子爵家ルート2
ナトリアス子爵家に引き取られて、僕は七歳になった。
「どうして私たち、名前が違うの? みんなナトリアスの子供たちなのに」
何がきっかけだったのか、ヒナがそんなことを聞いてくる。
僕は一緒に詩集を読んでいたテティと顔を見合わせた。
「父親が違うからだよ」
「ヒナのお名前は、お父さまのお名前よ」
「でも、アーシャのお父さんはイスカリオンでしょ?」
どうやら、疑問も考えなしってわけでもないらしい。
「僕は後見人であるナトリアス子爵に養育される立場だけど、僕自身がアレキオン伯爵家当主だからね。アスギュロス・フリーソサリオ・モヴィノー・アレキオンなんだよ」
「私と同じ歳なのに? アーシャだけ大人なの?」
「そうだね、特別な理由がないと、成人してなきゃ家は持てないね」
ただ僕は特別な理由が存在する皇帝の庶子だ。
父が皇帝になると同時にアレキオン伯爵に叙された。
これは帝位の継承権を失くすための措置で、帝室のイスカリオンとは家を別にすると明示するため。
この世界長子相続だから、僕が帝室に名を連ねると、皇帝になるために再婚した相手との父の子供が帝位に就けないんだ。
それでも血統は確かに長子だから利用しようとする者も現れる。
そのために無闇に高い爵位を与えられて、下の者からの干渉をはねのけるようにされてるってところらしい。
「アーシャは特別なのね。でも伯爵って、お父さまより偉い?」
歳が上とはいえ子供のテティも、あまりわかってないで言ってそうだ。
ただ、言ってることは間違ってない。
領地を持たないナトリアス子爵家と違って、アレキオン伯爵家には領地がある。
当主が子供で実務ができないから、領地経営から代官の斡旋も全て帝室の名の下に世話されてる状態だけど、それでも立場としてはアレキオン伯爵のほうが偉い。
「大事にされてると思っておいたほうがいいんだろうな」
「何、アーシャ?」
ヒナに聞かれると、テティも僕を見てる。
僕は笑って誤魔化した。
完全に人員固められてるとは子供相手に言えない。
領地だからって僕が何かできるような隙もないから、金銭を要求できても全て用途は把握される。
絶対政治的な動きしたら筒抜けで、欲を掻いたら排除だろう。
「あったかくなってるし、少し外に出て遊ばない?」
誤魔化しついでに誘ったけど、テティは読書が好きなことと他にも嫌がる理由があった。
「イースが騒ぐわ」
イースはテティの弟で、遊びたい盛り。
あまり激しいことが好きじゃないテティは嫌がるし、さらに二人弟妹が他にもいる。
一人を相手にすると他の弟妹の世話も親に頼まれるので、大人しく本を読んでいるんだ。
「私はイースがいてもいいけど、あの子いつまでも家に帰りたがらないもんね」
ヒナは外遊びも好きだけど、子爵家長男イースの我儘にはつき合いきれないようだ。
「じゃあ、少し散歩。すぐ家に戻るって言えば、イースに見つかっても中に入ればいいでしょ。遊ぶのが嫌だからってずっと籠っててもつまらないよ」
僕としてはイースは嫌いじゃない。
ただまだ加減を知らない男の子で、さらに四歳と二歳の弟妹がいるから手がかかるのはしょうがないとも思ってる。
子供が増えて大人たちは手を取られてる分、この二年ほどイースのかまって攻撃が激しくなってる気もするし。
僕たちはこっそり部屋から出て、さらに使用人が使う入り口を使って外へ出た。
そんな忍び足の逃避行が成功すると、ヒナとテティも面白がって笑い出す。
「アーシャの弟はどんなかしら? お手紙来たんでしょう?」
「さぁ、双子が生まれたらしいけど。年に一回の手紙じゃね」
ヒナは悪気なく、というか、一人っ子なので羨ましそうに聞いて来た。
その気持ちは、前世一人っ子だったからわかる。
ただ、本当に弟については知らないんだよね。
誕生月に年一回皇帝である父から手紙が届くけど、近況をやり取りするだけの内容だ。
向こうも再婚して僕を置いて行ったことを後ろめたく思っているらしく、新しい家族について語る言葉は控えめ。
だから弟が三人いることは知ってるけど、それだけだった。
一緒に暮らしてるテティやヒナのほうが姉妹のようだと思う。
「なんだか、外のほうから声がするわ」
テティが気づいていうけど、ここは使用人たちの使う屋敷の裏手。
格式ばった家じゃないから見つかったら注意されるていどだし、仕事の邪魔をしなければ僕たちが通るくらいは見ないふりをしてくれる。
けど、今は屋敷の外から聞こえる声にヒソヒソと言葉を交わしていた。
まただとか聞こえるし、何か恒常的に問題があるようだ。
「なんだろう?」
「見に行ってみよ」
「あ、ヒナ」
僕が興味を示すと、ヒナがすぐに走り出す。
テティは心配して追うので、僕も後に続いた。
屋敷の裏手は使用人の作業場でもあって、周辺の屋敷の裏手がひしめく。
つまりいるのは屋敷の主人やその一家ではなく使用人、もしくは出入りの商人などになるはずだから、すぐさまの危険はないだろうけど。
「だから、お代に足りないって! あんたの所はいつもそうだ!」
「何言ってんだ。だから目の前で数えてやっただろ。あんたが落としたかなんかだろ」
見れば向かいの屋敷の裏手で、荷車を携えた商人と、お仕着せを来た使用人がいた。
見ていると、さらに人が増える。
どうやら商人だと思ったほうは配達人らしく、本物の商人が呼ばれてきたらしい。
「まぁ、肌の色が白いわ。白粉じゃないわよね?」
「たぶん海人か竜人の血が入ってるんだよ」
「わぁ。ねぇ、女の人でも商人になれるの?」
僕たちは興味本位で覗き見ながら様子を窺う。
どうもお酒を売る商人で、配達して代金をもらっても三回に一度はお金が足りない。
目の前で数えられたはずなのに、結局足りないので配達人も金を盗んだと疑われて必死になりすぎて声をあげていたようだ。
「今回は本当に目の前で数えて、そのまま手に乗せてしまいこんでもいません!」
「うちのはこう言ってるけど、どうなの?」
「はは、ずいぶんな言いがかりだな。こっちは丁寧にそいつの手に乗せて、声出して数えることまでしたんだ」
そう言っている間に、時報の鐘が鳴ると、それを聞いて使用人が嫌みっぽく言う。
「ほら、もう鐘が鳴っちまった。さっきも時間聞いただろ。こっちだって忙しいんだ」
言われて、ちょっと思い出すのは、前世でも有名な落語。
なんて言ったっけ、蕎麦で、時間を聞いて…………そう、時そばだ。
「すみません。それ、お代をもらって数えてる時に時間を聞かれませんでしたか?」
「あら…………どうしたのかしら、僕? 何か知ってる?」
白い髪の商人は、正面から見ると目は縦長で、皮膚に鱗が浮いてる箇所がある。
竜人との混血らしく、子供相手に優しく応じてくれるけど、隠しきれない怒りがあった。
「銀貨での支払いでしたか? だったら、何枚です? こう、一、二、三、四…………十二、さっき鳴った鐘は何時でしたか?」
「十三の鐘よ」
「じゃあ、次は十四、十五、十六…………わかります?」
落語の時そばは間に別の数を言わせることで、実際に払った枚数を誤魔化すという話。
実際白い髪の商人相手に簡単にやってみると、使用人はしまったと言わんばかりの顔。
やられた白い髪の商人も理解してすぐさま険しい顔を向ける。
「ずいぶんなことしてくれるじゃないの。そっちがその気ならこっちだって相応の対応ってものをさせてもらうわよ。どうせあんた一人の浅知恵ってわけじゃないんでしょ? こっちが気づかないように日にち開けて繰り返してんだから。…………ヘリー!」
「おう、ったくせこいこと考えるなぁ」
声を低くした白い髪の商人に呼ばれてのっそり現われたのは、赤い熊の獣人。
巨体を見せつけるようにゆっくり近づく様子が威圧的で、使用人はすくみ上る。
「北に帰るヘリーを押しとどめておいて正解だったわ」
「散々面倒な相手のところ回らされたせいで、犯罪者ギルドの回し者じゃないかって言われてんだぞ」
赤い熊の獣人と言葉を交わした白い髪の商人は、僕に改めて礼を言って来た。
「ありがとう、教えてくれて。ナトリアス子爵家の子ね。後日改めてお礼に窺わせていただくわ」
白い髪の商人はそういうと、赤い熊獣人と一緒に使用人を捕まえて、詐欺を働いた人の屋敷へと押し入って行く。
「獣人、本当に熊だ。おっきいなぁ」
僕はと言えば、異世界転生しても周囲には人間しかいなかったから、ファンタジーな異種族を実際に見られたことに感動していたりした。