ルキウサリアルート2
「そうやっていつも僕を見下して!」
「きゃあ!」
怯えた叫びに思わず体が動いて、がつんと音が振動で聞こえる。
同時に顎を中心に痺れと違和感が襲って、立っていられなかった。
「ロス!? 血が!」
「あ、そ、そんなつもりじゃ…………大丈夫か?」
僕を呼ぶのはルキウサリアのお姫さまのディオラ。
助けてくれた上に行き先がルキウサリアと知って、国王である父親に同行を求めてくれた。
さらには話が合うと言って行儀見習いにしてもらえたし、正直一文無しからの衣食住保証はありがたい。
そして僕を殴って狼狽えているのはディオラの兄のアデル。
ルキウサリアの第一王子だ。
「お気に、あ…………」
喋ったら口から何かが落ちた。
見れば奥歯の乳歯が地面を転がってる。
そう言えばぐらぐらしてたんだった。
途端に周囲から悲鳴染みた声が上がる。
さらに歯が抜けた傷口からけっこう血が出て、口を開いたせいで胸元に派手に血が散っていた。
そのせいで、僕は手当てをされた後、ディオラとアデルの父であるルキウサリア国王の呼び出しを受けることに。
「上に立つ者としての自覚が足りん。信賞必罰の上では、罰することにも果敢に当たらねばならんことはある。だが、年下で無抵抗の相手を一方的に殴り、なおかつ歯を折るなど、どんな理由であっても許されることではない」
僕の前ではアデルが説教を受けている。
「そんなつもりじゃ」
「どんなつもりであっても、結果は変わらない。ましてや言い訳など見苦しいことをするな。国をしょって立つ者としての自覚が足りなすぎる。どうしてお前はいつもそうなんだ」
僕は無位無官で、呼ばれてこの場にいることを許されてるだけ。
喋ることはできないので、このお説教を聞くしかない。
「まずは謝りなさい。時には誇りを曲げずにいることも王には必要だ。だが今回は害してなお非を認めぬその姿勢は看過できん。どうしてそうお前は間違うのだ。ディオラであればよく時機を読んで間違いを正すこともするというのに」
厳しい姿勢ながら、ルキウサリア国王は憂い顔だ。
改善を願っているのは本心なんだろう。
だから違う、違うとは思うんだけど、どうしても前世の父を思い出す。
僕の努力を何一つ認めず、結果だけを求めたあの人に。
「ロスに謝りなさい」
高圧的に言われて、アデルは僕を睨む。
そのせいでまたお説教されるのは、どうかと思うけど。
「ですが」
「言い訳はいらん。大変な怪我を負わせたことは事実だ。しかも妹を打とうとした末にロスが庇ったというではないか。何故そうも短絡なのだ。己がどう振る舞うべきか、まだ幼いディオラのほうがよほど理解しているだろう」
確かに状況としては、アデルがディオラに絡んだ末の暴挙だ。
そして僕もディオラを庇う形で前へ行って打たれてる。
さらにはお互い王子と姫でおつきが複数いて、聞けば状況はわかるだろう。
けど当事者からすると違う見方がある。
「…………謝罪を、受け入れてほしい」
結局ルキウサリア国王の説教で、すごく不満の籠った謝罪を受けた。
もちろん嫌々が見てわかるため、ルキウサリア国王も不満げだ。
どうすればいいのかルキウサリア国王を見ると、なんか頷かれた。
これは空気を読むべき?
そうなると謝罪を受け入れることになるんだろうけど。
いや、そもそも僕には国王が語ったような責任なんてないし、だったらここは。
「受け入れられません。そもそも謝罪される謂れがありません」
「え?」
怒った顔の後、アデルはぽかんとした。
ルキウサリア国王も驚いて聞き返す。
「どういうことだ、ロス?」
子供のいうことにも聞く耳はある人だし、やっぱり父とは違うんだろう。
だったら一から聞いてもらえばわかってくれるかもしれない。
「最初は、姫さまが殿下の覚え違いを指摘されたことです」
大人の付き合いで、帰国の途上でもルキウサリア国王は滞在を求められた。
その間に王子と姫はお勉強を続け、アデルが勉強で珍しく褒められたらしいのは最初上機嫌だった様子からわかる。
けど、そこで賢しらぶって間違ったことを言ったため、それをディオラが指摘した。
それで見下しただなんだと怒り、アデルがディオラに向かって腕を振ったんだ。
「今冷静になって思えば、あの距離では姫さまに当たることはありませんでした。状況確認が甘く自ら当たりに行ったのは僕の非です」
庇うつもりが無駄な怪我をした自覚がある。
一応歯がぐらついて抜けかけていたことも伝えた。
血は出たけど治療する時には止まってたしね。
診てもらった結果も、成長に伴って乳歯が抜けただけでそれ以外の怪我はなし。
手が当たった顎辺りが赤くなったけど、これは打った側のアデルも同じこと。
「気遣いはいらないぞ、ロス」
「いえ、ただの事実です。…………怪我をさせたとして責任を重んじ、自らご子息を正そうとなさるお志の清さは感服します。しかし、今少し殿下のお言葉をお聞きください。事故であったことを申し上げようとなさっていたように拝察します」
「そうなのか?」
すでに何度も言い訳をするなと遮っている。
そのためアデルはルキウサリア国王を疑うような目を向けて口を噤んだ。
そこに不審があることに気づいて、ルキウサリア国王はもう一度声をかける。
「すまない、確かに伝えようとしていたようだ。もう一度聞かせてはくれないか」
取り成す様子に、アデルも聞いてもらえると見て、怪我をさせるつもりはなかったとか、ディオラに腹を立てたが殴るつもりもなかったとかいう。
言い訳にしか聞こえないし、短気なアデルが悪いのはある。
けれど必要以上に非をあげつらった上での謝罪はいらないんだ。
「そうか、それではアデルもやはり怪我をさせたことは謝るべきだ。それと同時に、公平性を欠いた私も謝るべきだ」
ルキウサリア国王が親として非を認めた。
「その上でロス。お前にはルキウサリアに戻ってからきちんと後見人をつけて…………」
「え、いえ、そこまではしていただかなくとも」
「後見人いないと困るぞ。こういう時に」
何を言っているんだと言わんばかりにアデルまで。
何故かそのままルキウサリア王国でも僕の世話をすることが決まった。
国王ってそこまでするもの?
ルキウサリア国王が子供好きなのかな?
いや、後見人って言葉に身構えたけど、これつまり怪我の保証とか話のできる保護者用意するってことか。
「ロス」
自分なりに理解してルキウサリア国王の部屋から辞したら、アデルが追って来た。
その上で迷う様子があるけど、その目が僕の口元に向いてる。
そう言えば血を見て慌ててたな。
「もう痛みもありませんので、僕は大丈夫です。殿下のお手は如何でしょうか?」
「僕も痛みはもう。その…………ありがとう」
「はい?」
「父上に、言ってくれて」
もっと素直じゃないイメージだったんだけど、またずいぶんと。
それはそれで今までこういうことする人いなかったのかと心配にもなる。
癇癪を起こすアデルは何度か見たことがあった。
その度に宥める方向で周囲はその場を治め、後からルキウサリア国王に怒られるまでがセットだったはずだ。
「僕はただ事実を申し上げたまでです。今回聞いていただけなかったのは、殿下の普段の行いもあるでしょう」
正直なところを告げると、途端にムッとして敵意が浮かぶ。
これがよろしくないんだろうな。
「そうして気遣うことができるのですから、これからはもっと殿下の良さを見せられると思いますよ」
「え…………そ、そうか」
怒ったり照れたり、これは結構素直で感情表現豊かってことかも知れない。
あと、ルキウサリア国王の叱り方はなんか悪影響な気がするし。
僕も親との関係で前世は面白くないことも多かった。
助けてくれたディオラの家族仲がこじれるのを眺めているのも心苦しい。
これは少し、おせっかいをしてみようかな。
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