ステルスマン
暖かくなった春の日に、炎上屋で働くトヨトミーは
上司のモチヅッキーに呼びだされた
「今回、君に演出してもらう炎上ショーだが
”社会的自殺ショー”というようなタイトルだ
去年、担当してもらった、”カミカゼ・セップク・ショー”と
少し似ている所があるが、かなり違う
社会的に自殺をせざるを得なくなるのと
一族の名誉を守るためにも潔く世を去るのとは
同じ自決でも違うだろ?
で、セップク・ショーで主役をやってもらった人間と
行動を共にして介錯人をしたのと同じように
証拠が無ければ社会的自殺に追い込んでも
殺人罪にはならない
今回、この炎上ショーシナリオで
悪役になってもらうギャングスターには
社会的自殺者という生き方に嵌め込まれもらい
本人は死ぬ時に、その取り巻きには死んでから気づいてもらう
社会的自殺者の道連れになった被害者一族に恨まれ
自分の一族も多額の賠償金などを請求され
奴の一族郎党は永遠に社会的自殺者の親族として
差別される存在となるのだ
まずは今回の炎上ショーシナリオを渡しておく
3月21日から取り掛かってくれたまえ」
「セップク・ショーと同じような感じと言いますと
最初、自分以外の誰かの死だけが唯一の娯楽な人々を増殖させ
多数派にしていく事と
普通、人間は本能的に”死にたくない”
と思うものなのを壊して、
”生き恥を晒すよりは死にたい”
と思いこませる事
などの群集心理操作がセップク・ショーと同じと言う事ですか?」
「ああそうだ、そのついでに
”誰でもいいから大勢の人間を道連れにしたい”
いや違うな、最初は
”自分の子供や孫にとって脅威となる存在を
自分が、この世から去る時までに
消し去ってから、あの世へと逝きたい”
という感覚だ。
裏目に出て大勢の人間を、自分の自殺の道連れにして
悪魔のような存在として歴史に刻まれてもらうというのが
依頼主からの要望なのだ
君は若いから理解できないかもしれないが
人間、あの世に金は持っていけない
だから歴史に刻まれるほどの栄誉、子孫に讃えられる栄誉
というような名誉欲と言えるようなものが
ある年齢を超えると大きくなる
そういう欲望を根源にした感情の中には
客観的に見ると
”何故? そんな事を思い込んだんだ?”
というような感覚があるものでな
それに囚われた人間は、ほぼ全員が社会的自殺者になる
巻き込む人間の人数が自殺の内容により違うくらいで
皆、同じような末路を辿るものなのだ
何もかもに絶望して自暴自棄になり
”誰でも良かった。人を殺して死刑に成りたい”
という感情に陥る犯罪者が発生するのと同じだ
どう追い込んで追い詰めていくかは
この炎上ショーシナリオに書いてある
今回、君が演じる役はステルスマンという役だ
とにかく目立たない黒子に徹して
登場人物をシナリオに書かれたキャラクターにしていく
演出家のような存在になってもらう
何故なら誰かが意図的に仕組んでいる事が知られると
非人道的と非難されるような存在だからだ」
・・・・
トヨトミーはシナリオ通りに
”ギャングスター”が経営する国営企業グループによる
企業城下町へ出かけていった。
到着した週末の土曜日、
国営企業を中心とした企業間取引や
公官庁が計画的に実施している公共事業を請け負う
”我々の職務”を担当する人々が休日な時間帯に
現状に不満を抱えて鬱憤晴らしをしに来た人間や
昔は”我々の職務”ピラミッド内の企業で雇われていたが
その世界に出て行けと言われて水商売をしている人間
昔ながらの裏社会の人間などの吹き溜まりのような
歓楽街へと向かった
そしてシナリオ序章の導入部に書かれた通りに行動を開始した。
書かれていた様々な目論見に従って
企業向けの上品な会社で働く人々ではなく
土日が忙しい一般消費者向けの物売り商売をしている人々にとって
誰が偉かろうが金になって儲かればいいはず
クーデターを起こしてギャングスターを社会的自殺に追い込み
この地域社会から消して所有資産を横取りするために煽るにしろ
”ギャングスターを殺せば自分がスターになれるからな”
と言いくるめて暗殺実行犯にさせるにしろ
”どうせ地位とか名誉なんか手に入らないんだから
信じられるのは金だけだ”
という獣性と書いて にんげんせい と読む感覚にして
この地域を没落させて不満を爆発させ
クーデターを起こさせるにしろ
シナリオが分岐していき、どう利用するかに違いはあるが
吹き溜まり歓楽街の住人の、”金のためなら、なんでもやる”
という奴等の中から利用して使い捨てられる手駒にするにしろ
どんな人間が現地調達できて目立たないようにシナリオを展開して
ステルスマンの仲間を獲得していけるかを考えていた。
歓楽街で一番、目立つ店の中に入ってみると
暴力男とエロ女、チンピラと売春婦のようなガラの悪いカップルだらけ
世間話の内容から予想するに、この歓楽街は
男は殴って子分を言う事を聞かせるための暴力を磨き
偉大な歓楽街の元締めになる事を目指し
女は強い男に取り入るための色気を磨き
元締めの情婦になる事を目指す
歓楽街住人の平均健康寿命は35歳くらい
その年齢を超えた人間で元締めになれなければ
他の街へと出て行く
死ぬまで歓楽街で生きざるをえない人々は
元締めに奴隷のように安く雑にコキ使われるだけになる
弱い存在になって、それを本人も思い知らされるので
街には来なくなる
というような街で、あまり幸せに長生きできる人間が
存在しているようには思えなかった。
シナリオに、”EVマン・バー”という
この手の店についての説明は書かれていたが
一応、何をしている店なのかを店員に聞いてみる
「この”EVマン・バー”は地域で盛んな博打、競馬ならぬ競人の
場外チケット売り場での賭け金ベット
および、レース中継をテレビ観戦が出来るバーです」
そんなシナリオに書かれたのと同じ説明が店員の口から語られた。
毎朝、競人場のモニタにギャングスターによる開会の言葉が映し出され開始
誰が一番早く通り抜けてゴールするかを当てるレースに賭けるギャンブル
レース参加者、EVマンと呼ばれるレース用の改造人間は
所有者により、高性能な耐久性能・防御能力
危険地帯の凶悪生物や、無法地帯の攻撃者に勝てる攻撃能力を備えていた
EVマンが走るのは
自分が出走させたり、大金を賭けたEVマンを勝たせるために
どんな目論見を抱えて何をしようが許される無法地帯や
どんな凶悪生物が潜んでいるか不明な危険地帯、
そして、EVマンがバトルロイアルをするための闘技場地帯
今、ギャングスターが死んだら、一番価値のある遺産は
このレース会場と競人博打カジノなのかもしれないとすら思えるほど
あれこれと作りこまれているとの事だった。
夜の街を彷徨いながら
トヨトミーはシナリオに沿った人間を探す
週末を何回、過ごせば見つけられそうか?
とりあえずは、それを報告しなければならないからだった。
女性キャラ:皇妃色の唄詠い
詠唱される皇妃色の唄に人々が平伏し扇動されるほどの威力ある声を持つ女
毎晩、人間打楽器になって下半身を打ちつけあっている
喘ぎ声くらいしか口から出していないんじゃないか
って女しか視界に入ってこない
現地調達は無理ですと報告して
モチヅッキーに見つけて用意してもらえるように連絡したら
どんなのを寄越すのだろうだろうか?
いや、ひょっとしたら
「初日で見切るな、諦めずに探せ
その国の感覚で共鳴する人の多い声質のを探さないと意味が無いのだから」
とか言い返してくるのかもしれない
まあ、この女に唄ってもらうのは来年3月からだから
もう少しは現地で探索用下僕を雇って探して見ても構わないのだが
シナリオに書かれ表現された女は
不思議な能力を備えた空想上の生き物にしか思えなかった
ちょっとや、そっとで見つけられるような人間には思えないし
その不思議な能力を訓練するためには時間もかかるはずなのだから
本当に探せというのではなくて探そうとしてみて
この街にいる一番多い多数派な女や住民気質
この国の感覚で共鳴する人が多い感覚
一番多い家庭内権力の構図などを把握しろという事なのかもしれない
探し方についてはシナリオに書かれていないのが
それを証明しているんじゃないかと思えていた
男性キャラ:猟功火魔人
EVマンとしてレースに参加させる予定の攻撃用戦闘員
これは、強いけど元締めになれなさそうな事を自覚して
こんな街からは若い内だけで抜け出したがっている男の中から
現地調達できそうだったが
間違えて弱いのを選んで改造工場へと送ってレースで負けたら
EVマン・レースで勝てないから意味が無い
ある程度は勝って、いやできればギャングスターに会える所まで
勝ってもらわないと、この炎上ショーシナリオが成立しない
数日後、とりあえず言いくるめて改造人間にすれば
勝てそうな人間を数人ピックアップして報告してみる
「そいつらを擬似レース会場につれて来い
そこで再起不能な廃人にも、不幸な事故死もしななかった
最後の生き残りを一人改造してレース参加させるから」
何がなんでも、勝てるEVマンを作り上げないとならないから
何度か擬似レース会場でトーナメントが行い
9月まで毎週、同じ事を繰り返して
最後の生き残りを改造して訓練してレースへと参加させる事となった
目論み通りに全てのレースで勝ち抜き
翌年3月、ついに最優秀EVマンとして
ギャングスターに表彰してもらうために
お目見えできる事となった
ギャングスターに歌声を聴いて貰うために用意した皇妃色の唄詠いが
シナリオ通りに、”幻惑の唄”を唄い
ギャングスターに呪いをかける事に成功した
・・・・
「政治も原始時代は呪術だった
”幸せな人生”だと刷り込んでいる国民教育自体が間違っていて
この国では国民にかけられた呪いは悲劇をもたらしている
この呪われた人生を送る呪縛から、住民を解放する我等は正しい
最初は国民教育の道徳観に従って非難が発生していても
歴史が我等の正しさを証明してくれるだろう
諸君は正しき英雄として
奴等は戦争犯罪人として社会的に自殺した愚か者や
恐怖政治統治をしようとした極悪人として歴史に刻まれるのだ」
ホラ吹き将軍役としてシナリオに書かれた役目を担うようになった
元猟功火魔人による宴での大法螺は、それは見事な扇動演説だった
”その王座に座れば誰もが王としての役目を果たそうとするようになる”
そんな、ことわざのある国があったというが
まさにホラ吹き将軍の椅子に座って、その役目を果たしていた
”嘘も多数派が事実と信じて実現すれば現実になる”
という、とんでもないポリシーに基づいて書かれた演説を
演出したとおりに多くの人々の心を打つ表現で語っていく
後は、同じEVマンだった人々が集結した
強い軍隊によって不都合な真実を捻じ伏せ
もはや武力によってしか解決されない事態となった
事変を終息させるシナリオの結末に向かっていくのだった。
・・・・
長年、マネーロンダリング協力により積み上げられた国益は
ギャングスターを排除する事を望んだ国々の
経済制裁によって使い果たされて財力を削がれ
炎上ショーによって、群集心理は新しい神と
昔は神として崇拝された悪魔を作り出した
多数派にとっての善意と、それに対抗する悪意とが
真っ向から衝突するという戦争は
悪魔側の群集心理操作の達人が裏切った事により勝敗が決した
我等にとって悪魔のような奴等の神によって
悪しき歴史が繰り返されそうになったのを打ち破ったという高揚感
客観的に見たら妖しい歴史語りにより作られたようにも思える
希望に満ちた未来への輝かしい夢
名誉と権威ある格式高き我等の新しく神となった現人神の勝利への道
などが皇妃色の唄詠いによって熱唱され
地位と名誉を得た人々を中心に
素晴らしい世界が作られる瞬間を生きて時代を共有した群集は
一緒に唄のサビの歌詞を叫ぶ
この世界は誰が望んだ世界なのか?
それは偉大なる新しい現人神が望んだものだ
そして現人神の人生は神話のように語りつがれ
新興労働者国の歴史に新しく革命が書きこまれ
今までギャングスターとして君臨してきた男は
人々に忘れされるか、歴史上の悪役として語られるだけの存在となった。
トヨトミーは、全てが終わって、ふと思う。
”このシナリオは何に決着をつけるために
誰によって書かれたものだったのだろうか?
今まで通り目立たない細かい衝突を繰り返し
紛争係争地帯なままにしておいても良かったものを
何故、一気にけりをつけたい。決着をつけたいという
群集心理の爆発を扇動させて
それを利用する事になったのだろうか?
決着をつけるために
こんなにも多くの人が世を去る事になったのに
何か意味でもあったのか?
一度、自分が決着をつける決めた事だからと
何があろうとも変えない心を持つ人間が無理やり
”戦って勝ち決着をつけねばならない”
という群集心理を作ってしまうのは
悲劇を産むだけのものなのだ
悲劇の演出をした俺が口を出せた話じゃないが
奴等が、この後、どんな運命を辿るか知った事では無いが
歴史に名を刻まれるという名誉を手に出来たんだから
感謝して欲しいものだ。”
自分はステルスマンとして誰にも知られない存在として
人生を終える事が、わかっている分、
トヨトミーの心の中には、シナリオの登場人物を羨む気持ちもあった
そして、作られた幻惑の果てに
新興労働者国では次の”勝者報酬争奪戦”という
炎上ショーシナリオが開始される事となり
自分の仕事が終わったトヨトミーは
後任のステルスマンに引き継ぎをして国を去った。