子爵家ルート7
貧乏子爵家で名ばかり伯爵から始まった僕の二度目の人生。
商会を立て、学費を稼いで王侯貴族の通う学園に入学した今、何故かカップルの間に挟まれる状況に陥っていた。
そもそもソーが悪い。
気になる人がいるから、思い人の前でウェルンにべたべたされたくないらしくて逃げ回ってるんだ。
もちろんウェルンもわかっていて追うんだけど、このところ暴走に近い状況になってた。
卒業後には結婚が本格化するからだろうけど。
「ウェルン、さすがにやりすぎだよ。ゲームでも相手を釣りだすために待つことも必要なんだ。急いで攻めかかったって、勝てるのは最初の数回だけ。長く先を見据える試合なら、一度落ち着いて今まで上手くいかなかった要因を振り返ってみたら?」
「う…………、そう、かもしれませんわ」
ウェルンもやりすぎを自覚していて、だからこそ焦りが募っていたらしく肩を落とす。
そして僕の指摘を受けて、本当に深呼吸を始めた。
「…………ソーさまが夢中になっている、あなたの商会で作られた新しいゲーム、魔物の駒を取り合って自らの最強チームを作るという。あれを私もたしなめば、少しはお話を聞いてくださるかしら?」
「売る側の僕に聞くなら、頷くしかないけど。共通の話題を持って、ソーの側に歩み寄る姿勢を見せるのはいい手だと思うよ」
「商売のために言っているのか、友人としてアドバイスかわかりませんわね。ですが、一式予約をお願いできます?」
「今予約もいっぱいだけど、これだけだと不義理だから、僕のところに販促用で届いたら融通するよ。あ、それとも鏡の国の祖王なら在庫あるし、今から教えてってソーに持ちかけるのもありかも」
「精霊の試練で自らの写し身と戦う祖王の物語を下地にしたものですわね。互いに祖王と騎士の駒を戦わせ、勝者が本物で敗者が鏡の幻という。確かにそれもソーさまはやってらっしゃいました。本当に上手なのだから。これでは用意なさってとしか言えませんわ」
言ってウェルンは切り替えるように、びしっと僕へ指を突きつけた。
「私がゲームを覚えた暁には、ソーさまとのためにゲームラウンジに席を設けるくらいのことはしていただきますわよ」
「喜んでー」
ウェルンは由緒正しい貴族令嬢だ。
金払いはいいし、融通を利かせればその分周囲の人脈使っての宣伝協力もしてくれる。
すでにブリキのドールハウスお買い上げ第一号にもなってくれてるいいお客だ。
ディスプレイ用のそうとう値の張る物だったんだけど、それを機にテティが夢を詰め込んだドールハウスは好調になった。
ヒナも新しい人形の案を出したり、売り出すコンセプトに工夫を凝らしたりしてる。
「店のほうに家の者を送るわ。それでは、はしたない真似をいたしました。ごめんあそばせ」
そう言ってウェルンは離れて行った。
すると、近くの窓が外から開く。
「さすがの口車だな、アーシャ」
「いるならもっと早く出て来てよ、ソー」
派閥のトップの息子で、はとこで、父親同士が政敵だけど、入学した時からの仲だ。
傅かれることに慣れていたソーには僕が新鮮だったらしく、ゲームも本気で倒しに行くので、遊び相手としてけっこう仲良くしてる。
「ほどほどにしないと、今度は家のほうから叱られても知らないよ」
「思うくらい、させてほしいんだ。結婚は無理だとわかってる。公爵家を継ぐからにはな」
どうも入学したことで初恋の相手と再会したのが発端らしい。
幼い頃一度だけ帝都の宮殿で出会っていたとかいう、この国のお姫さま。
それでやけぼっくいに火がついたんだけど、ソーとウェルンは家が決めた婚約者。
しかもその結婚にはユーラシオン公爵家の存続にも関わるという政治的な意味が大きい。
だからソーも憧れで抑えないといけないのはわかってるし、自制もしているつもり。
なんだけど、できてないからウェルンからすれば面白くない。
そして何故か間に挟まれることになった僕…………なんでだよ。
「ともかく、目で追いすぎだから。もう少し隠して。ゲームでは無表情できてるでしょ」
「アーシャは、こっちの油断を誘うために芝居を挟むのはどうかと思う」
「それ、昨日のゲームのこと? それくらいの器用さ、未来の公爵さまにあってもいいんじゃない?」
「本当に良く口が回る。商売人になるために生まれてきたようだな」
「ま、伯爵としてふんぞり返ってるよりは合ってると思ってるよ」
僕に何を言っても効かないと見て、ソーは両手を上げて降参する。
「ウェルンのことは助かった。これ以上引く手あまたの商会長を拘束すると私が周囲から睨まれる」
「はいはい。これからもどうぞごひいきに」
そんなふざけたあいさつで別れ、僕は学園を出た。
向かうのはルキウサリアに開いた商会の支店。
そしてゲームラウンジとして場所とサービス、対戦相手のマッチングも行う遊技場。
「ゲームマスターがいらしたぞ! 今日は何を見せてくれるんだ?」
「アーシャさま、どうかこちらにいらして。負けそうなのです」
「そのゲームマスターって呼び方やめてほしいんだけどな。あ、そこ右上攻めたらいいよ」
放課後早速集まって遊ぶ貴族子女の間を歩きながら、僕は声に答えて奥へ向かう。
ゲームラウンジは盛況だ。
その上でやってきた客同士で声を掛け合ってゲームが盛り上がる。
ただレベルが違いすぎると遊びにもならないから、奥へ行くごとに部屋を簡単に区切って、見やすくレベルを別けることをしていた。
「やっぱりここにいた、イース」
「アーシャ兄さん、ちょっと待って。…………これで、終わりだから!」
今年入学した子爵家の継嗣イースは、白亜の姫君でリバーシブルの駒を置く。
確かにそこから相手が打てる手は限られ、二手先でほぼ詰む。
六手先でイースが勝つことが確定する一手だった。
「はい、おめでとう。けど、今日提出予定の課題が出ていないということだったから、君はこれから学園へ戻らないといけない」
「そんな! 課題一つくらい、明日、明日出すから」
聞き入れず、僕を兄と呼ぶイースでも追い出した。
最初は僕もゲームの接待役でやり方教えたり、デモ対戦したりして、商会長だからいつの間にかゲームマスターと呼ばれてる。
そして今では上位ランカーのイースを容赦なく追い出すから、絶対的な権限持ってるみたいに誤解された。
単に家族だからだよ。
あと開発段階でデモプレーとかやりまくって、戦略練ってたイースが調子に乗ってるから、他のお客さんの楽しみを守るためもある。
さらに言えば、カリスおばさんからゲームラウンジに入り浸ることがないよう目を光らせてくれって手紙来てるんだ。
「さて、みんなもわかっているとは思うけど、僕たちは学生。だから遊べる、だから身分に縛られない。けど、学業をしてなきゃ学生じゃない。僕もここに先生方に怒鳴り込まれたら堪ったものではないんだ。どうか、課題の提出、演習の片づけなどなど手抜かりのないよう遊びに来てほしい」
騒ぐイースのせいで視線が集まっていたから、他も同じように追い出すかもしれないと脅しておく。
その後は、イースの指した手を考察するマニアたちと話したり、誘われたゲームに乗ったり。
気後れする初心者を見つけてゲームにつき合ったり、あぶれた女性挑戦者を気の優しい男性対戦者を選んでマッチングしたり。
「ふぅ。それじゃ、僕は上に移動するから。後はよろしく」
ゲームラウンジ専用の店員に任せて、僕は店の上階へ。
そっちは店の事務方で、向かった先には机に向かう女性が二人いた。
「ヒナ、テティ。調子はどう?」
成長期ですっかり大人びた二人が僕の声に顔を上げる。
ヒナはペンを置いて、書いていた数字の羅列を僕に突きつけた。
「月半ばで売り上げ目標達成! やっぱりイースの手を記録して売り出すのは当たったわ。今までもゲームラウンジでのゲームの記録は取ってたし、記憶に残る試合があればこの手使えるわよ、アーシャ」
ヒナはすっかり商売にはまって、今では卒業後に商会で自分の部門を持つことを目標にしてる。
「アーシャ、着せ替え人形のコンセプトストーリー、三つまで絞ったわ。あなたの意見も聞かせてもらえないかしら?」
今となっては着せ替え人形はテティが担当してると言っても過言ではない。
ディスプレイも作るし、そのために職人と相談もすれば、こうして人形に物語をつけて売り出すことも考えてくれる。
お姫さまや幸せを求めるわかりやすさが安定的に支持を得ていた。
去年卒業したテティは、商会が名を上げると同時に結婚話が集まるようになってる。
今はまず相手を決めるために一年花嫁修業の予定なんだけど、その間もこうして商会の仕事をしてくれてた。
「家族で助け合えるっていいね。祖王の物語を下地にした次のゲームには祖父も協力してくれるし、まだまだ忙しくなる」
そう言った途端、扉がバーンと開いてイースが飛び込んで来た。
「だったら俺も助けてよ、アーシャ兄さん!」
「「「イースはまず勉強」」」
「テティ姉さんとヒナ姉さんまで母さまみたいなこと言う!」
家で夢中になって怒られる姿は何度も見たから、思わず声が揃った。
そしてイースの嘆き声にお互い顔を見合わせて笑う。
「アーシャ兄さん、絶対成功させるから、帝都のゲームラウンジは俺にやらせて!」
「そこはモリーがお酒だして大人限定にするから却下」
「ルキウサリアの二号店は人生ゲーム専用にするから私たちが担当するわよ」
「だからイースはしっかりお勉強するしかないの。ごめんなさいね」
ヒナとテティからも言われてイースは文句を言うけど、僕たちも慣れたものであしらう。
というか、イースは跡継ぎなんだからもう少し伯父さんの堅実さを見習おうよ。
あのやることはやる物静かさ、祖母に似たようだけどイースには引き継がれなかったのかな。
でももし、子爵も商売も器用に両立できるように頑張るなら僕は応援する。
何せ一緒に暮らしてきた家族だ。
兄と呼ばれて頼られる状況は、上手くゲームを売り出すのと同じくらいやりがいを感じる。
皇帝の庶子でもなく、アレキオン伯爵でもなく、ナトリアスの子供たちとして一緒に笑い合える今が、とても幸せだ。
僕は二度目の人生で、やりがいとかけがえのない家族を得ることができたのだった。