不遇皇女は……? 4
テリー、ワーネル、フェルが目覚めた。
怪我が酷くて熱が出て起きれなかったそうだ。
お見舞いに行くことを許された僕は、まずは妃殿下に挨拶へ向かった。
父は僕のお見舞いに部屋へ来ていたけれど、妃殿下は目覚めない息子たちにつきっきりで看護していたという。
「この度は、大変もうしわけ…………うぶ!?」
気づいた時には妃殿下に抱きしめられていた。
見るからに疲れて重い雰囲気を纏っていたのに。
僕だけ助かって怒っているかもしれない。
そう思っていた僕の想像を否定するように、妃殿下は体全体を震わせて泣いていた。
「良かった、あなただけでも無事で…………本当に、良かった…………」
周囲の者さえ狼狽えるほど、妃殿下は僕の無事を喜んで涙を流す。
あまり好かれていないと思っていたのは、どうやら僕の勘違いだったようだ。
涙に濡れた目で僕の顔を覗き込み、痛いところはないかと、怖い思いをしただろうと心配する妃殿下は、心から僕を思っている。
だからこそ、重い。
起きられないほどの怪我をしたのが僕なら、結婚で悩まなくていいとか、テリーに身を挺して守られてまでそんなことを考えてしまった僕なんかに。
「…………ごめんなさい」
「謝らないでいいのよ、アーシャ。あなたは何も悪くないわ。いえ、謝らせているのは私なのでしょう。ごめんなさい、もっと上手く母親をやれたら…………」
たぶん僕を立派に育てるとか思い詰めていたんだろう。
だからこそ妃殿下には、本当に、心から、申し訳なくなる。
けれど、もっと重い事実が僕を待っていた。
「姉さま、大丈夫?」
「テリー…………私は、大丈夫よ。あなたが、守ってくれたもの」
顔のほとんどを包帯に巻かれたテリーは、疲れた顔をしていた。
包帯から除く目元まで腫れて、上手く顔が動かないのが見てわかる。
そして、その顔が動かない症状は、一生ものになってしまうと聞かされた。
顔の筋肉をひどく損傷して、二度と、笑うことはできないのだと。
「ワーネル、フェル…………」
「姉さま。僕の腕、動かないんだ」
「僕、足が動かなくなっちゃった」
同じベッドでなければ大泣きしていたと聞いたワーネルとフェルは、お互いに身を寄せ合っていた。
けれど、ワーネルが負傷して二度と動かないのは足で、フェルが負傷して二度と動かないのは腕。
二人は腕も足もどちらも、怪我に関係なく動かなくなってしまっていた。
まるで傷ついた双子の片割れを真似るように。
お見舞いを終えると、父が待っていた。
その顔は数日で酷いやつれようだ。
それと同時に強い怒りが金色の瞳に宿っていた。
「襲撃犯はすでに帝都を脱したと報告があった。また、依頼をしただろうエデンバル家も誰もが帝都を逃げ出した」
「エデンバル家? まさか、あの大聖堂の案内にいたエデンバル家の者が手引きを?」
「そうだ。ルカイオス公爵がエデンバル家の関与を証明するために動き出した途端に逃げられた。あの者だけでも捕まえていられたら…………」
父は心底悔しそうに自身の膝を叩く。
妃殿下は感情を押し込めるように一度目を閉じて父に意見を告げた。
「エデンバル家が領地に戻ったのであれば、今後、あちらの穀倉地からの輸送が滞ることでしょう。その時のために帝都の食を確保する手段を講じるよう、議会を召集すべきです」
「その時にはもうエデンバル家は戦いを挑むために兵糧確保に動いたと思うべきだ。こちらもその時のための用意を」
「内乱はなりません。国が疲弊するだけで、得るものはない戦いとなります」
「だが…………!」
子供たちを殺されかけた父としては、武力闘争も辞さない構え。
けれど言いかけて、涙を堪えて訴える妃殿下を見ると、続く言葉を飲むようだ。
僕はそんな二人を見つめて、別のことを考えていた。
正直国なんてどうでもいい。
元からそんなことを考えるなんて柄じゃないと思っていた。
けれど、この家族が壊されるなんて、絶対に許せない。
父も妃殿下も、テリーもワーネルもフェルも、みんな笑えるようにいないと。
そうでないと、まだ赤ん坊の妹があまりにも憐れだ。
今のままでは誰も妹に笑いかけるなんてできない。
「失礼いたします、陛下。お捜しの人物が見つかったとカウリオから連絡があり、すでに宮殿前に」
「何! すぐここへ呼べ! あ、いや、まずは侍医に症状を説明させよ」
父の側近のおかっぱ頭のヴァオラスが報告をすると、父はすぐに指示を出す。
わからない私に妃殿下が説明をしてくれた。
「カウリオは宮殿に出仕する魔法使いで、その者の同窓に聖人と呼ばれる治癒の使い手がいるのです。帝都に入ったと噂があったので、カウリオに命じてテリーたちの手当てができないか連絡を取らせていました」
やって来たのは金髪に、白っぽい肌をした人物。
しかも頭には角が生えており、足元には床を滑る尻尾がある。
鱗と肌の様子から、竜人と海人の血が流れていることがわかる出で立ち。
一緒に、緑の被毛に覆われた耳と尻尾を持つ魔法使いらしい人物もいる。
こちらがカウリオで、人に似た外見の種族と獣人のハーフなのだろう。
「ウェアレル、よくやった。そして、九尾の聖人、呼びたててすまない」
「いえ、陛下におかれましてはご心痛いかばかりか」
ウェアレルと呼ばれた魔法使いは一礼する。
答えた竜人が迷うように視線を下げると、その様子に父は表情を引き締める。
「この場での発言で罰することはないと約束しよう。息子たちを治せる見込みがあるかどうか、それを聞かせてくれ」
「…………恐れながら、私ができることは、人がおのずから治せる傷病の、本来かかる治癒時間を縮めることのみ。人の体には、一度損傷すると二度と再生することのない部位というものが存在します。殿下方は、その部位を損傷されてしまっているのです」
聖人の言葉に妃殿下が縋るように問いかけた。
「かつて教会で聖女と呼ばれた者は、欠損した身体さえ再生せしめたと言います。聖人と呼ばれるあなたでも無理なのですか?」
「非才、心よりお詫びいたします。私では、古の聖女には数段落ちるのです」
「…………聖女の伝説は本当のことなのですか?」
私の問いに、聖人は縦に割れた爬虫類のような目で私を見る。
「えぇ、ただの言い伝えという者もいますが、教会には確かに欠損した腕を再生された者の遺骸が残されています。その者の骨は治療のため切り離した部位から、新たな骨が再生した様子が見て取れるのです」
「聖女の再生能力は、聖女個人に由来? それとも才能さえあれば再現可能なのですか?」
三十年生きた前世の世界のほうが、技術力は高く生活水準も高い。
そんな前世でも再生医療というものはあっても、切断した腕を丸々再生するなんて無理だ。
けれどここは異世界で、魔法がある世界。
もしかしたらと考える、そんな僕の真剣さに竜人も思うところがあったようだ。
「何か、お考えが?」
「もし再現可能であると言うならば、教会にその技術の提供をさせます」
いつにない僕の言葉に父も目を瞠る。
「断言しますね」
「ことは大聖堂で起きました。しかも大聖堂の司教の招きによって。さらには案内として用意された者が手引きの上、教会騎士団に扮しての蛮行。今もなお、その件に関しての追及はしておりませんね、陛下?」
「あ、あぁ。それどころではなかったから」
だったら今からでも教会側に文句をつける。
この際言いがかりでもなんでもいいし、教会側が対応を決めかねてるなら好都合だ。
「では、教会を動かすために、国教から外すと宣言なさってください」
「姫君!?」
聖人が驚くけれど、妃殿下はいっそ冷静な表情になる。
「これだけ日数が経ったというのに、教会から公には何も宣言されていません。皇子が襲われたと聞こえていないわけもないでしょう。これはもはや帝国に対する敵対と見てもよいのでは。父もエデンバル家への対応に追われていたとはいえ、帝都の大司教まで一言もないのですから」
弟たちの看病と父への助言で、妃殿下も教会からのアクションがないことに今気づいたようだ。
そして、僕の過激な発言に真実味を帯びさせる策に使えることも父に告げる。
そんなことを言われた聖人は困惑して何も言えず、父はその様子と妃殿下と僕を見た。
「…………検討しよう」
「陛下! そ、それだけは!」
聖人が再考を申し立てるけど、獣耳の魔法使いが肩に手を置いて囁く。
「メロ、言い伝えと大半が信じない聖女の可能性にかけられるとおっしゃるんだ。だったら、錬金術に関わることを告げても今さら罰されることもない」
「ウィー、だがそれは、私もまだ確信があるわけでは。ヴィーの話でも再現は難しいと」
何か知っているらしい獣耳の魔法使い。
そして聞こえた錬金術という言葉に、僕は一つの可能性を思い浮かべた。
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