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犯罪者ギルドルート6

 エデンバル家が皇帝暗殺を計画した。

 それは犯罪者ギルドからすれば、何も驚くところのない依頼だという。


「帝室なんてお互いで殺し合うような所じゃない。血筋の低い皇帝なんて、今まで良く生きてたってところよ」

「そうだな。もっと早くユーラシオン公爵が兵でも上げるかと思っていた。エデンバル家は八つ当たりだな」


 眼帯のカティとマスクのバッソが、特別思うところもない様子で言う。

 今の皇帝はいつ殺されてもおかしくないなんて言うなら、今挙がった名前以外にも帝位と命を狙う相手はいるんだろう。

 血縁上の父親に今さら思うことはないけど、愛していると言っていたハーティの言葉がちらつく。


 ハリオラータの頭とその側近と呼ばれる面々の中、僕は長髪のイムに相談された。

 けど僕は皇帝暗殺を依頼される理由すらわからないから、話を聞いたらこれだ。


「ようし、一番下の弟に教えて…………」

「弟じゃない」

「こっちだってあんたの妹分に成り下がった覚えはないよ、クトル」


 否定する僕に続いて、顔に傷のあるアルタも否定する。

 ただ言う割に、こうして集まってるんだから、クトル以外も僕に対して年少者の世話をするつもりがあるのがな。


 そして教えてもらったのは、ルカイオス公爵という父を皇帝に据えた大貴族の政争の余波だということだった。

 政治的に負けることが決まったエデンバル家が、ルカイオス公爵の権勢を確たるものにした皇帝を殺すことで腹癒せをしようというらしい。


「これ、暗殺が成功したとして、エデンバル家は返り咲きありえるの?」

「うーん、コールくんはぁ、もっと笑ったほうが可愛いと思うよぉ。皇帝とか知らない人のことはどうでもいいからぁ、私とお買い物行かない?」


 マギナは他人の生死なんてどうでもいいらしい。

 いや、ここにいる誰もがそうだ。

 ただ僕だけは、血縁という他人と言えない繋がりを隠しているだけで。


 そしてもう一つ、前世大人だった記憶があることも隠してる。

 この人たちには言ってもいい気はするけど、わざわざ言う気にもなれないから言ってない。


「どうでもいいも何も、放置しては置けないでしょ」

「何故だ?」


 そもそも話を持ってきたイムが聞き返す。


「これ、失敗したらどうなると思ってるの? エデンバル家だけで治まる話じゃないでしょ。犯罪者ギルドとして依頼されたなら、絶対犯罪者ギルドのほうも騒がしくなる」

「あー、それはうざってぇなぁ。実行犯は消すよう言っておくか?」


 クトルは普段の調子と変わらない様子で殺人を検討する。

 しかもその発言を気にしてるのは僕だけとくる。


「あぁん、そんな眉間にしわ寄せて。可愛くない顔しないでぇ」

「いや、コールの仏頂面はいつものことでしょ」


 懐いてくるマギナの手を叩き払ったら、カティが肩を竦める。

 確かに不機嫌を隠さずにいるけど、ここの誰もそれを気にしないし、いっそ今のマギナみたいにカトルもあえて寄ってくることがあるくらいだ。


「ともかく、これは噛んだらその時点で面倒が生じる。関わるべきじゃない。だいたい、これ依頼受けて、その時に得られる報酬以上に美味しいことあるの? エデンバル家は負け確定なんでしょ。そこと今さら組む旨みなんてないよ」

「うん、そうだ。やはりコールは語彙力が高い。私はあまり口が回らないが、同じことを、考えていた」


 確かにイムは賢いし理性的だけど、言葉は少ない。

 今回僕に声をかけたのも懸念を共有するためらしい。


 なんか、もう言わなくても同じくらい大人の扱いされてる気がしてきた。


「で、だったらいっそこれを機に犯罪者ギルド潰したほうがいいと思う」


 もう気にするのも面倒で、僕は思ったことを告げる。

 するとさすがにハリオラータの頭を名乗るクトルが目を瞠った。


「もしかして、稼ぎ方思いついたのか?」

「そんなにすぐ出るわけない。だから、もうハリオラータのいらない部分ごと犯罪者ギルドを潰す。そうすれば金が浮く」


 僕の提案に、驚きはあっても嫌悪はない。

 ここにいるメンバーはハリオラータの先代に恩を感じてる。

 だからこそハリオラータという組織には思い入れがあった。

 それと同時に、犯罪自体には良心の呵責もなければ執着する理由が資金源以外にない。


「ハリオラータの根本的な理念は、魔法の解明や創作だ。だったら、犯罪に手を染めることを目的とした表の顔はもういらない」


 と言ってもそこが資金源なんだけど。


「だから、魔導書を作ることで資金にする。同時に裏では禁書になるような魔導書も扱う。そして、本来のハリオラータは地下に潜る」

「簡単に言うがな、魔導書を今から作っても時間がかかるぞ」


 バッソが言うとおり、この世界の印刷技術はあまり発展してない。

 聖書なんかの同じ文言をひたすら本にするだけなら教会が印刷してるらしいけど。

 それ以外は手書きで、飾り扱いにする程度には貴重なものであり、そもそもの識字率が低いから需要も限られる。


 けどこの世界には魔法がある。

 そして魔法にも法則はあるし、物理の法則もある程度前世のものが通用する。


「これ、インクを転写する魔法。転写できるインクの作成と、専用に加工した紙、保存のためには表紙にも専用の魔法陣を仕込む必要がある」


 手間はかかるけど、転写の魔法で一ページ二十枚は複製が可能。

 単純に一冊上げるのに年単位かかってた作業が二十倍の効率になる。


 その上で、この魔法はあえて未完成だ。


「十年経てば転写した魔法の効果は消えて、中の文字も消える。そうすれば、買い直し。廃品回収を名目に専用の紙を使った白紙の本を取り戻せば、紙を作る工程の短縮ができる」


 僕の説明に、クトルはじっと転写の魔法を見据える。

 何かと思ったら、真剣な顔で妙なことを聞いて来た。


「それ、数日で消えるってことはできないのか?」

「できるけど、そんなのなんの役にも立たないでしょ」

「いや、こりゃすごいぞ。そのインクと紙を使えば証拠が残らん」


 バッソに言われて今度は僕が驚く。

 けど周囲は消えるインクってことでまずそう思ったらしい。

 これは犯罪者歴の差か…………。


「指示書とかにしたら今までの手間が減るんじゃないか?」

「いや、ここは犯罪者ギルドのほうに売るほうがいいよ」

「でもぉ、潰すってコールくんは言ってるからぁ」


 女性陣が騒ぎ出すのに、イムが一つ頷く。


「潰して奪える資金を奪うこともしよう。一緒に潰れたように見せかければ追及もない」

「おし! いいなそれ。別に犯罪者ギルドに売らなくても、欲しがる商人や貴族はいるだろ。あそこ抜けられるならもう抜けちまおうぜ。いやぁ、会合だなんだってウザったかったんだ」


 クトルはいっそ晴れ晴れとして言う。

 それにアルタが蓮っ葉に鼻を鳴らした。


「だったら、ハリオラータの裏でも表と通じてる奴は切らないと。足引っ張られるね」

「それならちょうどいい。最近研究に貴族を噛ませようとうるさいのがいた」


 すぐさま処分対象を上げるバッソに続いてマギナも笑顔で言う。


「他のぉ、ギルド組織に情報売ってるいけない子もぉ、ポイッてするのにいいかもぉ」

「新しく魔導書扱うために商人引っ張って来る? それとも犯罪者ギルドに関わってない何も知らない奴捕まえる?」


 カティは表の顔のことも考えて案を上げる。

 そうしてトントンと話は進んだ。

 会社で考えれば上層部のワンマンで、下の声なんて聞かないし、事情なんて顧みない上意下達が徹底したとんでも組織だ。


 まともじゃないと思うけど、そこに僕も入ってる。

 自分で犯罪をすることは嫌だけど、それでもここにいることは嫌じゃない。

 前世のように大人の顔色を窺う必要もないし、どうせ何もない身の上だ。


「じゃ、潰させるならこのエデンバル家の依頼もいいタイミングで流さないとな」


 クトルに言われて、ちょっとホッとする。

 顔も思い出せない父だけど、死んでほしいなんて思わないし。

 少なくとも何かあれば、叔母のハーティが悲しむだろう。

 それは正直心苦しい。


「こういうのはファーキン組が受けるんじゃないかい?」

「アルタ、宮殿に入り込むなら伝手のあるサイポール組だろうが」

「えぇ? もうどっちも噛んで一緒に沈んでもらったほうがぁいいんじゃない、バッソ」

「あんた、陥れることに関しては本当にエグイわね、マギナ」


 カティが呆れるけどイムは、黙々と上がった意見を書きだして方向を纏めた。

 それをクトルが見て親指で指し示すと、僕に意見を求める。


「いいか、コール?」

「好きにすればいい。僕はただ、快適に暮らすための場所が欲しいだけなんだ」


 そうだ、心苦しいなんて思わずに済むならそれが快適ってものだろう。

 僕は今、洗濯機の次にアイロンを使いやすくする魔法を考えないといけないんだから。


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