その頃、我が日本では
今日中にもう1話いけるかもしれないしいけないかもしれない
―――――ッーーー!―――!!―――
―――!?―――ッッーー!!!!
アメリカでも十分な驚愕と混乱を招いていたものだが、間近で事の次第を俯瞰していた日本では、この世の終わりかと思われるような怒号が飛び交い、官邸内は緊迫した雰囲気に包まれていた。
ここは首相官邸、現日本国のトップが事の重大さから急遽予定をすべてキャンセルし、国民の多くが見ていたであろう出来事への対処を議論していた。会議室の壁に映し出された映像に、各省庁の担当者が頭を抱える様子が映り、皆無言で状況を確認していた。
「首相・・・合衆国プレジデントからの連絡です」
「わかった、回してくれ」
電話を受け取り、相手への対応をおこなう前に、首相は一度深呼吸をして緊張をほぐす。その様子が、周囲の緊迫した空気をやや緩和させる効果があった。
「ヒデオ!とんでもない事になったようだね!」
「ミスタープレジデント、いの一番に連絡を取ってくるとは、さすがステイツですね」
会話の中で、二人はかろうじて笑顔を見せ、困難な状況でも互いを支え合おうとする態度が見える。たわいないやりとりをして、空気が少し和らいだ瞬間だった。
「必要とあれば全面的にこちらが取得した情報を提供することができる」
プレジデントの言葉に首相も言葉を選びながら返事をする
「助かります。まだまだこちらは情報が錯そうしている段階なので、自衛隊へのスクランブルもかけましたが、詳細は後程まとめる予定です」
「ヒデオ、私たちは同盟国であり友人だ。困ったことがあったら、いつでも相談してくれ。代わりと言っては何だが、分かったことは教えてもらえるとありがたい」
首相が言う
「その時は是非また美味しいバーガーをランチに誘いますよ」
プレジデントの声にも安心感が漂い、両国間の信頼関係を強調するかのようだった。
「楽しみにしているよ」
―――ガチャ
「相変わらず食えない国だ・・・助かっているのも事実だがね、現場はどうなっているかわかるかい?」
首相がため息をつきながら更なる情報を求める
側近が資料や飛び交う情報をまとめ上げている。彼らの慌ただしい動きは、官邸内の緊張感をさらに高めている。外は未だに太陽が真上を向いており、状況発生から時間はそれほど立っていないことを物語っていた。
「現時点では飛来した未確認物体は福岡の沖合に墜落とのことです。津波などは発生しておらず、大規模な衝撃波による被害は軽傷者が多数くらいのもので、重大なものはまだ連絡が入ってきていません」
側近らは緊迫した空気に耐えながら、事態を収拾しようと努力している。またその連絡を聞きながら、鳴り響く電話や人々の声が混乱の程度を物語っていた。首相は額に汗を浮かべながら状況を把握しようとする。その間、彼の目は時折ディスプレイに映し出された情報に向かっていた。
「真偽がわからない情報も多い。大半の連絡や情報が現場から遠い国民からのもので、あれはいったい何なんだ?という問い合わせがほとんどだ」と首相が指摘する。
側近は申し訳なさそうに返事をする。
「仕方のない事でしょう、突如として隕石のようなものが日本に降り注いだのです。遠いところでは新潟からも確認されたとの情報が入っています」
首相は深く頷き、厳しい表情で言う。
「とにかくより多くの情報が必要だ・・・現場への自衛隊の導入も増員させて現況を明らかにしてくれ」
わかりました、と側近は素早く応じる。
既に墜落時刻からは幾分かの時間がかかっているが。現場と本部との間の距離の影響は、リアルタイムに情報を更新していくには難しく、またノイズも多くかかってしまっているため、正確な意思決定ができずにいた。この事態に対する対応が、首相の責任を重くのしかかるように感じられる。
――――そのころ同時刻、JAXAでは
「主任!」
「春香君か、状況はわかっているね?」
主任研究員の宇野隆介に声をかけながら、部下である佐藤春香が近くまで駆け出していた。研究所内は、急きょ異変に対応するため、緊張感に包まれていた。
「ISSからの画像も見ましたが、他にも撮影されているんですよね?」
春香が主任に状況を確認する。
「ああ、ISSからはたまたま取られた普通の写真だが、とりあえず静止気象衛星のひまわりが偶然捉えたマルチスペクトル画像が送られてきた」
日本の天気予報などで活躍している気象衛星のひまわり。上空約3万6千㎞の距離から東アジアや西太平洋を定点観測している地球観測衛星の一つである。
「ありがとうございます!分光特性などの解析も進めていきますが、それよりも現場には誰も職員はいないんですか!?」
春香は得られたデータに興奮を示しながら、福岡ではなく筑波にいるという状況に非常に残念さを感じていた。そこに落ちたとわかっているのに、すぐに向かうことができない。被害があったら不謹慎かもしれないが、被害はないという発表を聞いている。
宇野が宥めながら会話を続ける
「無茶をいうな、青天の霹靂だ。現場には警察も多く派遣されており、後に自衛隊も追加されるだろう。待っていれば情報は入ってくる。とりあえずNASAとの連携を進めてわかることを探っていこう」
春香は拗ねたように「ちぇー」と言いながら、目の前のワークステーションをいじり始め、送られてきているデータを解析していった。2分おきに撮影されるひまわりからの画像をチェックしながら、気になる情報があることに気づいた。
「主任ちょっといいですか?」
春香は少し緊張した様子で声をかけた。
宇野主任は彼女の顔色から何か重要な発見があったのかもしれないと感じ、慎重に言葉を選びながら尋ねた。
「何か見つかったか?」
呼ばれた宇野は、春香の表情を読み取りながら彼女の隣に立ち、画面を覗き込んだ。部屋の空気は一気に緊迫感に包まれ、周囲のスタッフも耳を傾けていた。
春香は少し躊躇いながら言った。
「まぁ、この時間帯からの画像で謎の物体を観測できるのですが、大気圏突入後のこのデータからですね、熱赤外の波長が急激に増えているので、火の玉ほっかほかになっているのは理解できるのですが・・・・この部分です」
春香が指差した画像の一部をアップスケールしていくと、謎の物体が地表へと落下を続けるその横の海浜公園の砂浜付近が映し出された。そこを別の波長帯で取得された画像を表示させていくと、不思議な現象が発生していることがわかった。主任は画面を前に眉をひそめながら、独り言のようにつぶやいた。
「可視光領域が急激に高くなるのは・・・領域全体にも当てはまるが・・・たしかにヒストグラムを見ると広域エリアは正規分布だが、この特定部分だけに着目すると偏っているな・・・・他の波長はどうだ?」
主任が春香に問いかけながら、春香が他の分光情報を映し出していると目を細めながら確認した。
「近赤外線と中間赤外線の領域が、なぜかこのエリアだけ急激に反応しているな、なんだ?」
周囲の研究者たちも、異変を察知して彼らの周りに集まってきた。この不可解な現象に、誰もが興味を持っていた。人の目では確認できない波長が、取得されたデータからは高い反応を見せるようになっていた。明らかに場所としては未確認物体の影響外の部分である。仮に影響されたとしても、その地域全体が同じ反応を見せるものだがそうではない。その砂浜だけ何かが起きているような状況を映し出している。
春香は腕を組みながら可能性を挙げた。
「直前に物体が衛星の隣を通過していってますし、センサーの不良ですかね?もしくは何かしらのアーティファクトでしょうか?」
宇野主任も考え込みながら、似たような結論になる。
「それが一番理由には近いと思うが・・・いずれにせよ引き続き物体の解析を進めてくれ」
わかりました、と春香はうなずき、送られてくるデータを確認する作業を再開した。
衛星がデータを取得して本部へと通信させる間には若干のタイムラグがあるため、完全なリアルタイムでの解析とはいかない。そのため、既に状況が進んでいる現場とは違い、遅れた情報を見ていることになる。電話で確認すればいいだろうと思うかもしれないが、この災害のような出来事で生じた通信障害が、インターネットや電話回線などを含む情報伝達の遅延を発生させている原因となってしまっている。それもそうだ、多くの人が安全確認や状況を伝えるために一気に回線を用いたことで高負荷が生じてしまっている状態である。同様に何らかの電波障害も発生しており、通常利用が困難になってしまっていた。
そんな中、宇野や春香たちが驚愕する情報が届くまで、あと数十分の時間が必要だった。
―――――現場にいる藤原はどうなっているのか?少し時間をさかのぼった状況まで戻る