高崎LOVERS 26 高崎芸術劇場
少し空気も緩んできた二月下旬
田中が部屋の掃除をしていると
思いがけず玄関のチャイムが鳴った
1人暮らしの田中を訪ねてくる人は多くは無い
モニターには
同じマンションに住む林香奈枝と功太が写っていた
おやおや林さん、こんにちは
田中さん、いまお邪魔じゃなかったでしょうか?
1人暮らしの老人に邪魔な時間なんてありませんよ
それより今日はどうされたのかな?
先日は功太の事でご迷惑をおかけしました
昨日無事に合格する事が出来ました
ほら、功太からも御礼を言いなさい
いやいや御礼なんていいですよ
それより功太君おめでとう
頑張った甲斐があったね
田中さん、ありがとうございました
これでまたバスケが出来るね
うん!!
ケガしないで頑張ってね。お勉強も大変になるよ~これから
それで、御礼と言ってはなんなのですが
田中さんがお好きであればこれを受け取っていただけないでしょうか?
香奈枝は小さな封筒を取り出した
いや、ホントに御礼なんて言わないでください
私も良い時間を過ごさせてもらったと思っていますから
こころばかりの品ですが、来月に高崎芸術劇場で開催されるキエフバレエのチケットなんです
お?キエフってウクライナの?
バレエが盛んらしくて、高崎市との交流でバレエ団が来るみたいなんです
ホントに申し訳ないなぁ
でもせっかくですし、遠慮せずにいただきますよ
功太君も行くのかな?
バレエなんて見たこと無いんですが、家族で行ってみようと思っています
それなら芸術劇場で会いましょう
田中がチケットを受け取ると
香奈枝は深々とお辞儀をした
リビングに戻った田中はコーヒーを淹れ
いや~、功太君良かったなぁ
とつぶやいた
チケットに目をやると
公演日は次週の土曜日となっている
そういえば奏も小さい時にバレエやってたよなぁ
全く芸術には縁のない田中だが
幼い奏がクルクルとバレエの練習をしていた姿が目に浮かぶ
田中はスマートフォンを手にし奏にLINEを送った
すっかり春の日差しが強くなった三月
田中は久しぶりにジャケットに袖を通し
磨き上げた革靴を履いて芸術劇場へと向かった
高崎芸術劇場は2019年に開業した
関東でも最大規模を誇る総ガラス張りの劇場だ
ペデストリアンデッキで高崎駅と直結されている
高崎駅の新幹線口で奏を迎えた
お父さ~ん
明るい奏の声を聴くと
娘に甘い田中はついつい顔がほころぶ
わざわざ呼び出して悪かったな
お父さんがバレエ観に行くなんて珍しい事言うからついつい来ちゃいましたよ
春らしい空色のワンピースに身を包んだ奏と肩をならべて芸術劇場へと向かう
う~、やっぱりまだ高崎の風は冷たいねぇ
春はもう少し先だな
芸術劇場に着くと
軽く一杯飲んでいくか
エントランスホールにあるカフェバーで田中はグラスシャンパンで奏と乾杯した
本格的なバレエ団の公演とあって多くの観客が集まってきている
すると
あ、奏ちゃん?
と声をかけられた
木村先生‼ご無沙汰しています
バレエ教室の先生と出会えて、奏の笑顔が弾ける
久しぶりね。今日はお父さんとデートかしら?
父の付き添いです
おいおい、介護みたいに言うなよ
今日はお母さんは?
母は海外協力事業で東南アジアにいるんですよ
それでお父さんといらしたのね
父がチケットをもらったもので
世界レベルのバレエが観られる機会も多くないから楽しんでね
そう言うと木村先生は会場へ向かって行った
そろそろオレたちも行くか
シャンパングラスを置くとエスカレーターでメインホールへ向かった
多くの観客でにぎわうメインフロアからホールへ入ると
深紅に彩られた巨大なホールに圧倒される
2000以上ある客席はほとんど埋まって来ていた
おお~、圧巻だな
私も初めて来たけどスゴイね
海外でもここまでキレイな劇場はなかなか無いんじゃないかな
私ドキドキしてきちゃった
チケットにかかれた席に着くと
斜め前に座る林香奈枝が軽く会釈をした
まもなく公演が始まる
暗転した会場にオーケストラの音が響き始めた




