不遇皇女は……? 7
エリクサー作りは二年目以降が大変だった。
どう調べても毒な混合物しかできず、科学的にも硫黄はともかく水銀が薬になるなんてどうやるのか全くわからなかったんだ。
学園の錬金術科教師の紹介で、ルキウサリアで学園の錬金術機材を調整していた技師を呼び寄せて、三年目はともかくかつての聖女の道具の復旧に腐心した。
四年目は遺された研究書の復元と暗号を解いて、特殊な材料が必要だとわかり自ら採集に出向くことも。
五年目は僕が学園に入学する、しないで父や妃殿下まで巻き込んだ大騒ぎになってしまったり。
六年目は研究を続ける環境をもぎ取ってひたすら実験を繰り返したり。
七年目には形になったと何処からか漏れて、また聖女こそが神に仇なす悪魔なんていう狂信者の撃退に費やした。
「…………今だから言えるけれど、本当に大変だったよ」
「そんな一言で済ませられないことを成し遂げたのに。アーシャは謙虚ね」
久しぶりに顔を合わせた友人、ディオラが大人びた笑みを浮かべた。
お互い十七歳、初めて会ってから十年だ。
手紙の交流や外交上の顔合わせもあったけど、今日は完全にプライベートで会えている。
ディオラは王侯貴族が通う学園を卒業して一年、前世の大学に相当する学院に進んでさらに勉学に励んでいた。
ちょうど薬学の権威が引退表明をして趣味に生きるそうで。
そこに才媛と名高いディオラが薬学科の院に入ったため王女としても、研究者としても期待の的だそうだ。
「ディオラは…………あら?」
「まぁ、楽しげな足音」
部屋の外から聞こえる慌ただしい音に、ディオラも笑ってくれるので、僕も叱ることはできない。
その上で、室内で警護をしていたニケに目で合図を送った。
ニケが両手で扉を開けると、そこに元気に飛び込んでくる人影がある。
「姉さま! 来るなら知らせてくれても…………あ、こ、これは…………ディオラ姫」
僕の来訪に駆け込んで来たテリーは、ディオラの姿に真っ赤になって恥じ入る。
ここはルキウサリア王国の学園を中心に発展した都市。
今年入学したテリーは頬に傷があるけれど表面はなめらかだ。
「驚かせてごめんなさい。私は三日滞在する予定よ。今日は一緒に夕食にしましょうね。さ、まずは着替えていらっしゃい、テリー」
「はい…………あの、知らせてくれたら、ちゃんと出迎えをする、から」
「えぇ、わかっているわ。テリー、後でお話しましょうね」
声をかけると日が差すような笑顔を浮かべる。
その様子に僕はテリーの退室後、耐えられず机に突っ伏した。
「良かったぁ…………ちゃんと笑ってるぅ…………」
「本当にアーシャはすごいけれど、とても残念ね。世間では銀花の聖女とほめそやされて、清廉潔白で平等で慈悲深いと謳われているのに」
言いながら、ディオラはイメージ優先で結わずに流している僕の銀髪を、テーブルの上からどけてくれる。
「けれど実際は弟と妹が大好きで、頑張ってお姫さまをしている楽しいこと大好きな変わり者だなんて」
「がっかり皇女なのは昔から自覚してるよ。だから隠してるし、許してくれるディオラとニケには感謝もしてます」
「うふふ、大丈夫。私そんなアーシャが好きよ。ニケもそうよね?」
聖女となってからは友達なんて作る暇もなかったから、ディオラが唯一交流のある同年代だ。
僕はだからこそ素を晒しているし、ニケとも顔見知りで気安い。
「私にとっては清廉潔白で平等で慈悲深く、勇気と知恵に溢れた、銀花の聖女であられます」
すまし顔で答えるニケは、一度は失った右手で確かに騎士の礼を取って見せる。
僕はエリクサー作成に成功したけれど、やはり伝説は誇張だった。
再生させてすぐさま戦場に復帰なんてことはできず、機能回復の訓練からだったんだ。
それでも確かに動くさまは、どれだけ治癒魔法に特化した教育で魔法使いを育てても至れない高み。
「アーシャ、ルキウサリアを出た後は帝都へ行くのかしら?」
「そう、ワーネルとフェルの様子も気になるし、ライアとも会いたい。三人とも大きくなってるんだろうなぁ」
「そうね。きっと、アーシャのお蔭で笑顔でいるわ」
「そうだといいな…………」
テリーの入学までぎりぎりでエリクサーが完成したから、弟妹とはあまり会えていない。
それでもニケの腕の再生を確認して、すぐさまエリクサーを持って帝都へ向かった。
その時にはテリーの容態を見るために丸一日つきっ切りで宮殿にいたんだ。
傷跡は残ってしまったけれど、それでも再生は確認。
その後は、さらに新たなエリクサーを作るために岩窟の工房へととんぼ返りだった。
「…………ライアに嫌われてないかな?」
「まぁ、どうして?」
「テリーを治しに戻った時、私に会いに来たんだ。でも邪魔してはいけないと追い返されて大泣きしている声が聞こえてた」
心苦しかったし、できれば部屋を出て抱きしめたいくらいだった。
手紙のやりとりは続けて、行事があれば帝都に行くこともあったんだけど、今まであんなに泣かれたことはなかったんだよね。
素晴らしい姉として周囲に評価される僕を誇っているというライアは、憧れの人に会うという雰囲気でいつも笑顔だった。
なのにあの時は一目も会わず、今日までフォローもできないままだ。
ワーネルとフェルのための薬を作るためとはいえ心に来る。
しかもワーネルとフェルには薬を送っただけで容体は見ていない。
聖女としての活動で体が自由にならなかったせいで、そちらも心配だ。
「もう嫌いとか言われたら立ち直れないぃ」
「…………私はお兄さまと仲が悪いわけではないと思うけれど、やっぱりアーシャの弟妹好きは度を越しているように見えるわ」
「大変な事件に巻き込まれ、お一人で帝都を発たれた孤独の反動もあるかと。それと共に生来愛情深い方であられます」
ニケが僕をフォローするけど、ディオラは首を傾げる。
「お兄さまがこんな状態になっていたら、正直近づきたくはないかも」
「え!?」
「まぁ、アーシャ。そんな顔をしないで。あなたのその情けなさは可愛らしいところでもあるのだから」
「う、うん? え、今情けないって言われた?」
お姫さま然とした笑顔で何を言ってるの、ディオラ?
なんだか慰めるか誤魔化すかのように頭を撫でられる。
僕はテーブルに突っ伏したままだったことを思い出して身を起こした。
お互い話しの合う相手が他にいないし、聖女になってお付きか教会関係以外は同性しか面会できなかったんだ。
それで元から友人だったディオラが折々に派遣されて来てたから、お互い気の置けない仲になるのは自然なことだったと思う。
「うふふ」
そうして笑って誤魔化すディオラけっこう悪戯だ。
思えば初めて会った時に一緒に抜け出した仲だし、お姫さまの割に実は活発なのが僕と合ったのかもしれない。
「今でもアーシャが変わらないなら、一つ忠告をするわね。…………お兄さまが周りに煽られて、アーシャに婚約の申し込みを計画しているの」
「ぶほ!? は、はぁ!」
「止めたのだけれど、聖女に唯一手紙を送れる異性ということで舞い上がってしまっていて。私もアーシャにその気はないと言い聞かせたのだけれど…………」
「ディオラのついでなのに…………! っていうか、誰とも結婚する気はないよ!」
僕の主張を聞くのが初めてでないディオラは何度も頷く。
その上で止められなかったのは、やっぱり国の思惑が絡んでいるんだろう。
皇女で、聖女で、再起不能とさえ言われた皇太子と皇子たちを癒せる技術を持つため、僕の政略的価値は高まっている。
帝国でも僕を呼び戻そうとする動きはあるらしいし、教会も今さら手放す気はない。
僕としては帝国に戻れば政略結婚を避けられないから、聖女のまま教会にいることはやぶさかではないところ。
なのにルキウサリアまで横槍を入れるなんて、それを許してしまうと様子見をしていた他の国々も動き出す未来が見える。
ハドリアーヌ王国なんて、暴君と呼ばれる国王が体調を崩していて、国の大使が僕を国に招こうとうるさいし、あそこは絶対に動くだろう。
というか、もう国に招いたらそのまま帰さない気満々で、昔の聖女もきっと同じ問題を抱えていたんだろうことが窺える。
「だから、アーシャ。バシッと振ってしまってちょうだい」
「え、いいの?」
「ここのところの浮かれ具合は見ていて目に余るものがあるの。熱心に父まで口説いて場を用意させてしまったし。私の友人の気持ちを置き去りに愛を語るなんておかしいわ」
「…………その実?」
「ハドリアーヌ王国の皇太子も病弱で、お兄さまの求婚の顛末によっては荒事になる恐れもあるの。そんな軽率な行動の引き金を引いたとなれば国として非難されることは必至」
「そうだよね。横やりを入れられた形の帝国も教会も、ルキウサリアに対して厳しい態度を取るだろうし。そもそも振られるってわかってないのがなしだよ」
僕たちはアデルを振ることで意見が一致し、その後は和気あいあいと談笑する。
そんな様子をニケは苦笑いで見守っているのが視界の端に映った。
「実際アーシャは帝国に帰る用意はあるの?」
「聖女なら無理に結婚とも言われないから、このまま教会でメロたちと新たなエリクサーの活用法を研究するよ」
皇女にあるまじき答えだけど、ディオラもニケも当たり前に笑っている。
僕は皇女としての幸せを願う父と妃殿下に胸の中で謝りつつ、手に入れた自由に満足していた。
ここまで読んでいただきありがとうございました。