手元の魔石を吟味中。
表の仕事は常識的な稼ぎしかない。
でもそれだと全然魔法研究のために素材を手に入れるのにも足りない。
なんせ魔石は魔力を帯びた宝石だ。
そこら辺の石ころサイズを求めるだけで百万は飛ぶ。
だから裏があるんだけど、そっちが思いの外好調になってた。
「お、帰ったか、コール。ちょうどいい。次の消えるインクの試作品についてなんだが」
「バッソ、帰ったら私と話す約束をした。コール、魔導書を縫い閉じる糸に呪文を書いたこよりを仕込む件だが」
帰って早々、バッソとイムが裏の話を持ちかけて来た。
危ない魔導書の複製は思いの外需要があったんだよね。
禁書は欲しいけど、長く保存しておくのも不安という魔法使いがけっこういた。
それに合わせてお金を払えば魔導書の難解なところを教えるというサービスもしてる。
そうなるともっと強力な魔導書を、もっと凶悪な魔導書をという需要が増えたんだ。
けどそれには魔導書が書かれた内容に耐えられるだけの強度が必要になる。
その強度を手軽に補う方法として、糸に呪文を入れることを試してもらっていた。
「そっちも興味があるな。ほれ、コール。試作品の問題点と改善案。あと素材の検証結果もまとめたから目を通しておけ」
バッソは書類を渡して、そのままイムと呪文をこよりにした糸を検証し始める。
消える印刷は魔法使い以外にも受け、貴族や豪商たちがこぞって求めてる。
犯罪者ギルドが潰れて他人に汚れ仕事を回すことができなくなったから、少しでもリスクを減らすための道具として重宝されてるらしい。
少量のインクと紙一枚でけっこうなぼったくり価格なんだけど、需要のほうが多いんだよね。
「あ、復元不可能な試作品も出たか。だったらこれは出せないね、バッソ。こよりのほうは糸にわからないように依ることができるなら後は発動具合だ。必要分の糸をまず作らせて、イム」
消えることが売りだけど、復元もさせないと悪用される。
僕たちが消える紙やインクで詐欺られても困るんだ。
だから完全でもなくていいから、魔法をかけることで描かれた文字が復元できるようさらに別の魔法を開発した。
印刷で消えるインクと紙は安定的に作れてる。
けど手書きでも消えるのが欲しいってことで、今研究中だ。
「いやぁ、コールは働き者だなぁ。弟分が優秀で俺は嬉しいぜ」
「クトルの弟分になった覚えはない。その魔石フェイクでしょ。カティが全く反応しないし。見た目だけならいい出来じゃない?」
「お、本当か? コールに言われてガラスで作ってみたんだよ。魔物の安い素材入れると魔力も薄いんだが、血をドバドバ入れたらけっこう良くなって」
ちょっと想像して嫌になる。
クトルも僕たちの頭として、研究と資金稼ぎをしてるから口には出さないけど。
もちろん僕も稼いだ資金を使って快適な生活の一助にさせてもらってるしね。
座ったソファもその一種だ。
どうしても椅子が硬いから、前世の知識でコイルを作らせた。
それを仕込んで座り心地がいいソファを作れたのも、資金あってこそ。
「ねぇ、コール。次は美容系の何か発明してぇ」
マギナが懐いてくると、カティも真似して寄って来る。
「あのフェイク、確かに見た目は悪くない。もっとガツンとあたしに来る改良ない?」
「美容は身体強化どうにかすればと思わなくはないけど、今のところ興味ない。魔石のほうはガツンと来るの意味がわからない」
雑にあしらうと今度はアルタが寄って来た。
げんなりした顔を向ければ、湯気の立つカップを差し出される。
まだ肌寒い季節にはありがたく、僕は何も言わずに受け取った。
「何か不満があれば言いな。あんたが来てから暮らしは確かに快適になった。あんたの癖、手伝ってやる」
「だったら、今はこれで十分だ」
僕は温かくしたミルクをすすりつつ答えた。
そう、これでいいし十分だ。
べたべたした家族でもなく、だからって冷え切った仲でもなく、家族ではないけど仲間と呼べる誰かといられる。
前世では想像もしていなかった暮らし方だけど、それは僕にとって十分快適な暮らしと言える環境だった。