不遇皇女は……? 6
十歳で襲撃を受けて、内乱の気配さえある中、僕は教会総本山へと乗り込んだ。
教皇からの謝罪とエデンバル家の破門勧告までを引き出せたのは、子供相手と甘く見てくれた隙をずいぶんと抉ったからだろう。
その上で僕はエリクサーを求めること、その再現に関与することを認めさせた。
結果、第二皇女が生まれて不要になった第一皇女なんて言われつつ、僕は教会総本山ムルズ・フロシーズに腰を据えている。
「どうぞ、第一皇女さま、新たなる聖女よ。ここが、かつておられた聖女さまがお使いであった工房です」
僕は岩窟の奥に隠された秘密工房へと足を踏み入れた。
案内は九尾の聖人メロと、僕つきの宮廷魔法使いとなった九尾の才人ウィー、護衛騎士である隻腕のニケも同行している。
出迎えるのは教会関係者の中でも才ありと認められた薬師、魔法使い、修道士など。
新たに聖女の認定を受けた僕が責任者に就任したことで、跪いて出迎えていた。
正直聖女認定とかどうでもいい。
教会の醜聞払拭のプロパガンダ込みの称号だ。
僕が花火をイメージして放った魔法、あれを神の奇跡として喧伝するための名目。
「それぞれのアプローチから秘薬を再現しようという報告書は読ませてもらいました。ですがどれも今の常識を根底にしています。こうして工房が残っているのです。使われた機材の研究こそすべきであると私は考えます」
というかもう長年かけて再現不可能なんだから、きっと聖女がやっていた手法とは異なることをやってるんだと思う。
その上で残された機材の全てを使ってやる手法を探る者がいなかった。
一番の手がかりがあるのに使わないのはもったいない。
「あれがとんでもない魔法の使い手? 本当にまだ子供じゃないか」
「大聖堂の天井を満たすほどの魔法を放ったなんて信じられない」
ひそひそ聞こえるけれど気にせず、メロとウィーに機材の状態確認をしてもらう。
だいたい僕が放ったのはただの花火なんだけど、そんなのこの世界にない。
結果、魔法として破格と評価され、元から魔法にそこまで熱心じゃなかったこともあり奇跡扱いにまで持ち上げられている。
お題目はこうだ。
僕が抵抗で火球を放ったけれど。それは相手に届かずただ天井に向けて打ち出された。
しかし主神の像の眼前まで昇った瞬間、神の助けでただの火球は大聖堂の天井を埋め尽くすほどの音と光を放つ別の魔法になった、これぞ神の奇跡。
僕が聖女と認められて神に願いが通じた証だと、ずいぶん教会側はぶってる。
「アーシャさま、錬金術の道具と思われるものもありますが、大型のものは皆目」
「聖女の工房の物品に関する目録をお持ちしました。当時聖女が呼んでいた器具の名前が残っております」
ウィーとメロから話を聞きつつ渡された目録に目を通すけど、すぐさま理解は難しい。
けれど器具の名称と想像できる行程を考えると、けっこう科学的な手法だった。
その上で、素材や薬剤を適切な時に魔法的処理を施すようだ。
すでに今までの研究には目を通した。
その上で彼らもこれを見ており、わからない器具は使わず、魔法的な処理を試みてる。
けれど科学的に変化させる工程を経ていないから、聖女と同じ結果は得られずにいたようだ。
その中で、たまたま化合物を使って魔法的処理が成功した例があり、そこから機材を使わなくても再現可能と錯誤してしまったらしい。
「これらの器具を使うことをした者の記録は?」
「それが、誰も動かせたことがないのです」
メロ曰く、今までも試行はしていたけれどできなかったと。
その上ものが古いから破損もあり、今では触ることも駄目だと保存を重視しているとか。
「錬金術ではありませんが、薬学で使う器具もありました。そうしたものは新たに作らせて再現のために活用はしています」
元から錬金術の可能性を考えていたメロは、ルキウサリア王国にある学園に唯一存在する錬金術科に人を送る算段をしていたそうだ。
若者を送り込んで錬金術を修めさせることで、研究に進展をもたらそうと。
「それでは遅きに失します。すでに錬金術を修めた教師がいるのでしたね?」
ウィーの兄弟だというヴィーと呼ばれる錬金術科教師。
そして今、錬金術科は存続の危機に等しい縮小状態にあるという。
「であれば、ウィーの兄弟に協力を求めましょう。一から学ばせるよりも確実です」
なんだったらもう在籍する学生も一緒に引き抜いてもいい。
教会は秘薬の独占を前提にしてるけど、僕にはそんなの関係ない。
それよりも時間がないんだ。
ルキウサリア王国の学園は帝国内の国々から王侯貴族の子女が集まる。
そこに行けるかどうかは、今後の人生において人間関係を構築する判断材料にされる。
「十四歳の入学までに…………」
入学の期限が迫っているのは僕じゃない。
テリー、そしてワーネルとフェルだ。
不遇だとか言われるけど、確かに僕はもう代わりがいる皇女だし政略結婚なんて願い下げ。
いっそ学園入学なんて望んではいない。
けど弟たちは皇子として行く意義があるわけで、もう入学の十四歳まで十年もないし、使えるものは使うつもりだ。
僕はそう大前提を決めて、エリクサー再現の試みに…………。
没頭したかったんだけど、聖女の名前がちょっと邪魔だった。
年に数回に押さえてもらったとはいえ、教会関係の会食や祭事への参加をしなくちゃいけない。
その度にニケと一緒に好機の的にされ、何十回と繰り返した大聖堂での事件を、初めての人に話しては聞かせなきゃいけなかった。
「アーシャ皇女殿下。第一の試薬が完成したと聞きましたが?」
二年目にしてやっと形になった薬があると聞いて、ニケが私室で確認をしてきた。
岩窟の工房から教会に用意された屋敷に戻った僕は、気楽に一人で着替えつつ答える。
「あくまで行程を真似ただけ。試薬と言っていいものじゃない」
「それは試してからでも」
「駄目。あれは一度ウィーの兄弟が来てから意見を聞いた後廃棄。そしてもう一度作り直し。どう考えても毒でしかないものを薬とは呼ばないよ」
僕はニケに皇女らしい言葉を取り繕うことをやめている。
もちろん公の場では皇女であり聖女という、ネームバリュー活用のためらしく振る舞う。
さすがに忙しくしてると素が出るから、もうニケにはこれが素だと言って気にしないようにしてもらってた。
「そうしたものでも試すために私がおります」
「あくまで再現できたと証明するためだよ。治験にすらならないものは駄目」
今の時代に錬金術師として活動しているウィーの兄弟は、ルキウサリア王国の学園からの引き抜きに成功している。
縮小を止められなかったことで限界を感じていたそうだ。
ただ学生を見捨てられないと、今いる者たちが卒業してからこちらへ来る予定。
急遽今年の入試を停止しても何処からも文句が出なかったとか。
唯一の教師が学園を去るということに関しても、魔法使いとして引き留められたと荒れた様子をウィーが語っていた。
そんな錬金術の軽視が、この聖女の秘薬の失伝にも繋がっている気がする。
「いや、独占か」
「何か?」
「…………教会の記録も色々と見てるけど、どうも教会が錬金術を抑圧した形跡があるんだよね。聖女の死後に」
「何故そのようなことを? その時すでに聖女が錬金術を使っていたと知らなかったのでしょうか?」
「その可能性もあるけど、聖女の秘薬を唯一無二にしたかったからじゃない?」
現在錬金術は魔法の劣化技術と言われている。
化学的な手法を見れば全く違う技術だけど、結果だけを見れば似てなくもない。
そのため下に見られていたのは知っているけれど、教会の記述と合わせると別の見方ができる。
他種族が魔法を極める中、属性に関わらず魔法が使えるという以外に極めるほどの素養がない人間。
その宗教組織が最初は治癒魔法で奇跡を謳った。
けれど魔法技術が大成して治癒魔法は一般化。
今でも教会は治癒魔法の使い手を独自に高いレベルで育成しているけれど、聖女の治癒には及ばない。
売りをなくした時に目をつけたのが、魔法と対比されて貶められ始めた錬金術だったとしたら。
「これできちんと継承できていればまだ良かったのに。内部の争いだとか、外部の争いだとかで失伝しちゃってるんだからどうしようもない」
「アーシャ皇女殿下、それはメロどのやウィーどのにはおっしゃらないでくださいね?」
「やっぱり落ち込んじゃうかな?」
「大抵の者はそのような事実を突きつけられて、他人ごとではいられないかと」
ニケはもう僕が他と違うことわかってる。
この世界では、無宗教を公言できる人なんて狂人扱いだ。
そんな狂人のような僕に従い、見世物にされても、毒を試そうとさえする。
そこまで誠意を見せてくれてるなら、こっちもちゃんと効果があると言える物を渡したい。
「それではお疲れでしょうが、こちらをご確認ください」
ニケは無宗教の僕に嫌悪もなく笑って見せて、帝室の紋章がついた封筒を渡す。
「テリーたちからの手紙!」
「ふふ、乳母どのと妃殿下もございます」
宮殿に残してきた人たちからの便りに、僕は手放しに喜ぶ。
父は皇帝という政治的な立場から、あまり頻繁に聖女になった僕とは接触できない。
それでもハーティや妃殿下の手紙には父が心配している様子も書かれていた。
僕は手紙の上では元気な弟たちを思い描きながら、だらしなくソファに転がる。
注意するニケは、もし姉がいたらこんな風だったのかと思わせる。
案外この生活が悪くないなんて思ってしまう僕は、自分を戒めるためにも、必ずエリクサー作成を成功させることを今はいない弟たちに誓った。
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