犯罪者ギルドルート3
七歳で家出して、魔法使いの工房を見つけ籠った。
最初はルキウサリアという学校のある国へ行こうと思っていたけど、正直現実的じゃない距離だ。
行って入学できるだけのお金もないし、それでも向かおうと思ったのは目的地が欲しかっただけ。
「結局、楽に暮らすだけはできる場所を見つけて、離れられずに一…………二年近くか」
僕は九歳になっていた。
今は春で、夏になればここにきて二年になる。
春の食べられる野草を摘みつつ、現状を顧みた。
「動物は罠を張れば捕まえられる。けど魔物が近いから警戒はいつも必要。あの犬から縄張り奪えればいいけど、明らかに子供連れてたしなぁ」
日中地上で食料を作る作業をしつつ、地下に籠ってばかりだと落ち込む気分に頭を振る。
最初に見た犬の魔物は、去年子供を連れてて繁殖してた。
その上以前よりも攻撃的で、追い回されてなんとか逃げ隠れする羽目になったんだ。
もし親犬を倒せても、独り立ちしたその子供がまたここを縄張りにするんだろう。
「…………やめよう。考えて何になるっていうんだ」
落ちるほうに気持ちが傾いて、僕は目の前の作業に集中することにした。
野草は火を通しただけじゃ食べられたものじゃないし、そもそも塩もないから、苦いばっかりだった。
少しでもましにするため下処理をするんだけど、そのために水を多く使えるのはまだ良かったと少しでもいいほうに目を向ける。
考えたところで行き場のない自分を、もう諦めてるんだ。
いっそ親や周囲に煩わされないで生きるという、前世ではできなかったことをしよう。
「さて、処理も終わったし。後は魔法の練習をしよう」
これもまた生きるため。
そう思って魔力を集中して、この二年で安定して出せるようになった火の魔法を復習。
そして、イメージが固まったせいか出せてもガスコンロの大きさだけというのが今の課題だ。
せめて今度はで手持ちのガスバーナーを噴射させるようなところに持っていきたい。
そう思っていたら、突然草を踏み鳴らす音が聞こえた。
犬かと思って振り返った所には、木々に紛れるような緑の髪の人が立っている。
「子供? あ、おい!」
僕はすぐさま走った。
相手が誰だかわからないけど、見られたなら放っても置かれない。
だったら逃げるしかない。
「おい、集まれ! 子供だ! 子供がいたぞ、探せ! 魔法を使っていた!」
背後の声に思わず舌打ちが漏れる。
「まずいな、複数いたんだ」
近くの子供のふりでもすれば良かったかな、いや、もう遅いか。
この二年の間に人間を見なかったわけじゃない。
ただこれだけ人気のない場所に、あえてやって来るなんて碌な人間じゃなかった。
暴力、恐喝、詐欺の打ち合わせに強盗の段取り。
「きっと今いる人間たちも犯罪者。…………だったら、いいか」
ちょうど投げやりな気分のところに犯罪者らしい人たちが現われた。
悪いことの相談を盗み聞きする中で、人買いなんて言葉も聞いてる。
子供をさらって労働力が欲しいところに売却するらしい。
子供だから力で押さえつけて、帰り方もわからないからそのまま隷属させられる。
「売られたり殺されるくらいなら、やれるだけのことをやってやる」
遠回りして、仕かけていた獣用の罠を回収し、蔓で作った縄や網を調達。
僕は逃げ隠れしながら、思考を回した。
どうすれば最も効率的に攻撃できるかを探って。
「火を大きくするだけならできる。いっそ、周辺の草を使って? それなら一カ所に集めないと」
何処か頭の隅で危険だと理性が囁いた。
そんな人を殺してしまいそうなことをしてはいけないと。
けれど魔法に集中した途端、その声は掻き消える。
敵は倒さなきゃいけないし、力は使わなければいけないんだと。
いつも魔法を使う時だけは、間違っていないという自信が湧いてくるんだ。
「確か、ヤマトタケルの神話にあった…………野火攻め」
草薙の剣の逸話で、ヤマトタケルがやられたという戦法。
ようは燃えやすい草に火をつけて敵を焼く。
そのために必要なのは火と風。
そして恐ろしいのは発生する煙と火の粉だ。
野焼きや海外の自然火災で映像を見たことがあるし、煙に巻かれると熱波の中に何処へ逃げることもできなくなるとかで被害状況は甚大だった。
火の粉が飛んで次々に燃え広がるから消火も難しいんだったかな。
「うん、それだ。それなら僕でも倒せる」
悪い企みは何度も聞いた、醜い欲望と暴力も何度も見た。
ここでやらないと自分がやられる。
攻撃に出ないと奪われ、搾取されるだけなら、やらない愚か者になるつもりもない。
ほんの少し暮らしやすくした地下での生活は、寂しくて空しいけれど、この世界で初めて僕が自分で得たものなんだ。
僕は罠を張り直して、草の生い茂った中に誘導するためあえて音を立てた。
縄や網を遠くから引いて、そこにいるように見せかける。
集めたところを、後は周りを火で囲んで…………。
「点火!」
工房の魔法使いの残した魔法を使って遠隔で火をつけた。
本来は魔法使い自身が起点になって魔法が発生する。
けれど工房の魔法使いは導火線のような魔法を独自に発明していた。
それによって、離れていても仕かけた場所で魔法を発動させることができる。
ただし発動には導火線に流し込む魔力の圧が必須で、相当に魔力の量がないといけないらしい。
けれど二年で何故か僕は使えるようになったし、地下の工房で過ごすと魔力が高まることは、魔法使いの手記にも書かれていた。
何か特別な場所だというのがわかれば、生きるための魔法の練習にも身が入る。
「やりやがった! 子供一人がこれか!?」
火に巻かれた何者か、声からして最初に見つかった緑髪の人間が何故か嬉しそうな響きで叫ぶ。
「やはりここは当たりだ! 子供は淀みの魔法使いだ! 捕まえろ!」
不穏な言葉に顔を顰めた次の瞬間、風が火を割ったように見えた。
そう思ったのは僕の錯覚で、実際には地面がひび割れている。
割れた勢いで風を感じただけだったようだけど、結果は致命的だ。
「見つけた」
地面が割れて火も途切れて、煙も晴れてしまっていた。
そしてその合間から、緑髪の人物が僕を見据える。
あっちは緑髪以外に五人いて、お返しとばかりに火を放って来る。
さらに地面を隆起させて打撃狙い、水と風が横殴りに僕を襲った。
「あれだけの範囲に魔法を広げて元気なもんだ!」
僕が横に転がって身を起こすと、緑髪の男は笑うように言って動きを変える。
今まではそんなに動いてはいなかったのに、突然速度が上がったような?
そんな魔法、僕は知らない。
つまり、確実に向こうが上手だ。
しかも、六人全員が魔法使いだった。
「うぐ!?」
土塊に殴打され、転んだところに火が襲う。
地面を転がって避けると、今度は顔を狙って水が叩きつけられる。
横に飛んで走り出そうとしたところを、風の塊でまた地面に転がされた。
そうして緑髪の男の下に誘導されたところで、相手の意図に気づいたけど遅い。
男は容赦なく僕の首を掴んで片手で持ち上げた。
締め上げられる喉から、危機感が全身に広がる。
「このハリオラータを敵に回してよくやるもんだ。俺はクトル」
何かの組織か、わからない。
反応しない僕に緑髪のクトルは眉を上げた。
「あぁ、犯罪者ギルドって言ったほうが聞き覚えあるか? あれ作った一家の一つだ。そこの頭やってる」
響きが不穏であからさまに怪しい。
その上で、頭と言ってもどう見ても二十代前半でそれもまた怪しい。
ただ首を絞める指の力は緩むことはなく、襲った魔法の威力も一歩間違えば確実に怪我を越えて死に至る威力があった。
少なくとも犯罪者を名乗るだけの異常性は持ち合わせている。
それが六人。
僕はもう捕まって地面に足先がついているだけで、自分の体重も相まって呼吸もままならない。
殺される。
こんな所で、こんな状況で、こんな奴に。
そんなことを考えたのを最後に、僕は肺に残っていた空気もなくなったらしく、目の前が真っ暗になって行った。