子爵家ルート5
十二歳になった今、商会は順調だ。
店の前にクイズ張り出して、答えが欲しかったら中へと誘う。
これが良かったらしく、来店した八割は商品購入して帰るという状態だ。
白亜の姫君が定着したことで、拡張パックを出し初期カードの祖王の騎士と仇敵をアップグレードもした。
人生ゲームも好評で第三版を制作中。
ただ発売は延期しなければいけないかもしれない。
「アーシャ、どうして屋敷の門を閉めて、窓から黒い布を垂らすの?」
「それが喪に服す礼儀だからだよ。たぶん次の皇妃が選ばれたら片づけていいはず」
「ユーラシオン公爵派閥では形だけと、お父さまが嘆いていらっしゃったわ」
国全体に喪に服すよう通達があった理由は、皇帝の妃が亡くなったからだ。
三人いた皇子の内二人は後遺症が残るほどの重傷、一人は生まれつき体が弱く助かったけれど、将来は不安になってしまった。
そのため皇妃は新たな後継者を産むことを要求されたそうだ。
ただ普通に考えれば子供たちが生死の境にいる状況で、代わりを作れなんてむごい。
五人目を産む際に皇妃は急死し、なんとか生まれた四番目の皇子も無事に育つかわからないと聞く。
「お母さんみたいに再婚? 皇帝って大変ね」
他人ごとのヒナに、僕はテティと顔を見合わせる。
「これ、もしかしてわかってない? いや、覚えてないのは当たり前だろうけど」
「影も形もないから、いっそアーシャの両親は死んでいると思っていそう」
特に問題ないからそのままにしておくことにする。
皇帝になるために再婚して、相手が死んだらまた再婚しなければいけないって、それだけ弱い皇帝で、ルカイオス公爵という後見人と切り離せないんだろう。
皇子が暗殺未遂されてから手紙も来ていないし、僕のことは忘れて、皇帝には残された子供たちのケアをしてほしいものだ。
「アーシャはいるかしら」
「カリスおばさん、どうしたの?」
書類を手に、目にはモノクルをつけたカリスおばさんがやって来る。
ここ数年夜遅くまで書類と睨めっこしたせいか、目が悪くなったとぼやいていた。
「あなたが考えていた合金? 鉄の板に別の金属を合わせる」
「鍍金だよ。何か問題があった?」
「いえ、それが上手くいったらしくて、報告が上がって来たの。職人がわざわざ持って来て、あなたの意見を聞きたいと言っているわ」
「本当? じゃあ、すぐに行くよ」
「まったく、玩具の素材として新しい金属を生み出すなんて」
「大したものではないよ。だって、玩具の素材なんだから」
カリスおばさんは呆れたように見るけど、僕が作ってもらったのはブリキだ。
ブリキのおもちゃなんてレトロなイメージだったんだけど、この世界では最先端の技術ってことになってしまった。
カリスおばさんはすぐに真面目な顔に戻す。
「この報告どおりに錆を防ぐことができるなら、これは玩具以上の価値があるわ」
「だったら、おもちゃ以外での活用を模索して販路に上げる部門を新たに作ってもいいかな。その中で量産体制が整えば、おもちゃとして加工するための素材を融通して」
「本当に、あなたの商才には驚かされるわ。最初から考えていたんじゃないの?」
「いやぁ、こういう話通じるカリスおばさんがいてくれて僕は運が良かったなぁ」
話していると後ろから裾を引かれ、振り返ると不満顔のヒナとテティがいた。
「私だって学園行って、卒業したら、商会で自分の部門もてるようになるんだから! そのための案も今いっぱい考えてるんだから!」
「私も今、お祖父さまと祖王の物語を下地にした新しいゲームを考えて、いて、だから、お母さまだけじゃないと、言うか…………」
どうやらカリスおばさんを持ち上げたことで拗ねてしまったらしい。
「そうだね。最初に僕の話を聞いてくれたのは二人だ。これからも期待してる」
「「うん!」」
「すっかりアーシャに影響されたわね。イースも今では外遊びよりも白亜の姫君に夢中で」
子爵家の跡取りがゲームに夢中っていいのかな?
まぁ、カリスおばさんはゲームをしたければ勉強をしろって躾してるし、問題ないならいいんだろう。
「そうだ、鍍金の鉄板で作るおもちゃは金属らしさから騎士関係だよね。そうなると女の子向けが薄くなる。新しいアイディア考えておいてよ」
「それならあるわね」
「あるよ」
「うん、ある」
おっと、女性陣揃って何やら新提案があるらしい。
アレキオン伯爵の名前で建てた商会は、おもちゃ専門。
クイズで目を引き、矢継ぎ早に新しいゲームを出すことで話題性を維持してる。
モリーとお酒を絡めるのも続けてるし、白亜の姫君は大人もやってると聞いてた。
お蔭で職人のほうから仕事受けたいという話もあって、腕のいい所には高級志向のボードゲーム一式の細工を頼んだりしてる。
リビウスの叔母さんからは、腕はいいけどお金のない芸術家志望を世話してほしいという話も来てたし、そこに新しい提案を任せてもいいかも。
「じゃあ、新しいゲームは何処狙い?」
「中流よ。人生ゲームの物語性が受けたのと、仕事が欲しいと手を挙げた職人の性質から、人形を作ろうと思っているの」
カリスおばさんがすでに具体的な案を考えている様子で話す。
人形を飾るのは昔からある習慣で、布や木はもちろん、蝋や焼き物でも作られた。
種類は前世で言うフランス人形や兵隊人形、他種族を象ったものなどもある。
「理想の女性を作れる人形にするのよ」
「ドレスを着せられるようにするんだって」
テティとヒナが口々に語るのを聞く限り、どうやら着せ替え人形らしい。
前世にあったビニール製のあれと同じようなコンセプトだ。
ということはドールハウス的な付属品も作って売れるからブリキも合わせられる?
「子供でも持てる大きさと、扱いやすい素材、愛される外見をよく考える必要があるね」
「そうね、今ある人形とは別にしたいわ。それに、愛されるというコンセプトも重要ね」
カリスおばさんは即座にメモして、売れる方向性も考えて動いてくれるのが助かる。
「喪に服している間に動けないなら、考えを詰めるのもいい手だ」
「そう、それで職人も来ているのよ。行きましょう」
カリスおばさんはここに来た理由を思い出して声をかけて来た。
僕はヒナとテティに考えを紙にまとめて提出を言いつける。
祖王の物語を元にするとすっごい勢いでやる気を出す祖父への対応も任せるよう。
祖父は祖王の物語のファンで詳しいんだけど、売るには細かすぎるから調整が必要だ。
孫娘たちには甘いし、祖父の話を聞いておいてほしい。
商会で忙しいカリスおばさんに代わって家の仕事を引き受けている祖母が、話し相手になってくれない状況もあるしね。
そんな風に考えてたらカリスおばさんが廊下で足を止めた。
「…………アーシャ、宮殿にお悔やみを送ることは?」
「基本的にあちらから使者が来てのやり取りだし。僕から送るなんて滅相もない」
「そうね。…………夫も、あなたと陛下を繋げる伝手を築けないことに責任を」
「それは違うよ。そもそも僕はすでに爵位を得た臣下だ。それ以上のことをする気はないよ。それに、臣下の中で継承権が高いのは伯父さんの派閥のユーラシオン公爵だ。僕のせいで睨まれるなんてさせられない」
「そう、あちらも勘ぐる可能性がある、かもしれないわね。そのほうが安全かも」
カリスおばさんも納得するユーラシオン公爵は、先帝の甥にあたる。
だから皇子がいなくなっても帝室が途絶えるなんてことはない。
また亡くなった皇妃からすれば、僕は前妻の息子。
僕が皇帝の長子だというと困る人もいるし、商売を続けるにはそんな野心を疑われることはしたくない。
「手紙が来なくなった以上、いつまで母に供える花代として余分にお金が払われるかわからないし、僕の養育費だってそうだ。だったら、今の内に安定を得よう」
「えぇ、ありがとう。アーシャが来てくれて良かった。テティも楽しそう。イースも夢中になれるものができた。それに、あなたがいなかったら下の子たちに会うことさえなかったわ」
「カリスおばさんは最初僕たちを不安視してたよね。けど、吹っ切れたらテティともイースとも隔てなく扱ってくれた」
「わかって、いたのね。えぇ、お金が心配だったの。いえ、それは要因ね。心配だったのは自分も含めた全員の未来よ」
「貧すれば鈍する。そして子供はそれを見ていることを覚えておいてほしいな。ヒナやテティたちのためにも」
カリスおばさんは真面目な表情で頷く。
相変わらず祖父母は後ろ向きな言い方が多いし、カリスおばさんは気真面目すぎてその後ろ向きな不安に引っ張られた。
伯父さんも朴訥としてるから先回りのフォローとかはできないし。
それぞれにやることがある今の状況はきっとナトリアス子爵家にとってはいいことだ。
「さて、僕のほうは領地で入学金の積み立てしてるけど、ヒナとテティの入学金ってあとどれくらい?」
「一年で鉄板の新規部門が軌道に乗れば、ギルドからの貸し付けを受けてそちらに資金投入することで目途はつくと思うわ」
僕は待たせている職人の下に向かいながらカリスおばさんと話し合う。
経理や経営には専門の人も雇ってるけど、こうして把握して先を見据えるのも一応代表とその代理だから必要なことだ。
「で、鍍金で小さな家具作ってさ、箱型の家とかできないかなって。集める楽しみってあるでしょ」
「着せ替えるだけじゃなく、生活自体を再現できるのね。一つ一つの値段を抑えれば、集めるために購入を継続することも見込めるわ」
話はどんどん膨らんで、さっき思いついた案を話し合うまでしてしまう。
なんだかんだ言って、僕たち自身新しいことを考えて形にするこの商売を楽しんでるのが実情だった。