子爵家ルート3
助けた商人に訪ねると言われたから、まずは伯父さんに報告をした。
「良いことをしたな、アーシャ」
「うん。アーシャ、かっこよかったよ」
「あんなにすぐ見破るなんてすごいわ」
伯父さんが褒めてくれると、ヒナは喜び、テティも感心してくれているようだ。
「…………裏から出て来たから、使用人と思われていそうね」
そしてカリスおばさんが一つ懸念を呟いた。
そう言えば貴族相手してるとは思えない対応だったな。
けど僕は子供でも爵位持ちで、貴族相手に商売するのにその無礼は許されない。
知らないなんて言ったら、商売人としても恥だろう。
「使用人のほうに、また現われることがあれば説明をするよう申しつけておきましょう」
いつもは夕方にしか帰ってこないハーティ叔母さんがいる。
僕たちが報告に来た時、どうやら大人で相談をしていたらしい。
ヒナの喜びが強いのはハーティ叔母さんがいるからもあるだろう。
けどここは大人の邪魔するのも悪い。
「僕たちはこれで。お話の邪魔をしてしまってすみません」
「えー」
「ほら、ヒナ」
僕の言葉で気づいたテティが促すけど、ヒナはハーティ叔母さんにくっついて嫌々。
それを見て、カリスおばさんがハーティ叔母さんに顔を向けた。
「ここは本人に言うべきではない? 今後を考えると早いほうがいいはずよ」
「そう、かしら?」
「アーシャはベリスに似て聡明だ。ヒナとテティも分別はある。何より、三人は私たちより一緒にいる時間も長い。こちらだけで決めてしまっては、悲しませるだろう」
伯父さんも促すように言うとそれを受けてハーティ叔母さんはヒナに視線を合わせてしゃがむ。
「あのね、ヒナ。…………新しい、お父さんができたとしたら、嬉しい?」
ヒナはわからない顔をするけど、僕とテティはすぐに意味に気づいた。
それを見てハーティ叔母さんはポツポツと恥ずかしげに話し出す。
どうやら以前からの知り合いにより、夫が亡くなった後再婚の誘いがあっていたそうだ。
相手も性急ではなく、ハーティ叔母さんが夫を亡くした悲しみを和らげる時間を待っていたくらいに気遣いがあった。
僕たちも七歳だから、つまり前夫が亡くなってそれだけの時間が経ってる。
ハーティ叔母さんも再婚に前向きになってるけど、問題はヒナだ。
「あちらはヒナも娘として受け入れてくださると言っているの。けれど、そうなると帝都を離れてお相手の領地へ移ることになるわ」
「え、ヒナいなくなっちゃうの?」
「え!? やだ!」
驚くテティに反応してヒナも反射的に嫌がる。
だから僕も、その言葉が意味するところを聞き直す。
「でもここに残るなら、ヒナはハーティ叔母さんと離れることになるよ?」
「それもやだー!」
ショック受けた顔で叫ぶヒナに、ハーティ叔母さんも困る。
これは親の判断が必要なことではあるんだろう。
子供だからヒナに冷静な選択なんて無理だ。
けど自分で選ばないとしこりが残る気もするのは、僕が親に強制されることの多かった前世を経験してるからだろう。
「ヒナ、今決める必要はない。けど長く考えられもしない。選択は三つ。ハーティ叔母さんと一緒に行く、僕たちと一緒に暮らす、もしくは、ハーティ叔母さんに諦めてもらう」
「それはいけません」
僕があえて上げた三つ目に、カリスおばさんが反応した。
「あなたたちは今後成長して自らの家を持つでしょう。その数年のために、一生孤独に生きろと? この婚姻を逃せば以後、家庭教師として働き続け、子供もあなた一人です。結婚すればそのあなたもいなくなる。そんな孤独を強いるのは我儘というにもむごすぎる」
思ったよりも現実に即してのお叱りだった。
けど当のハーティ叔母さんは、あきらめにも似た表情で笑う。
「私はそれでも…………。ただ、ここに残すのも無理よ。養育してもらうための仕送りなどはできないから、再婚にはヒナを連れて行かない選択肢はないの」
「ハーティ叔母さん、そこは僕の養育費で賄えないの?」
伯爵を養育するって形で多めに払われているのは知ってるというか、開示されてる。
これは変な欲かくなって子爵家への牽制も含まれてるんだろう。
というか僕は伯爵領から収入があるから、養育費は全て子爵家へ入れてる。
それでヒナも、伯父夫婦の子供四人も育てるために使われていた。
「いえ、それでも学園に行くには足りないのよ」
ハーティ叔母さんに、カリスおばさんも頷く。
学園という王侯貴族が通う学校へ行くことは、貴族としての登竜門。
だから地盤が弱い貴族である僕らが行かないなんてことは言えないし、一番高名な所は入学金も半端ない。
ハーティ叔母さんが働いているのも学費を稼ぐためだし、子爵家としては子供全員を平等に入学させたいと思っている。
ただ、現状僕の養育費と領地の収入、そしてハーティ叔母さんの稼ぎ込みで六人だ。
「養育費が送れない以上、ヒナは私が連れて育てます。そうすれば五人は入学できるはず」
ハーティ叔母さんも考えてるらしく、大人たちの悩みはヒナをどうするかと同時に学費ということらしい。
ヒナに選ばせるにしても、現実的な問題を無視はできない。
ハーティ叔母さんが不幸になるか、ヒナが不幸になるかなんて選択をさせたくはない。
「正直、僕への援助がいつきられるかもわからないと思ってます」
「そんなことはない。陛下はそれほど不義理な方ではないぞ」
伯父さんはそういうけど、僕は前世のこともあって親に頼るような気にはなれない。
養育費は子供の権利という考え方も前世のもので、こっちにそんなのはないしね。
僕に手厚い養育費と爵位があるのは、政治的な側面と、血筋的に低い今の皇帝を奉戴する帝室の意地だ。
皇子三人が生まれている今、帝室の財政状況は知らないし、さらに子供が増えれば最初に切られるのは僕だろう。
考えていると、ヒナが僕の袖を掴んで訴える。
「アーシャ、どうしたら私お母さんを幸せにできる? お金心配ないって言える?」
真剣なヒナに、テティも胸の前で両手を組んで言い募る。
「私も、ヒナと一緒にいたいけど、できないならせめて、笑っててほしいわ。どうしたらいいかしら?」
そう聞かれると、確認が必要だ。
「伯父さん、ナトリアス子爵家は皇帝派閥と言うような形ではないんですよね?」
「あ、あぁ。そもそも皇帝派閥というものはなく、ルカイオス公爵派閥と呼ばれる。皇帝陛下の後見人だ。そして私は職務上ユーラシオン公爵派閥と呼ばれる所に属している」
つまり仕事をしている限りはユーラシオン公爵派閥という、ルカイオス公爵派閥の敵方。
これでは僕を理由に皇帝がナトリアス子爵家を援助するなんてことは見込めない。
ましてや、ユーラシオン公爵派閥の中でも、血縁だからと敵対派閥の皇帝庶子を養育するナトリアス子爵家が成り上がるなんてことも無理。
転職という考えもこの世界にはないし、出世も見込めない。
そうなると他に金策の必要がある。
「端的に聞きます。領地を持たない貴族が金策をしようとするなら、どうしますか?」
伯父と叔母は困るけど、カリスおばさんだけが淡々と応じた。
「高位の貴族と縁故を結び、良い仕事を斡旋。もしくは、美術品や芸術家の投資を行い興業をしてパトロンに。または、商会を興して商売によって金銭を得ます。すぐにできることはありませんし、思いついたからと手を出せることでもありません」
「そうですね。では、金策に関してはやれるところから。ちょうど商人が来るというのですから、商会を立てることについて聞いてみます。そして、学園入学が重要であるなら、現状帝都と再婚相手の領地どちらが学習環境としていいですか?」
「帝都ですね」
「わかりました。では、入学費用の捻出を模索してみます。ハーティ叔母さんは、まだ待ってもらうことになりますが」
ハーティ叔母さんは伯父さんと顔を見合わせ、そしてまた僕を見下ろしていた。
それから数日、屋敷の裏で詐欺に遭っていた商人モリーがお礼に来たから、皇帝の庶子でアレキオン伯爵ってことを伝えた。
さらに事情を話したら、人情家だったらしく快く商会について教えてくれる。
「必要なのはまず資金、そして推薦してくれる貴族の伝手です。流通させられる商品を安定的に仕入れられるルートも必要になりますが、平民が問題になるのは資金と伝手ですね」
聞いた限り、売り物ははずさない商品っていうのがあって、基本的に新規商品の開発なんてしないそうだ。
「なるほど…………じゃあ、まずはこれを使って売り物を生み出してみようか」
「紙と、ペン?」
僕は思いつくまま紙にペンを走らせ、モリーに渡す。
「モリーだったら、これは気になる? お金を払って求めたいと思えるかな?」
「面白い、とは思います。ただ、うちは酒を扱ってるのでこういうのは」
「美酒を片手に知的遊戯ってのはどう?」
突然モリーが息を止めたかと思ったら、次の瞬間には燃えるような意欲を漲らせていた。