犯罪者ギルドルート5
犯罪者ギルドに所属し、なおかつ上層の一角を占めるハリオラータに捕まってから一年。
僕は帝都と湖を挟んだ、別荘地と呼ばれる場所に起居していた。
「おーい、コール。起きてるか?」
「もう昼を過ぎてる。起きなかったクトルがおかしいんだ。僕まで惰眠をむさぼっていたように言わないで」
最初の出会いの悪さから、僕は名乗らないままいたら、勝手に名前をつけられた。
態度も冷たいだとか、棘があるだとか言われるけど気にしない。
「いや、昨日はちゃんと俺も、頭として働いたんだぜ。弟分が冷てぇなぁ」
「クトルの弟分になることを了承した覚えはない」
言いながら、僕は馴れ馴れしく肩を抱いてくるクトルの腕を押しのける。
だいたい犯罪者ギルドなんてところと関係する、ハリオラータの仕事なんてまともなことじゃない。
この隠れ家にしてる別荘も、元は没落貴族が建てて、それを成り上がり商人が買ったのを、商人を借金漬けにして奪ったとか聞いてる。
クトルは何が気に入ったのか、こんな態度の僕にコルギアスと名前をつけて、コールと呼び一日一回は絡みにきてた。
ただ単に僕がやってる開発に興味があるのかもしれないけど。
「今度は何作らせるんだ? 何これ、樽と…………いや、本当になんだこれ?」
僕の手元の図解を勝手に手に取って目を眇める。
「洗濯を楽にするための道具。その部品は樽の中に入れて回すハンドル。樽の中に入れた棒につけた羽が水流を作って揉み洗いのような効果を出すんだ」
「で、水入れて魔法陣起動するだけで、お湯になる魔法の理論を構築してるって?」
さすがに僕よりもずっと魔法を研究してるだけはある。
図解はわからないのに、周囲に描き散らした魔法陣の理論や考察で求める結果をすぐに理解した。
「相変わらず潔癖だな。毎日、掃除洗濯風呂まで。やっぱりコールが淀みの魔法使いになって患った癖、潔癖だろ」
「それだけはない」
すげなくいって、紙を奪い返す。
どうやら淀みの魔法使いになると、何かしら譲れないこだわりが芽生えるそうだ。
それは気が狂いそうなくらいの拘りで、奪われるとそればかりを求めて凶暴に力が強くなる。
けれど逆に満たせば、いくらでも思うとおり強くなれるという諸刃らしい。
それを潔癖と言われるけど、それはないんだ。
だって前世でやってたことだし、地下の工房に暮らしてる時は我慢できてた。
「そろそろ確定しないと、ここぞと言う時に危険もあるんだぞ」
クトルが兄貴分ぶって言う。
実際一度、こだわりである目元を隠す眼帯を取り落とし、荒ぶるカティを見た。
緩んで落ちた上に、場所が魔法薬に使う素材を探してやって来た崖の上。
崖下に落ちた眼帯を追おうとめちゃくちゃに暴れ、一瞬浮くという歴史上魔法使いたちが願ってやまなかった浮遊の魔法を一時的に習得。
それでも止めたら自分自身を覆い隠す黒い霧を生じるという、今まで見たことも聞いたこともない魔法を編み出していた。
「…………あれは酷かった」
「だろ? って言っても、潔癖が違うんだったらいったいなんだ? コールが頭が良くて冷静なのは、いっそイムと一緒で淀みの癖以外に感情動かないからか?」
「それもないから。…………あえて言うなら快適な生活。それに僕は拘ってる気がする」
あまりうるさいから、思い当たることを伝えた。
工房で暮らして、僕は正直生きる気力も湧かなかったんだ。
それでも動いていたのは、一日をより快適に暮らせる場を整えることをするため。
そしてそれは今でも続けていること。
「もし今、お風呂を破壊されたら…………あ、駄目だ。思ったよりもこれ、来る」
「いや、それやっぱり潔癖だろ」
想像だけで吐きそうなくらいのストレスを感じると、クトルと無駄な押し問答になる。
「潔癖はない。そういうクトルは、自己犠牲か何かが癖なんじゃないの?」
「あ、わかるか? イムたちにも早晩ばれるって言われてたんだ」
気にせずクトルは、諸刃になるはずの癖を僕に明かす。
どうやら、仲間と認定した者と離れることができないのがクトルの癖らしい。
仲間認定する相手は、子供の時に淀みの魔法使いなった者。
さらに一緒に過ごす時間も必要らしいけど、僕は見た瞬間に仲間になれる相手と直感したとか。
「なんでそんな裏切りに弱そうな癖のあるクトルが頭なんか…………」
「いやぁ、守るためなら何でもするし、裏切られた時には徹底して排除するからじゃないか?」
思ったよりヤバい奴だった。
そんなこと思ってたら、またクトルが僕の肩を馴れ馴れしく抱く。
けど外そうとするのを今度は年長者の力で押さえ込まれた。
見ると笑顔だけど、何をするかわからない鬼気迫るものが感じられる。
「コールも気をつけろよ。仲間辞めるなんて言われたら俺も何するかわからないから」
「言うに決まってるだろ。この隠れ住む生活の何が快適だ」
正面から叩き返した途端、クトルは僕の首に手をかける。
けど攻撃は予見してたから、僕も間に手を入れて締められるのを防いだ。
「俺の理性試すようなことするなよ。本当に絞め殺しちまう」
「僕の兄貴分名乗るなら、耐えて普通を装うくらいの賢さを持ってもらわないと困る」
言った途端、クトルは頬を紅潮させて嬉しげに手を離した。
別に兄貴分と認めるとは言ってないのに。
「まず、僕としては犯罪者ギルドなんて物騒な組織に関わる生活に快適さはない。そしてクトルが拘るのは自分の仲間であって、犯罪者ギルドではない。これは合ってる?」
「そうだな。なんだったら、ハリオラータの表のほうもどうでもいいな」
表と言っても、それこそ犯罪者としての顔で違法な魔法薬を売買したり、借金で首が回らなくなった魔法使いに違法な拘束魔法で縛りつけて働かせたりしてる。
そして裏は、創立当初からの理念、淀みの魔法使いとして魔法をより高みへという研究所的な動きのことだ。
ただしどちらも違法だし、どうかと思うのは変わらない。
けど表立って犯罪行為で名が知られているよりも、裏に隠れていたほうがましか。
「俺だって研究のため、暮らしのために金が必要だからやってるだけだし。お前ら結局研究好きだろ?」
はかばかしくない僕の反応に、クトルは取り成すように言って指を折る。
「イムは魔導書に金使うし、アルタは魔道具に金使うし、カティは魔石大好きだし、バッソは大魔法試す土地欲しがるし、マギナは自分を着飾るのが好きだし」
「全部結果としてヤバい新魔法の開発に繋がるのが嫌になる。僕みたいに暮らしに寄与するささやかな発明でいいじゃないか」
「いやぁ、コールもけっこう戦争に使えそうな案出しまくってるから。まだ知識も技術も足りなくてできてないけど、実現したら死の商人も夢じゃないぜ」
「快適に生活できないこと請け合いじゃないか。そんな物騒な商人になる気なんてないね。だいたい、興味ないなら犯罪者ギルドに関わらない別の稼ぎ方考えて」
「そんなの俺、知らないし」
犯罪で稼ぐ方法しか知らないと、クトルは笑顔で言い切る。
しかも法外な金が必要だからこそ、犯罪をしてでも稼いでいる。
それなのに犯罪者ギルドや犯罪行為自体に重きは置かない、か。
「だったら、僕が稼ぎ方を考えたらそれに乗る?」
「うん? いいぜ。弟分が考えてくれたなら。あ、でも他の奴らもいいって言わないと困るな」
「そこは頭の威厳で従わせてよ」
「いやいやいや。俺は仲間大切にするから」
犯罪者がいうには嘘のような台詞だ。
けれどクトルは大まじめだし、実際そう言う信条で行動し、仲間以外を陥れる。
正直仲間扱いは迷惑だ。
けどこの一年、世話になったのも事実で、クトルのみならず他の五人も僕を気にかけて世話を焼いてくる。
乳母のハーティ以外で、僕にそれほど心砕いてくれた人は他にいない。
「…………はぁ、僕ってチョロかったんだな」
騒がしいクトルを追い出して、思わず呟く。
犯罪者になるつもりはない、ないけど、この生活に快適さを感じていないわけでもない。
ありていに言えば手放し難さを感じてしまってる現状、癖の厄介さにため息が出る。
それからひと月。
クトルの補佐もする、比較的理性がある長髪のイムがわざわざやって来た。
「コール、意見を聞かせてくれ。お前の観点は保身に役立つ。犯罪者ギルドのほうにこんな依頼が舞い込んだ」
「犯罪者ギルドに依頼するだけろくな依頼じゃないでしょ。そんなことに僕の意見なんて…………」
憎まれ口を叩こうとして、絶句してしまった。
イムが差し出した依頼書の内容は、皇帝ないし皇子の暗殺を依頼するもの。
依頼主はエデンバル家。
犯罪者ギルドの太客で、資金源にもなっている悪徳貴族だ。
「…………本気?」
誤魔化すために、僕は盛大に顔を顰めてイムへと依頼書を突き返す。
けれど内心では、自分も驚くほど動揺していた。
顔も覚えてない父親なんて、今さらどうでもいいと思ってたのに。
それなのに脳裏には、どうか覚えておいて、そう言ったハーティの声が過っていた。