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不遇皇女は……? 5

 この世界は僕の前世とは違う世界だ。

 そう確信した理由の一つは魔法があること。


 そしてこの異世界でも錬金術は眉唾で、そこは前世と同じ扱いだった。

 ただ僕は帝室図書館で、妙に錬金術を貶す魔法理論の本を見たことがある。

 あれはいっそ嫉妬だ。

 もしかしたら、前世と違ってこちらの錬金術は、魔法使いに嫉妬されるような効果があったのではないかとは思っていた。


「錬金術? それは毒を作る技術なのではなかったか?」


 父の理解は世間と同じで、妃殿下も心配に口を引き結んでいる。


「錬金術が関わると思われる理由があるのでは?」


 僕が促すと九尾の聖人メロは諦めたように話し出した。


「錬金術には万能薬、神薬などと号するエリクサー、もしくはエリキシルという最高峰の薬があります。私は、聖女が使用した薬剤は、それであると考えているのです」

「ですが、教会が錬金術など、聞いたことがありません」


 妃殿下の指摘に、メロは肯定するように続ける。


「秘匿されています。それと同時に、確かに錬金術をかつて行使した工房が残されており、教会も長年聖女の治癒に関しては再現を模索しておりました。その中で錬金術の可能性も探っている状態です」

「聖女は教会が囲っていたはずでしょう。なのにどうして残されていないのです?」


 もし最初から誇張されただけならそれも当たり前。

 けれど遺骸もあり、錬金術もあるとなると何か理由があるようだ。


「聖女を巡って争いがあったのです。欠損した身体を治癒せしめる聖女であれば、老いや死さえ克服させてくれるのではないかと」

「呆れた。外傷の治癒と老いの克服は全く別の話だというのに。それで、聖女の治癒が薬剤であると知られて製法が盗まれたとでも?」


 僕が予想すると、メロは驚き、父と妃殿下も信じられないような顔をしている。

 話しすぎている自覚はあるけど、今は回復の可能性を模索することを優先して、気づかないふりをした。


「それもあります。盗もうとする者がおり、結果聖女直筆の書はページが欠落している状態なのです。また、神が定めた死を覆そうという不埒な試みが生まれるのは、聖女の治癒そのものが悪であるためと極論に走った信徒によって破棄された部分もあります」


 思ったよりも大変なことが歴史の裏で起きていたようだ。


「その聖女の書は私でも見られますか?」

「無理です。まず教会に所属する者でなければ近づけません。その中でも製薬や治療に実績のあるもので信仰深い者が選び出されて、極秘に触れることを許されます」


 教会も再現したいけれど、争いの前例があるから人は選ぶし部外秘にしている。

 こうしてメロが喋っているのは、十歳の皇女である僕に詰問されるという状況の異様さに流されている部分もあるんだろう。


 それは僕がいい子のふりをしていたのを見て来た父と妃殿下も同じ。

 こんな子供らしくない皇女なんて、がっかりされるかもしれない。

 けれど、それよりもこのチャンスを逃せば弟たちの状況は改善の見込みがなくなる。

 そう思えばもうこのまま押し切るしかない。


「陛下、教皇よりエデンバル家の卑劣な所業に罪ありと宣言していただけるよう動くべきではないでしょうか」

「あ、あぁ。…………あぁ、それは確かに使える」


 宗教の恐ろしいところは民衆を味方につけることだ。

 正しいこととして当たり前に教会の教えがあり、生まれた時から関わる組織という数の有利。

 そこに否定されると民衆は惑い、自らが悪に加担しているのだ言われればと鈍る。

 エデンバル家が内乱を起こしたとしても、兵やその戦いを支えるのは民衆。

 教会を司る教皇から指弾されるということは、この世界ではとても強烈なプロパガンダになる。


「妃殿下、ルカイオス公爵にことを」

「えぇ、わかっています。わかって、いますとも…………」


 妃殿下は言いたいことを堪えるように声を抑える。

 けれど僕を見る目は確かに心配の色があった。


 もうここで子供だからなんて言ってられない僕は、メロに命じるように言う。


「あなたには再現のための助力をしてもらいましょう。許可はこちらでもぎ取ります」

「可能であると? どのようなものであるかも見ていないのに? 夢を抱いているなら」

「言い伝えでは骨まで再生し剣を握れたと聞きます。であれば、聖女の治癒は正しく再生能力。千切れた筋肉と腱さえ戻れば弟たちは以前のように過ごせるはずです」


 前世の知識でそれくらいはわかるけど、僕の理解度に誰もが意外そうにする。

 突っ込まれると答えに困るけど、ともかく行動ということでその場を乗り切った。


 そして僕は聖人との面会の後、一人の人物を呼び出す。

 周囲の侍女は全員下げ、信頼できるハーティだけを供に。


「お呼びと聞き、まかり越しました。アーシャ皇女殿下。お見苦しいとは思いますが、どうかご容赦を」


 現われたのはまともに騎士の服も着られなくなった女騎士、ニケ。

 僕を庇って片腕を落とした警護役だ。


「ニケ、あなたには私の警護を続けてもらいます」

「は? な、何をおっしゃる? 私はご覧のとおりすでに腕を…………あ、まさか、責任を感じておられるのでしょうか。そうであれば情けは無用です」

「いいえ、腕を失くしたあなただからこそ、私は側に置きます」

「…………何故?」


 いつもなら笑顔を繕った皇女を演じるけど、今はそんなのどうでもいい。

 僕は僕のままニケに自分勝手な都合を押しつけた。


「私はこれより、教会の秘匿技術を暴くために教会総本山ムルズ・フロシーズへ向かいます。名目上は今回の大聖堂における凶行に対して、教皇を問責するための使者です」

「な、なんということを! 危険です! ましてや剣を両手で振ることもできない私などでは物笑いの種にしかなりません!」

「えぇ、あなたには見世物になっていただきます」


 突きつけた立場に、僕を心配していたニケは顔をこわばらせる。

 すでに未婚で片腕を失くしたというだけで、社会的な風当たりは強い。

 女性として求められる結婚もできなければ、騎士として働くこともできない。

 その上で、今回の凶行の一端を突きつける生き証人として衆目に晒される。


 前世の僕よりも若い女性であるニケに、酷い仕打ちだとは思う。

 けど、教会という巨大な組織を動かすにはそれだけのインパクトが必要だった。


「教会から暴く秘匿技術は、聖女の治癒と呼ばれる薬剤の製法」

「え?」

「あなたには、聖女の治癒が成功するかどうかの実験台になってもらいます」


 ニケは無意識か、二の腕から先のない自分の右腕を掴む。


「あなたの腕が治るようであれば、私の弟たちも治癒するでしょう。あなたに求める役割は二つ。大聖堂での凶行を印象づける見世物として同行し、聖女の治癒の実験台としてその腕を貸すことです」


 もちろん九尾の聖人と呼ばれるメロさえ再現できずにいる技術で、その上眉唾な錬金術を使用するという。

 正直、僕も想像がつかないけど、あると言うなら再現して試すしかない。


 そして今なら教会を脅して優位に立てる。

 他に前例も可能性もないと言うなら、僕はテリー、ワーネル、フェルのために失伝した聖女の治癒を再現しなくちゃいけない。

 何も知らない妹と、笑って過ごすには伝説でもなんでも利用してやる。


「…………謹んで、お受けいたします」


 ニケはバランスの崩れた体で、危なっかしく片膝を突いて深く頭を下げた。


「あなたはあくまで実験台です。言い伝えのように、腕を失い聖女に再生された騎士が即座に戦場に戻ったような、そんな伝説的な結果が必ずしもついてくるとは限りません」

「そうであっても、アーシャ皇女殿下が必要としてくださるなら、応えましょう。私はあの大聖堂で、一人生き残りました。その恥を雪ぐには、伝説の再現でもなければ無理でしょう」


 他の警護たちが死んだ中で生き残ったことを恥という。

 いったい誰に言われたのか。


 自然顔が険しくなる僕を見て、ニケは目元を緩めた。


「時に、私にとっては憐れみも侮辱となります。ですが、あなたは私を求めてくださった。ならば、応えたいのです。今をおいて、その機会は二度と訪れないでしょう」


 ニケは腹をくくったらしい。

 断られれば妃殿下にお願いして、片腕でも引き受けてくれる嫁入り先を探してもらうつもりでいた。

 けど、受けたなら利用させてもらう。


 教会の総本山ムルズ・フロシーズに、大聖堂で教会騎士に襲われた皇女と女騎士が問責に使者として向かうんだ。

 連れて歩けば僕もろともに見世物。

 ニケが侮辱だと言った憐れみもあれば、生き残ったことに対する謗りもあるだろう。

 何より、嫡子たちが重傷を負った中で無傷の僕も同じ扱いを受けるのだから、二人揃っていれば教会の反発と共に不遇は目に見えている。


「あなたの忠心、確かに受け取りました。まずは養生を。追って旅程は伝えますが、あまり休む時間はないでしょう」

「理解しております。血の匂いもある内が相手方にも効くでしょう」


 予想外の言葉に僕が詰まると、ニケは血色の悪い顔で強がりを押し隠すように笑った。


次回更新:明日十二時

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― 新着の感想 ―
[一言] これは皇女殿下が聖女認定される世界線……!
[良い点]  ここら辺の思い切りの良さ、切り替えの速さ、合理的思考は本編共々『アーシャ』の前世由来のものとわかるので良い意味で既視感が有りますね。  あっちでの側近とストラテーグ侯爵とレーヴァンの役回…
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