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子爵家ルート4

 モリーと出会って半年、僕はお小遣い稼ぎをしていた。


「はい、アーシャさま。今月の分の売り上げですよ」

「わざわざモリーが持って来なくても」

「これくらい。仲良しの従姉妹のため、世話になっている子爵家のために金策をしようと商人風情に頭を下げてくださる伯爵さまなんて。大事にしたいじゃないですか」


 そんな話をしているとノックがあり、ヒナとテティが現われる。


「アーシャ。モリー、来たって?」

「こんにちは、モリー。一緒にお話を聞いていいかしら?」

「これはお嬢さま方。どうぞ、ご随意に」


 モリーも快く、子供相手でも嫌な顔一つせずに対応してくれた。


 モリーには店にクイズを書いた紙を掲示してもらってる。

 貴族に雇われた人間が買い物に来るんだけど、そういう人は文字が読めるし、相応にお金も持ってる。

 最初は全然だったけど、週一くらいで問題を入れ替えていたら今しかないと見て買う人が現われ、そうなると次に来た時には別の問題でまた買うようになった。


「楽しみだって言ってる人もいたわよ。子供にも受けがいいとか」

「つまり、こういう遊びにはお金を払う人が一定数いるわけだ」

「それでどうするの? 紙とペンだけで銀貨を稼げたのはすごいけど、学費には足りないわ」


 テティが言うとおり、必要なのは金貨を稼ぐための商会だ。

 問題は少ない元手でできる商売、そして売り物。


「すでにある物を売るほうが利益は知れてるけど安定的です。でも、その冒険心嫌いじゃありませんよ。最終的に目指すのは何処か、あるんでしょう?」


 お礼と言っても、ここまで付き合うのはモリーの性格もあるんだろう。

 初対面の時にいた赤い熊獣人は、子供ってことで心配してたけど、北の故郷に帰って行ったし。


「おもちゃを売りたいんだ」


 駒と盤を使った陣取りゲームや、カードゲームもあるけど、それは大人の遊び。

 玩具とは言わないけど、それは僕からしたら子供もできるおもちゃだ。


「そのために、娯楽にどれだけのお金を出してもいいと思えるか。それを試したいんだ」

「面白そうだけど、一からやるとまず客の興味を引くところから。時間がかかるわ」

「うん、だからまずは既存の遊び道具にひと工夫しようと思ってる」


 考えていたことを説明するために、僕は祖父から一つのボードゲームを借りて来た。

 木製の盤で飾りっ気もなく、正方形のマスが並べられてる古典的なすごろくゲームだ。

 他にもチェスに似た敵の駒を取っていくゲームもあるけど子爵家にはない。


 上流階級になるほど権威を見せるためにも装飾的になるけど、そんなのしっかり技術と縁故のある職人か商人が受注生産だ。

 将来的にはそう言うのもいいけど、まずは目下の客集めのために使う。


「このすごろくに、装飾を施すことで、他より高く売る。もしくは駒を彩色するでもいい。一つ足して、他とは違う商品が気軽に手に入るというのを見せたい」

「あぁ、だから貴族に雇われた者の反応を。確かにそう言う者なら他人の目を気にしてちょっといいものに手を出す余裕もありますね」


 モリーの客層も下位貴族から、富裕層だから生活に余裕があるほうの人。


「でも、色となると問題ですね。発色のいい絵の具はそれこそ高価ですよ」

「あ、そこはリビウスに嫁いだ叔母さんがいるから、連絡取ってるところ。このクイズで得たお小遣いも、リビウスに手紙を送るためだよ」


 僕の母とハーティ叔母さんの下の妹である叔母は、芸術家が集まる国に嫁いでいる。

 ただ大陸中央部にあるこの帝都から、山脈を越えた南にあるリビウスという国に送るのは時間と金がかかった。


「身内価格で、試す分には少量でいいか。では彩色が売れたとして、次は? お酒のついでに買えるものなら置いていいですよぉ? 職人も紹介できたらしますし」

「本当? だったら、このすごろくの駒をさ、祖王の彫刻にしたら売れると思う?」


 祖王というのは帝国の礎を築いた最初の王さまで、その伝説は桃太郎なみに有名だ。

 さらには臣下に大量の騎士がいて、それぞれにも物語がある。

 正直、キャラクター化させるにはうってつけの物語。


「で、女性や精霊の登場人物も駒にする。このすごろく、ハーティ叔母さんもカリスおばさんもやるんだよね。二人は可愛い模様がついたこういう盤があったら欲しいと思う」

「うん! お部屋に飾る!」

「あのね、祖王の伝説の駒があるなら、ドレスを着せてほしいな」

「なるほど、すでに持ってる家庭にも駒っていう可能性があるわけですね」


 二人の反応にモリーも一考の余地はあるようだ。


 そんな風に始まったおもちゃ作りは、二年目にして新しいゲームを作ることになった。


「美酒を片手に優雅に知的遊戯。いいわぁ」


 支払いにわざわざ足を運んだモリーが口にしたのは僕が言った謳い文句。

 と言っても新ゲームとして考えたのはオセロで、テティが一工夫してくれたもの。


「二人対戦で、どちらが姫の寵愛を勝ち得るか戦うなんて、祖王の物語に沿わせたのもいいです。お酒のコンセプトとしても、熱い戦いにはこれとか、甘い姫の口づけを求めるならこれとか、色々考えやすいんですよぉ」

「祖王の物語に当てはめられるって言い出したのはテティだけどね」

「私は、ただ白亜の姫君の物語が好きで。それに祖王の物語はおじいさまが書籍を揃えていらっしゃるから」

「私、それよく覚えてなかったんだよね。読み聞かせされた覚えあるけど。誰が誰だかわからなくなっちゃう。求婚者が七人もいるなんて面倒だわ」


 僕はヒナに賛同しかない。

 というか、十歳の今ヒナの母親ハーティ叔母さんはすでに再婚している。

 ヒナは嬉々として自分のアイディアで売れた商品でお小遣いを稼ぎ、それをハーティ叔母さんへの手紙代に当てていた。


「白亜の宮殿に住む姫君に、祖王の騎士が一目惚れ。けれど同時に他に六人もの求婚者が。中には友人、仇敵、上司もいる、なんて古典的な話と、目新しいゲームを合わせたのが目を引いたんだろうね」

「物語だと結果的に半数以上を祖王の騎士が殺してお姫さまを勝ち得るけど、これは選ぶ求婚者によってハンディがつくのが面白いんですよね」


 モリーは部屋に飾ってある白亜の姫君と呼ばれるようになったゲーム盤を見る。


 基本は八マスが縦横に並ぶ正方形、そこにリバーシブルな駒を置くのはオセロと一緒。

 ただ、自陣営を示す場所があり、そこに求婚者を描いたカードを刺す。

 そのカードによってモリーが言うハンディ、効果がついて駒の動きが変わった。


「初期は祖王の騎士と仇敵のカードだけっていうのも、ただ遊ぶだけなら十分。先攻と後攻が固定してるだけですもの。ところが、ハンディの違う求婚者たちを入れたら、まずカード選びの時点で読み合いですよ」

「つまり、ゲームをより面白くしたい人が、お酒と一緒に買ってくれてるんだね」


 上機嫌なモリーに聞けば、軽やかにウィンクが返って来た。

 単純なゲームだけどゲーム性を深めることもできる。

 だからすぐには飽きられないけど、ここで止まると続かない。


「商会を立てるには、まだ足りないなぁ」

「定着させるためにも、今の段階で白亜の姫君を主戦力に商会立てるのもありですよ。すごろくの駒も、お嬢さまがたが考えた可愛らしい模様の遊戯盤も、欲しがる人はいるんですから」

「うん、準備は今から始めていいと思う。だから、事務処理できる人の紹介は頼める?」

「そこはギルドを選んで、ギルドのお墨付きをもらった人を。私が紹介できるの、竜人か軍関係がほとんどなんですよ」

「だったらまた職人をお願い。こっちは女性向けで考えたもので、僕だけじゃなく、ヒナとテティも手伝ってくれたんだ。ガツガツ争うようなゲームじゃなく、想像力を働かせて楽しむゲームだ」


 説明とイメージを書いた紙を見せながら、提案したのは人生ゲーム。


「言ってしまうと、理想の女性を目指すゲーム。だから表向きは淑女になって結婚がゴールだけど、進む項目によっては、オペラ歌手や商人になって億万長者にもなれるんだ」

「あら、夢がありますね。あはは、王子さまを射止めるなんてものもあるじゃない。それに、金持ちに求婚される? これは、悩みますね」

「もちろん結婚は一回だけ。早い内に結婚が書かれてるマスもあるし、未亡人になるってマスもあるから、再婚も可能」

「わー、子供の発想力…………。あ、学費に困るとかあるのね。それにしても、アーシャさまの発想すごいですね」

「基本的なルールは僕で、項目考えたのはヒナとテティ。実はこういう方向性を考えて、二人に助言したのはカリスおばさんなんだ」


 驚きを浮かべるモリーからすれば、商人の相手なんて喜んではしない貴族夫人だろう。

 けどヒナとテティが関わることも許してるから、興味がないわけじゃなかった。

 金策に対しても真面目で、悲観するばかりの祖父母や仕事で手一杯の夫よりも色々考えているらしいことが、今回のゲーム考案で話してわかったんだ。

 これからはどんどん関わってもらおうと思ってる。


 そんな商会設立に向けて動き出した十歳の終わりに、事件が起きた。

 それは皇子暗殺未遂事件。

 エデンバル家という皇帝と敵対した貴族によって皇子二人が襲われ、重傷を負ったとか。

 それで一時期帝都は物々しい雰囲気になってしまった。


「アーシャさま、このまま商会立てて大丈夫?」


 モリーの気遣いに、遅れて血縁上は僕の弟にあたる皇子のことだと気づく。

 いや、顔も見たことないし、遠い世界のことっていうか、大変そうだなぁって思ってたはいたんだよ。

 もし皇子とかになってたら僕も襲われてたんだろうってことは、考えたからね。


「今日まで準備してたんだし、雇い入れる人たちの予定もある。時期をずらすとかする必要はないよ。ちゃんと、商会設立のお祝いをしよう。そういう節目の行事って周知するには大事でしょ。あと、ヒナとテティが楽しみにしてたんだ」


 僕は皇帝の子供だけど、家族と呼べるのはこのナトリアス子爵家の人たちだ。

 商会を立てることが学費のためとわかってるから、大人も揃って喜んでくれてる。

 それにハーティ叔母さんも、再婚相手とその間にできた子供と一緒に来てくれる予定だし会うのが楽しみなんだ。


 政争に巻き込まれて暴力の犠牲になった皇子は可哀想だと思うけど、遠い宮殿の中での出来事、僕には関係のない事件だった。


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― 新着の感想 ―
[良い点]  本編と被らないよう番外編事にテーマやアーシャの「武器」が変わるのが面白い。  不遇皇女編では少し錬金術方面に足を踏み入れましたが。 [気になる点]  何か盛大なフラグが立てられたような‥…
[一言] >暴力の犠牲になった皇子は可哀想だと思うけど、遠い宮殿の中での出来事、僕には関係のない事件 んんん、それはそう、それはそうなんだけど、切ない…。 ヒナだってカリスおばさんだって、立場が違…
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