人外になったけど隠して生きていきます
プロローグ
「・・高校にキメラが現れました。近隣の住民はすぐに避難を・・」
コンクリの壁を叩き割り、獣のような雄たけびを上げる、人のような何かがテレビに映っていた。
20XX年、DNAの研究が飛躍的に進み、動物のDNAによって、人はさらに長生きするようになった。
しかし、 この研究は「キメラ犯罪」を発生させてしまった。
ここのところは、学校を対象に暴れまわるキメラがテレビを騒がせている。
「この学校ってうちの近くじゃない」
母がソファーに座りながらテレビをみている。
そう、この家は、いま映っている学校の二キロほどの近さにある。
報道されている学校は、外側から中身が見えるほどに崩れている。
怪我人はいないようだが、ここまで壊れていては、修理に何日かかるのだろう。
将来有望な子供たちが、こんな奴らのせいで学校に通えなくなる。
そんな憤りを抱えて、私は布団にもぐった。
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向かってきたバスに飛び乗り、急いで定期券をにかざす。
空いてる席に勢いよく座る。
バスの冷房が心地いい。
日を重ねるごとに太陽が早く落ち、暗く閑散としたバスの中で僕、月守照汰は背もたれに体重をかける。
手にはまだ緑青のにおいが残っている。慣れないにおいだが、半年で大分ましになってきた。
僕はスマホをとりだすと、SNSのアプリを開く。
ずらっと出てきた写真には、クラスメートがファミレスやカフェで楽しそうにしている様子が写っていた。
これを見るたび、自分だけ高校の楽しさを享受できていないような気がする。
高校に入り、第一印象で吹奏楽部に入ったが、部員は女子ばかりであり、わずか四人の男子も、同級生は明らかに波長の合わない一名で、他は先輩である。なので、一人で毎日薄暗いバスに乗り、帰る。他の部活の友達とは部活休みの日が合わない。
毎日が退屈というか、物足りないというか、そんな感じでいつもを過ごしていた。
バスが終点のアナウンスを流し、スピードを緩め始めたのでカバンを背負う。出口で定期券をかざす。定期の残り日数があまりなくなってきた。
駅へ向かう途中、明らかに異様なものが目の端に入った。僕は顔をそちらに向ける。
街の裏通りという狭い道に、動物園で見るような白い馬が悠々と歩いていた。
その肌は白く、力強い脚を上げる度に見える蹄は青く輝いていた。
その姿は神話に載っていそうであり、、その象徴といえるのが、馬の額にある蒼く長い角だった。大きな体に似合わず、滑らかに店の間を通っていく。
そんな馬が裏通りなんてところにいると、注目を浴びるに違いないのだが、道行く人は馬に見向きもしない。馬は僕と目が合う
と、急に駆け出した。
このまま引き返すこともできた。しかし僕は初めて見るものへの好奇心に勝てず、走り出していた。
馬の体躯は狭い道の壁を擦りそうな大きさだったが、そのスピードは速く、躊躇いのない足取りだった。
僕はただがむしゃらにこいつを追っていった。
馬を追いかけて数分間。この馬、明らかに僕を煽っている。
時々僕の方を見て、付かず離れずの距離になるように微調整をしている。
ますます躍起になった僕は、スピードを上げていく。
しかし、ある角を曲がると、馬の姿が消えた。
この一本道で見失うことなんてありえない。
突然のことに困惑していると、ドスッ。
視線をおろすと、腹から突き出る蒼い角と、その先から垂れる紅い液体が網膜に焼き付けられる。
遅れてやってくる、焼けるような激痛に僕はその場に倒れる。
あのクソ馬・・・おぼえてろよ・・・
体がどんどんと冷たくなっていくのを感じながら、僕の目が閉じられていく
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目を覚ますと、そこはさっきと同じ路地裏だった。周りには誰もいなかった。走ってきた道を戻ると、いつもの道に戻ってこれた。
街の時計は7時を指していた。僕は急いで駅に向かう。
改札の電光掲示板があまりない電車の発車時間を示す。慌てて定期券をかざし、階段を二段ずつ登っていく。飛び乗ってその後電車は間もなく発車した。母さんに迎えに来てもらうため、メッセージを送る。
いつもの夜景を見ていると、ふと、あの馬に刺された腹部のことが気になった。
あれはなんだったのだろうか?
あの衝撃的な光景が浮かんでくる。しかし痛みはないし、第一あんな傷が1,2時間で塞がることなんて絶対にないだろう。
あれは夢なのかもしれない。だんだんそう思ってしまう。
うん、あれは夢だ。じゃあなんで路地にいたのか知らないけど。
「あれは夢、あれは夢・・・」
そう自己暗示をかけていると、家の最寄り駅についた。出口まで来ると母さんの車が到着しているのがみえた。
いつものように車を降り、家に入る。明るい家に入ると、今日のことが夢だと本当に思えるようになってきた。
自室に入り、部屋着に着替えて洗濯物をネットに入れて、居間に向かう。
・・ドラムに入れられたワイシャツには、指ほどの穴が開いていた。
翌日。ピピピと目覚まし時計が鳴り響く
いつも通りに時計を叩く。いつも二度寝をするのでもう一度寝る。
いつも二回目で起きようと決心するのだが、なぜか時計は二度と鳴らなかった。
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「照汰は欠席か?珍しい。」
一限目で出欠を取っていた中年の社会の教師が独りごちる。
それを聞いて山田紫苑は隣が休んでいたことに疑問を覚える
今日は体育祭の役割を決める日だ。
「変なのに当てられたら嫌だから明日は絶対来る!!」
と昨日照汰が言ってたので、這ってでも来るはずなのだが・・。
校門に目を向けるが、あいつの姿は見えない。
代わりに人より明らかに大きな何かが校門の前に立っていた前に立っていた
「なんじゃこりゃ!!」
時計が歪んで、丸い形が楕円になっている。壊れた時計は僕が設定したはずの起床時間を指している
この時計は使えなくなったのでスマートフォンの画面を見る。
画面は十時を示していた。僕は服を着替え、鞄を持って家を出る。
こんな時間に制服でバスに乗ったら遅刻であることを見せびらかしているも同じだが、今日ばかりは仕方がない
やがて学校に着くと、生徒がどっと校門に押し寄せてきた。
「え、今日避難訓練だったのか、おい?」
だがそれに気づくこともなく人だかりは後ろへ流れていく。イレギュラーの連続に僕は固まってしまう。
ある程度人がはけてくると、学校の惨状が見えてくる。昨日まで奇麗だった校舎のあちこちに亀裂が走り、多くの窓が割れている。
そして四階、僕のクラスが授業を受けているはずの物理講義室には、人型の何かが太い腕で女生徒の襟を摑んでいる。
その生徒の顔は、いつも見る顔だった。入学以来からの友達、紫苑。
助けなければ。だが非常時の今、防火扉などでいつも通る道は塞がっているかもしれない。
となると、通れる道はただ一つ。僕は校舎の校舎の窓の上にある出っ張りを掴み、両腕で体を引き寄せ二階に。窓の雨よけをつたい、階を登っていく。
急がなければ。キメラ犯罪のなかには殺人もある。あの木材のように太い腕ならそこらの高校生など簡単に殺せる。
・・四階にたどりつき、割れた窓ガラスから中に入る。キメラの顔がこちらを向く。
一階から見たらゴリラのキメラだと思ったが、顔も人の顔とは言い難かった。爬虫類と思われる鋭い目と、先の割れた舌が見えた。
「そいつの襟が伸びるだろ、放せよおっさん。」
わざとふざけたように話してみる。
「なんだ、見たことない動物のキメラだな。邪魔しないでくれるか?」
蛇の顔だとしゃべりにくいのか、しゃがれた声が返ってくる。興味がこっちに向いたのか、紫苑は机の上に置かれた。そのまま彼女は動かない。蛇頭がこっちに来る。
「え。」
「え?」何を言っているんだという風に、ヘビ頭はため息をつく
顔のあたりを触ってみる。いつもと変わらない感触を確かめていくと、額のあたりで何かに当たった。
「ちょっと待っててください」
僕はそこら中に散らばっていたガラスの一つをとる。
うっすら映った自分は角を生やし、首あたりまで髪を伸ばしている。
普段鏡に映った自分を自分とは認識しづらいらしいが、それを差し置いても自分とは思えなかった。
昨日の馬のキメラになったのか。・・そしてそしてこの格好のまま来てしまったわけか。
律儀に少し待ってくれたヘビ頭が声をかける。
「で、何しに来たんだお前。」
「高校生がここにきて何が悪い。そっちは何しに来たんだ。」
「学校といういじめの巣窟をなくすためだよ。」
「うちにいじめなんてあったのか?」
「あるに決まっている」
こいつ話の通じないやつだ。雰囲気はとても高校生らしくないが、声の端々に怒りが含まれている。どうやらいじめに恨みがあったらしい。
「早くどっかにいってくれないか。俺も早く帰りたいんだから。」
「そうだね、これだけ終わったらすぐ帰るよ」
ヘビ頭は紫苑の喉に手をあてて締めていく。
僕は思わずこいつの腹を蹴っ飛ばしていた。
「邪魔するなと言っただろう!」
講義室に固定された机にぶつかったヘビ頭がすぐにこちらに太い拳を伸ばしてくる。
頭が反射で下がり、拳は上を通る。目の前の胴体に向かってこちらも拳を放つ。
筋肉質の固い体に深くめり込む
「こいつは何も関係ないだろ!」自分が思ったよりも大きい声が出た。
「こいつの顔が許せないんだ。あの子を奪ったあいつにそっくりなんだ。
こいつの顔を見るとあいつの顔が浮かんでくるんだ!」ヘビ男はなおも拳をふるってくる。脇腹に入った拳が思い切り振り抜かれる。ジェットコースターのように吹き飛ばされた体は固い机でも受け止められなかった。
「一人娘を失って、復讐を何度も考えて、そんな時ガンの治療でこの体になった。
運命だと思ったよ。もうわたしには妻も子もいなくなった。ならばこの身一つ、いじめ撲滅に捧げようと思ってなあ。」
「知るかあ!」
そばにあった取り付けの木製椅子の残骸を投げる。間髪入れずにヘビ頭に体当たりをする。
顔をかばったヘビ頭は体当たりをよけられず、窓から落ちる。
そして勢いを落としきれず、僕まで落ちてしまう。
四階の高さに恐怖を抱いていると、右手を掴まれ下に投げられた。
さらに加速し、どんどん近づいてくる地面に恐怖はますます大きくなっていく。せめて足から着地しようと精一杯もがく。
結果は足と手を地に着く形になった。手足がしびれている。
頭上のヘビ頭の影が大きくなっていく。見上げると鉄球のようなシルエットが手を上で組み、振りかぶりながら落ちてくる。落下の勢いをつけ、最強の一撃を決めるために。
対して僕もすぐに立ち上がり、拳を握り右ひざを沈めていく。
二人の拳が重なる。
巨漢の体重が拳にのしかかる。しかしあっさりと男の体は止められてしまった。
もう人間じゃなくなったのだな
自分の変質し果てた体にはもうそんな感想しかなかった
勢いを殺された男の体が僕の拳に押し返され、宙に浮く。
狐につままれたようなヘビ顔に蹴りが入る。
強烈に叩きつけられ、男は痙攣している。
僕もその場にへたり込む。殴られた箇所が今になってジンジンと痛む
明日の学校はあるのだろうか。だとしたら全てを隠して登校できるかな。そんなことを考えていると、
警察のサイレンの音が近づいてくる。僕は痛むからだを引きずり、急いで帰った。