ルキウサリアルート3
日本人から異世界転生を果たし、ロスと名乗って僕はルキウサリア王国にやって来た。
お姫さまのディオラがいい子で、乱暴された僕を庇ってくれて、話したりするうちになんだか懐かれた自覚はある。
だからルキウサリア王国でも、お城で働くことを認められたのはたぶん幸運だった。
家出が七歳で、もう三年前。
僕は十歳になっていた。
「ロス、ロス!」
「姫さま、走っては叱られますよ、おっと…………」
頬を紅潮させたディオラが、書斎で本の整理を言いつけられていた僕のところへ走って来た。
そのまま僕の手を両手で掴んで引っ張られ、僕は手に持っていた本を片手で抱え込む。
「咲いたわ、ロス! あなたが言ったとおりだった! あの噴霧器? あれはすごいわ!」
「あぁ、魔力回復薬の原料の薬草ですか? 花が咲いてもまだ種子の採集からもう一度育つかどうかを見なければいけないんでしょう?」
「それでも今まで花を咲かせることもできなくて枯れるばかりだったのに。ロスが言うとおり朝霧を再現したらできたのよ。それに朝霧を再現するためのあの噴霧器もロスの発明じゃない」
「いえ、案を出しただけで作ったのは僕じゃないですよ」
興奮ぎみで早口になるディオラを落ち着かせるように答える。
それに本当のところ、ただの思いつきなんだ。
学園の研究施設へと視察に行ったディオラは、研究員が悩んでいたと心配していた。
だから話を聞いて考えられることを話し合う手伝いはしたんだ。
その中に、そう言えば霧吹きで水をやる観葉植物が前世にもあったと思って言ってみただけ。
「どうしたんだ、騒がしい」
「お、お兄さま。申し訳ありません」
書斎の持ち主であるアデルがやってくると、ディオラは途端に大人しくなった。
「またロスを困らせていたのか、ディオラ?」
「そ、そんなつもりはないのです」
「姫さま、殿下にも成果のご報告をなさってはいかがでしょう」
赤くなって恥じ入るディオラは年相応に可愛いけど、困らせるのも本意じゃないから助け船を出す。
アデルも長年の研究が実を結びそうだと知って、騒ぐことに納得した。
「だが、それはまずロスじゃなく陛下に申し上げるべきだろう」
「う、はい。で、ですが、ロスのお蔭で、結果に繋がったのです」
「どう評価されるかもまた陛下がお決めになる。ロスの功績であると思うなら、その旨を確かに陛下へと挙げるのも上の者の務めだ」
「はい」
ディオラは小さな声で返事をすると、アデルは溜め息漏らした。
「ロス、ここの片づけが終わったら、明日の授業で使う資料のまとめの手伝いをしてくれ」
アデルは学園へと入学していて、三年前までは癇癪持ちだったことが嘘みたいだ。
一年前に入学してから年々落ち着きを身に着け、僕に手伝いを命じて真面目に勉強に励んでいる。
僕は応諾のためアデルのほうに向き直ろうとした。
けれど動けないことに気づいてディオラを見る。
「姫さま、お手を…………」
言うけれど、ディオラは俯いて掴んだ僕の手を離そうとはしない。
アデルが注意しようとすると、ディオラが絞り出すように言った。
「最近…………私よりも、お兄さまとばかり、一緒な、気がするの」
「…………それは、申し訳ありません」
言われてみれば、以前はディオラの話につき合うことが多かったけど、今ではアデルの勉強につき合うことのほうが多い。
と言うか僕、男だからお姫さまと親しくするわけにもいかないんだよね。
そのせいもあってアデルとの時間が増えたんだけど、どう見てもディオラはそのことが不服らしい。
「私、新しい本を読んで、それで、ロスとお話したくて。でも、ロスはいつもお兄さまのお手伝いで。…………ずるい」
「ぶは」
「殿下…………」
噴き出すアデルに、ディオラが真っ赤になってしまう。
謝ろうとするアデルだけど笑って声が出ないようだ。
その様子にディオラさらにむくれてしまった。
そしてそれを宥めるのが僕なんだけど?
「姫さま、でしたら約束をしましょう。そうすれば殿下が割り込むこともできません」
「おい、ロス。私を邪魔者扱いか?」
「えぇ、そうね! お兄さまは抜きにしましょう」
「ディオラまで…………」
不服そうなアデルだけど、僕たちは二人で次におしゃべりをする約束を交わす。
そして満足したディオラは、ようやくルキウサリア国王に報告へ向かった。
ディオラのおつきはアデルに礼をして、忍び笑いを堪えつつ去る。
「全く、あれで我が国きっての才媛と言われているんだぞ。ロスの前ではどうしてあんなにも子供っぽくなるんだ?」
アデルは腕を組んで言うけど、十歳の女の子ならあんなものだと思う。
ただそれは、僕に前世があるからこその感想だろう。
「可愛らしいじゃないですか」
「それは、まぁ」
認めるアデルの反応に、僕は思わずまじまじと見た。
「なんだ?」
「いえ、三年前では考えられないなと」
「お前…………。いや、まぁ、私もそう思う。今は、その、妹が可愛いよ」
以前は妹に劣るという負い目で、常に苛立ち周囲に当たることも珍しくなかった。
成長した今、改めてディオラを見れば、確かに優れているし理解力もあることがわかるだろう。
けれど精神的には子供であることは変わらず、それが見えるようになったようだ。
「他人ごとの顔をしているが、ロスのお蔭だからな」
「はい?」
素で聞き返したら呆れられた。
「勉強なんて経過よりも結果、できることをやっていれば結果はついてくると、僕を机に向かわせたのはお前だろう」
「馬を川に連れて行っても、水を飲ませることはできないと言います。勉学に打ち込まれた殿下の努力ですよ?」
「それだ」
「どれです?」
素直に聞き返したら、何故か睨まれた。
なんなんだ。
「努力もできない凡人以下と罵った後に、意地で課題を終わらせたら、やればできるとか、やらないだけ勿体ないなんて言うから…………」
「いえ、罵った訳ではありません。ただの事実です」
そういうこと言ったことあるけど、普通にやらなければできないのは当たり前って話だし。
まぁ、前世の塾での受け売りをいくらか言った記憶はある。
どれだけモチベーション上げさせるか、自信をつけさせるか。
学校と違って営利目的だから、そういうことに進学塾は真摯だった記憶があったんだ。
アデルは不機嫌そうな顔になると、僕に指を突きつけて来た。
「ディオラもお前以外とはあまり話が合わないと言っていたところに、研究所の視察なんかで最先端見に行って実感して身につけろと言ったのだろう」
「えっと、頭で理解していることも、実際やってみると難しいことがありますし?」
「そういうこっちの先回りしてくる感じが、私もディオラも…………!」
「どうかなさいましたかな?」
アデルに詰め寄られているところに声をかけられた。
アデルは相手を確認して、僕に目で合図をすると礼を取る。
「これは、ストラテーグ侯爵。お久しぶりです」
「おぉ、アデル殿下でしたか。何かお困りですかな?」
通りかかりに声をかけて来たのは紫の髪の男性で、聞き覚えのない家名だ。
王子であるアデルが礼を取るなら相応の身分の人なんだろう。
けど後ろには金髪の青年を一人従えているだけで、あまり偉ぶって見えない。
「いえ、少々声を高くし過ぎました。父との面会のご予定で? 今はディオラが少々ありまして、報告をしているかもしれません」
「ほう、ディオラ姫が。いや、それにしても三年会わないだけで見違えましたな、殿下」
僕は貴族と喋れる立場じゃないので気配を殺して壁際に引く。
親しげな様子から血縁のある貴族だろうか。
なんだか金髪のほうがこっち見てる気がするんだけど。
僕が怒られるようなことしたとでも思ったかな?
まぁ、そんなのはどうでもいいか。
偉い人ならお手伝いしてる程度の僕と会うのなんてこれきりだろうし。
今はどうやら、僕を助けてくれたディオラの悩みが完全に解消されたとわかったことのほうが重要だ。
アデルはちゃんと妹を大切に思うようになったみたいだし、理不尽な怒り方もしないし。
今は密かなこの達成感に喜んでいよう。
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