高崎LOVERS 24 中学受験
正月も開けて
妻の美里も東南アジアに戻り
田中家も再び静かになった一月の晴れた日の午後
田中は散歩がてら駅ビル内の書店を一回りして自宅のマンションへと戻ってきた
するとマンションのエントランス前でおろおろと立ち尽くす女性が目に入った
おや、林さん
声をかけられて振り向いた女性は泣きはらした顔を田中に向けた
田中さん・・・
林さん、どうかされたのですか?
林香奈枝は田中と同じフロアに住む30代の女性だ
夫と小学生の息子と3人で住んでいる
田中とはマンションや町内のイベントで以前より面識がある
田中さん、私どうしたら良いか・・・
まずは落ち着いて、中に入りましょう
田中は香奈枝をマンションのエントランスホールへといざなった
ソファに腰をおろすと香奈枝は再び泣き始めた
田中は自動販売機で熱いお茶を買い、香奈枝に手渡した
私で良ければ相談に乗りますよ
じつは、息子の功太がいなくなってしまったんです・・・
香奈枝は絞り出すように言った
いなくなった?いつから?
つい数時間前の事なんですが・・・
功太と口論になりまして、ふと目を離したら家からいなくなっていたんです
そのあたりにいるだろうとたかをくくっていたのですが
家の周りの公園や、通っている小学校のあたりを見に行っても見つからなくて・・・
家出という事ですね。功太君は何年生になったのかな?
功太は今年小学校6年生で、いまが中学受験の一番大切な時期なんです。
今日も勉強の事で私がきつく言ってしまって・・・
いつもは口論になることは無いのですが、今日はめずらしく功太が言い返してきたんです
う~ん。そういう事なら頭を冷やせば帰ってくる気もするけどなぁ
そうだと良いのですが、なにぶん初めての事で・・・
私たちの子供の頃はよく家出なんかしたもんですけどね。今の子はしないんだろうなぁ
それはそうと旦那さんには連絡したの?
電話とメールで伝えたのですが返信が無くて・・・
夫は都内勤務なものですから・・・
た、田中さん、申し訳ないのですが一緒に探してもらえないでしょうか?
んん?私が?
唐突な申し出に田中は戸惑った
徒歩でいける範囲は探したのですが、それ以上となると私は車に乗れないので・・・
んん~
気乗りはしない田中であったが、香奈枝の思いつめた表情を見ているうちに放ってもおけないと思いなおした
乗り掛かった舟ですからね。良いでしょう
ありがとう、ございます・・・
香奈枝は再び泣き出した
マンションの駐車場から田中が白いビートルを出し、香奈枝を乗せた
功太君が居そうな場所はあるんですか?
小さい時に良く行ったのは緑地公園や観音山公園なのですが・・・
観音山までは歩いてはいけないだろうしなぁ
まずは緑地公園に行ってみますか
功太を探しつつ
高崎公園や市役所周辺をまわり
聖石橋を渡り緑地公園に入る
車を降りて広い公園内を探したが
功太の姿は見つからなかった
高崎の冬は日が短い
午後3時を過ぎると日が傾いてきた
香奈枝の表情はますます硬くなる
警察にも行ってみますか?
田中が提案したが
受験前に大きな騒ぎにしたくなくて・・・申し訳ありません
と香奈枝は小さな声で答えた
う~ん、そんな事言っている場合じゃないと思うけど
すみません・・・
ひょっとしたら家に帰っているかもしれないから一度戻りましょう
マンションまで戻り香奈枝が部屋を確認したが、功太が帰っている様子は無かった
私、どうしたら良いのか・・・
泣いていても見つからないからね。また探してみましょう
田中は香奈枝を励ましつつ、またビートルに乗り込んだ
そうだ!!
何かを思いついた田中は息子の奏助に電話をかけた
数回のコールで奏助が電話に出る
お?父さんめずらしいね。どうかしたの?
簡単に状況を説明した田中は
受験で辛くなった時にどこに逃げたくなるかってのは年齢が近いお前が一番わかるかな?と思ってね
そんなに年齢近くないと思うけど、確かに同じ高崎市で受験はしたけどねぇ
オレは受験の時には好きな事がやれなくなったのが一番つらかったけどなぁ
功太君が受験で一番我慢していることは何かお母さんに聞いてみたら?
田中が香奈枝に伝えると
功太は、小さい時からバスケットボールをやっていまして・・・
ここ1年は受験勉強のために出来なくなっていましたが、あまり文句を言うようなタイプではないので・・・
バスケか
このあたりで功太君がバスケが出来そうな場所ってあるんですか?
香奈枝は必死で思い出す
バスケの事は夫任せだったんですが・・・
そういえば上大類町の小さな公園にバスケのゴールがあって・・・
そこだ!!
え!? でもここからだと5キロくらいありますよ?
良いから行ってみましょう。もう日暮れも近い
田中はビートルに香奈枝を押し込みアクセルを踏んだ
確か路地裏にある小さな公園なんです・・・
小さなゴールに夫がネットを張って功太とよく練習をしていました
すっかり日も落ちかけ気温もますます下がってきた
こんなに寒くなって、功太君の体調も心配だな
田中にも焦りが出て来た
上大類町の交差点を左に曲がり環状線に入ると
あ、ここの路地です・・・
と香奈枝が示した路地に入る
ほんの100メートルほど行くと猫の額ほどの小さな公園が見えてきた
こんな所に公園があったのか
田中は公園前にビートルを停めた
公園の入り口には
すみれの花公園と刻まれていた
薄暗い公園には確かに小さなバスケットのゴールがある
すると
公園の中からボールをつく微かな音が聞こえてきた
香奈枝を伴い公園へと向かう
功太・・・
そこには暗くて見えなくなったゴールに必死にシュートを打つ功太の姿があった
功太!!
香奈枝の呼ぶ声に気づいた功太が二人の方に振り向いた
ママ・・・
寒い公園で何時間バスケをやっていたのだろう
泥だらけの功太は白い息を弾ませている
声の無い香奈枝を見て、気まずそうに功太が近寄ってくる
ママ・・・シュート、ぜんぜん入らなくなっちゃった
中学校に行ったらまたバスケやれるかな?
下を向いたまま震えている香奈枝の背中を田中は軽く押した
バスケ・・・またやろうね
香奈枝はなんとか声をしぼりだした
功太君、もう暗いからおうちに帰ろうか
田中が言うと、安心したように功太がうなずく
暖かい車内ですぐに寝息を立て始めた功太を見つめつつ
香奈枝が語りだした
功太に辛い思いをさせている私たちは間違っているのでしょうか・・・
ただ田中さんのご家庭のように温かい家庭を築きたかっただけなのに・・・
いやぁ、うちだって子育ての間はよくぶつかり合ったものですよ
今や滅多に家にも寄り付かないし、妻は海外に行っちゃうしね
それでも田中さんのご家庭は愛情にあふれている様に見えます・・・
そうだなぁ、年寄のたわごとだと思ってもらって良いんだけど
日本人ってのは手段と目的を間違えてしまう事がよくあると思うんですよ
中学受験に受かってほしいと思うのは
功太君に幸せになってほしい
そして自分たちの家庭も幸せになりたい
って言う思いからですよね?
受験に受かるって言うのはあくまで手段であって
家族の目的じゃない
それくらいの気持ちでやれば良いんじゃないかな?
うちの子供達は決して功太君のように優秀じゃ無かったけど
なんだかんだで楽しそうにやってるみたいだし
親にとってはそれが一番ですからね
はい・・・
でも、功太君が一番分かっていると思いますよ
大丈夫だよ彼は
私は功太を信じる事を忘れていた気がします
子供を信じるのが親には難しいんだよね
お、そろそろ家に着きますよ
帰ったら美味しいご飯を作ってあげて下さいな
田中はビートルを駐車場に入れると
寝ている功太をそっと抱え持った




