オーディナリー・アベレージ・ホース
とある金曜午後、炎上屋で働く相馬は上司の杉山に呼びだされた
「相馬君、心の病気にかかっていたようだが
無事、退院できたようだね? どうだね? 調子は?」
「長い間、悪夢に取り付かれた夢遊病者のような精神状態だったのを
催眠療法で治してもらえまして、もう心も体も万全です」
「そーかね、それは良かった
で、さっそく来週から職場復帰して作業してもらうワケだが
とりあえず。現地に行ってからだ。行けば何をするべきかが、わかる
余計な先入観を持たないで、先に考えるんじゃなく、先に行動する事だ
現地で同じ場所で作業をする人と接している内にわかる」
「はい、わかりました」
そんな短い会話だけが交わされ、相馬には月曜朝に乗る列車の切符と列車乗り換え案内、
目的地の駅から乗るバスの時刻表と最終目的地のバス停の名前が書かれたメモが渡された
部屋から相馬が出て行くと杉山が独り言を呟く
「パソコンに格納してあるデータを綺麗に消して
新しくデータをインプットするかのように
人間の記憶操作をできるようになるとは便利な時代になったものだ」
そして翌週月曜から仕事再開となった週末、
相馬は催眠療法という名目での記憶操作による後遺症で
脱力感のような虚無感のような
心の中の何かが無くなってスカスカになったような感覚に陥っていた。
本人は刷り込まれた通りに
心の病気にかかってしまっていた時の後遺症で
こんな感覚がするんだろう
と思いこんでいた。
実際には要塞都市へと送り込まれ、そこから戻って炎上ショーを開催したが
その炎上ショーが目論み通りにいかず。
ショースタッフ全員が強制リセット催眠にかけられて
記憶を消去した事の後遺症なのだが
なので同じ要塞都市に行かされていた比佐と同じ独身寮内で会っても
”どこかで会ったような気がする? ああ、そうだ同期入社だ”
という言葉から始まる作られた記憶が刷り込まれているので
その通りに同じ同期入社の人間の世間話をするだけで終わり
何故か仕事自体の話にはならないし互いに口にしない
”仕事の話は同じ職場で同じ職務をする人間とだけをするのが当たり前”
という常識を強制リセット催眠中に刷り込んでいたからだった
会社のノウハウデータベースには職務記録などが残るが
職務を担当した個人には何の記憶も残っていなければ
情報保護にも秘密保持にもなるからと
強制リセット催眠を始めたのだが、まだ治験段階
最初の体験者な、この時期の入社した人間がどうなるかで
この後、入社した人間にも使用するかどうかを決める予定だった
もちろん本人達には実験モルモット扱いをしている事を知らせていない。
・・・・
月曜の朝、指定された駅からバスに乗って降り立ち
待ち合わせした一緒に仕事をする人々と合流して
調達供給システムセンターと書かれた大きな看板が書かれた建物内へ
「貴族国と労働者国との間で戦争が発生して
今まで貴族国から調達してきた原材料や食料が輸入禁止になったため
代替原材料や食材を調達できる国を探さないといけなくなりました
良い原材料を、なるべく安く調達しないと
完成製品や加工食品の値段が高くなってしまう
現在、直面している問題に付随した改善作業と
今まで通りに調達供給が維持できるようにする
保守作業が我々の仕事です。」
そんな言葉を枕詞に偉い決定権利職様から
大雑把な作業概要の説明があった後
直属の上司になる出稼ぎ労働者を管理する人から
とりあえずで着手する作業の説明
「まずですねー、この貴族様国の経済植民地から
つい最近ようやっと脱した新興労働者国のカレンダーファイルと
そのファイルを使用する期日管理システムの
プログラム修正作業をしてもらいます」
そう言われて渡されたプログラム修正指示書には
今まで貴族様国の権利職によって教育されてきた常識に沿った
新興労働者国のカレンダー・タイムスケジュールファイル
について書かれていた
水曜日が週1回の休息日
正月休み、クリスマス休み、夏休みなどの国民祝日休暇無し
労働時間は朝7時半から午後10時半までの15時間労働
などなど貴族国によって国民教育が施され
教育された通りに、勤勉で真面目な労働者として
地道に優秀さを発揮できるようになるために
仕事熱心に働く事だけが素晴らしい
何より大事なのは仕事で
後の事は仕事が順調にいった事のオマケのようなものだ
と頑なに思い込まされた常識に沿った新興労働者国と
同じ常識に馴染んでくれる可能性のある
今年になってから設立した海外子会社の
カレンダー・タイムスケジュールファイルも
同じものにするというプログラム修正と
カレンダー・タイムスケジュール・セオリーシステムという
勤勉で優秀な労働者製造システムを再構築する仕事の
素晴らしさの説明
安く原材料を調達する事が難しくなったので
まずは物価は上がっても人件費を安いままにしたり
同じ人件費で今までより長時間労働させる方向へ持っていく
という事が、いかに国のため、地域のためになるかを熱弁
自国内だけでやったら非難を浴びるので、
まずは貴族国に飼いならされ最近独立した新興労働者国や隣接国に
海外子会社を設立して安い人件費で働かせよう
という目論みの一部を担う作業なのだが
それを我が国の国益となる素晴らしい事なのだと
信じて頑張れというような事なようだった。
・・・・
調達供給センターに来て最初に関わった
カレンダー・タイムスケジュール・セオリーシステムが無事完成
システム運用フェーズに入った後、すぐに次の仕事の説明
勤勉で優秀な労働者製造システムのシステム常識に馴染む内
誰かに言って自分に言い聞かせたかのように
自分でも仕事以外の事がどうでもよくなって
もっと、もっと、いーっぱい仕事をしたいというような感覚に
はまりこんでいるのが不思議なものだ。
つぶやくように相馬の口から出る独り言。
次の仕事は、調達ネゴシエーター支援システムの一部改修作業だった
貴族様国ほど極端な方向性な国ではないものの
資源が国土から湧いて出てきて国に資金力があるので
王族やら王族の仲間やらが潤っている王族との交渉が必要な国で
調達仕事をしているネゴシエーターを支援するためのシステムの改造作業
その作業打ち合わせは、ネゴシエーター支援システムの
リーダー様の昔話な独演会から始まった
「今は支援システムの基本通信制御になっていますが
30年くらい前、この通信技術は私が労働者国にいた時に
軍用に作られたものです
なので少しだけ名残りというような部分があります
少人数部隊リーダーに決定権を保有させて
リーダーが状況に応じて対処する場合と
大部隊リーダーに全ての決定権を保有させて
少人数部隊リーダーは全て大部隊参謀の指示を仰いで
対処する場合とに
トップダウンモードとボトムアップモードに
モードを切り替える事が出来る事や
とても優秀なミサイルシステムを担当するエンジニアから
営業行動管理システムの担当を経由して
ネゴシエーター支援の戦略サブシステム部分を担当するようになった人が
いまだに大勢の部下を使う権利職として残っているので
内輪ルールとかが少し軍隊っぽい所などがありますが
仕事に支障がでるほどの事ではないので
新しく我々の中で仕事をする人も馴染んで慣れて下さい。
今回の改造は貴族国が戦争を始めて鎖国状態になって
国際調達供給網から、ほぼ外れてしまったので
代替調達地域を探す機能を追加するための改造作業です」
その後、なんのための戦略構築かだの、ターゲット戦略分析の意義だの
改造しなければならなくなった理由説明だけがダラダラと続き
午前中の打ち合わせが終わった。
午後は現地ネゴシエーターが使いずらいと
不服を抱えているサブシステムも改造するので
何を優先するかについてと
”いっその事、昔のままで古いシステムを刷新して欲しい”
”いや、丸ごと入れ替える予算は無い”
というような予算と再構築要請との調整話が語られた
こんなのって偉い人だけで話し合えばいいんじゃね?
とは思うものの、一応は参加して聞いておく事になっていた
翌日から、全体の打ち合わせに参加する事は無く
一時的に暫定的に、こういう対処をしておきましょうか
という細かい作業項目に分割されて
その詳細作業項目別のプログラム修正指示書が
次から次へと送られてきて
そのプログラムを調べて修正
ある程度の所まで動作確認
プログラム部品を組み合わせたサブシステムのレベルで
修正による影響が無いかなどの確認作業をする人へと受け渡し
という流れ作業の繰り返しな日々が続いていった。
・・・・
そんな昼の部のプログラマー仕事ばかりに追われる中
唐突に春の嵐か梅雨の大雨の襲来かというような感じで
炎上ショー開演準備協力の連絡が暗号メールで送られてきた
普通に見ると綺麗な画像などが添付されているメールなのだが
特殊メガネをかけると、今回の炎上ショー内容や
自分に分担された職務などについて書かれた内容が読めるシロモノだ
今回、自分に依頼された事は、どうという事の無い作業だった
今いる調達供給センターのプログラマー内輪で流行している
ネットゲームを紹介するSNSを立ち上げて
同じゲームをするゲーマーを増やそうとしてみるだけでいい
まあ、君じゃあ色んな事が下手なので
増やそうとしても人気ゲームにする事は無理だろうが
というような皮肉交じりのメール
なーんか大々的に上演される炎上ショーが、どんなショーなのか
全然、わからないまま、指示に従って
ネットゲーム沼はめSNSを立ち上げ
仕事の合間に、ひたすらネットゲーム布教活動をする事となった
どんなゲームかを見てみる
最初はインフラエンジニアが
システム要件整理の練習で作ったゲームらしい
インフラシステムの初期設定の制度設計を
誰が一番最適化して完璧な地方自治体統括システムを
構築する事ができるかを競うゲーム
最初の画面は小さな単純なシステムを守る村長がいる村のインフラシステムで
クリア条件は、地域債権を所有する債権者への配当がある程度の額に達成する事
ゲームプレイヤーも、その債権者という事になっていて
地域の収入が支出を上回った額に応じて配当金が受け取れる
支出が収入を上回ったら配当は無し
財政破綻したらゲームオーバー、最初から、やり直し
クリアしていくたびに住人も多く複雑な都市の画面に切り替わり
ラスボスに先祖代々、国を治める貴族様が作った社会システムを
運用する国の首都たる大都市にあるシステムを攻略して
貴族様が作った社会システムより多くの住民に支持される
社会システム構築を成功させたらゲーム完全攻略
”どうせ、つまらないクソゲーだろ。こんなもん
でも、これも仕事の一部だから、しょうがない やるか”
と最初は思っていたのだが、実際に始めてみると
アチコチにゲームにハマる仕掛けがしてあった
始めたばかりの最初の画面や2画面目は
細々と先祖代々百姓として地道に働く人々だけの農村か
漁師や魚の仲買人として地道に働く人々だけの漁村
どちらにしても村人が30人未満の小さな村
続いて色んな設定画面が出てくる
一揆を起こさせて、現在の村長を追い出すとか隠居させる方法
百姓や漁師や仲買人の共同組合で決定権を持つ理事キャラと組合内ルール
取り扱う農産品や海産物
大都市や外国で売る値段や方法
徴収する住民税や固定資産税や消費税などの税金
村の中での法律、商習慣、大都市や外国での営業シナリオ
村の中で流行させる呪術や迷信、村内限定な暗黙の了解
村の特定年齢以下の未成年集団生活教育の内容と
その無理やり集団行動が原因で発生する
内輪もめパターンや、それらを緩和するための鬱憤晴らし遊びの指定
などなどを設定すると、その制度設定で村がどうなっていくかが
AIによって予想されて画面に表示されていき
村が窮乏状態に陥って過疎化が加速
廃村になって住民がゼロになってゲームオーバーになったり
何度か失敗をした後
やっと村運営が順調に進み、村が富んでいくと獲得した税収に応じて
配当金が支払われる制度設定を発見した所でセーブしてゲーム中断
昔々、とある国にあったシムシティとかに少し似ていたが
村が制度設定内容に応じて変化していく所など
AIが高性能になった分、違っていた
仕事している時間以外の、風呂とか食事とか以外ほぼ全部を
ゲームをしたり、ゲーム実況動画を作ったり
ゲームのバージョン違いで、どう違うかを語るチャットで書き込んだりと
あっという間にハマり倒していった。
・・・
いくつかの画面をクリアして
人口千人くらいの小さな地方都市の町長やら役人やら
地域密着型の同業者団体やらについて
設定変更をして結果を何度も確認している最中に
その地方を結構大きな地震が襲って
そういった災害が発生した時に
何を、どうするか? リスク管理設定イベントが発生した
鉄道や道路などの交通インフラ設定と予算
リスク管理設定と予算
住民の安全を守るための設定と予算
色々と設定するとコストがかかって予算が大きくなるので
住民に増税しないとならなくなるけれども
何も設定しないと、同じような天災イベント発生時に
地域密着型の同業者団体が被害を受け
町の税収が減ってしまうので
当然、町で発行する町債を所有する人という名目のゲームプレイヤーへの
支払いが減ったり無くなったりしてしまう。
説明が流れたが、どうにも良くわからないというか、わかりづらい
面倒なので適当に設定して、シミュレーション確認モードを動かし
AIに数年後、同じような災害が発生した時、どういう結果を招くかを
表示してもらって確認する
リスクが高くなった場合に利用停止して
リスクが無くなった事を確認完了するまで利用停止するインフラ
破損して影響を及ぼす可能性があるインフラ強化
ここらへんをコストが、かからない安くすむ設定にしてみる
結果は悲惨な結末を招いてしまう。
コストがかかってもいいからと色々と強化してみる
結果はコストをかけた所だけが大丈夫で、思いもよらぬインフラが破損
更にコストが、かかるは、住民からの不信感や不満が高まるは
難しくて面倒なイベントだ。
この大地震イベント後に、温暖化による巨大台風イベントも
セットになっているっぽいので、その場合も想定してインフラ整備しないと駄目らしい
シミュレーション確認モードを何度も繰り返し
インフラ投資案件という名目で10年くらいかけ投資額回収
ここらへんが落としどころってものかなという設定を発見した所までで
その日はセーブしてゲームを中断して眠った。
・・・・
休みに突入する金曜日の夜、即、ゲーム開始
数万人規模の地方都市画面に突入、まずは自治体収入関連の初期設定
ある程度の労働者人口を維持するための誘致する大企業種類と
その大企業と子会社や下請けを中心とした同業者団体内容
その企業への法人所得税、法人住民税、法人固定資産税
労働者が会社経由で払う労働者所得税、労働者住民税、労働者固定資産税
住民が買い物をした時の消費税率
ガソリン税、たばこ税、酒税、不動産取得税
自動車税、温泉利用税、ゴルフ遊興税などの税率
次に支出関連の初期設定
役所・国営企業の主要日常業務と
業務の内、人件費を節約するためにコンピュータで自動化する業務割合
人力で作業する人数と、その人件費額
インフラ整備やインフラ保守の内容と予算額
なるべく住民や企業が不満を抱えずに当たり前と馴染む税率で
集金した税金をなるべく使わないで
市債保有者への配当金にできるか
この画面までくるると、人口が数十人くらいの漁村や農村の時の
100倍の配当金になってきていて、これをクリアすれば
人口数十万人単位の都市に突入して配当金も今の10倍以上になるので
早くクリアしたくて、しょうがなくなっていたが、なかなか難しい
高税率すぎて誘致した大企業が、もっと税率が安い地域に移動してしまって
それに伴い関連企業や労働者も移動してしまって過疎化してしまったり
法人税率を下げて、労働者税率や消費税率を上げたら
労働者が他の税率の安い地域に移動して労働者税や消費税が減ってしまったり
役所・国営企業の人件費削減してコンピュータ自動化したら
少子高齢化して年金生活者の住民が自動化した操作についていけなくて
操作説明員などの人件費をかけないとならなくなったり
設定が裏目に出てしまう事が多く、なかなかクリア条件の配当金額に届かない
土曜日、杉山権利職に報告。
報告と言っても指示のあったゲームをやっている事についてくらいしか
報告するような事は無いのだが
大々的に爆発的に話題になるようなゲームには、なりそうもないけれど
少なくとも自分のいる職場じゃ、ほぼ全員が同じゲームを
仕事の合間にやっています
というような報告。
これって何のための炎上屋仕事なんでしょうか?
というような質問も混ぜてみる
ゲーム成績優秀者が実行した最適設定や、最悪プレイヤーの禁忌設定を
地方自治体運営サポートAI知識データに組み込むための調査仕事だ
大々的に炎上ショーを開催しようにも
貴族国と労働者国の戦争ニュースに掻き消されて
炎上ショーを開催しようにも炎上自体しないからな
なので、とりあえず同じゲームをしている人々の中に混じって
元はとある機関の研修シミュレーターだったゲームを
大勢の人々に普及しながら炎上屋職務の練習をしていて欲しい
そんな回答が返ってくる
通信を終わらせた杉山は呟く
「このまま、たまーに我々の雑務を仕事の合間のボランティアでやるだけな
プログラマーとしての人生を送った方が相馬は幸せなんじゃないかなぁ
そもそも炎上ショースタッフに必要な能力が、あまり無いからな
むいていない合わない仕事をさせるより
プログラマーとしての適正があるなら・・」
数ヵ月後、その呟きに混ざった思惑通りに
相馬は元炎上屋だったプログラマーとなった
炎上屋として過ごした日々は過去のものとなり
プログラマーとして過ごす日常を送る内、色んな事を忘れていった
たまに炎上ショーが開催されているのを見かけ
”どこかの炎上屋が仕事をしているなあ”
と昔を思い出す事はあっても、
昔、一緒に炎上屋として働いていた人々との連絡手段すら途絶え
自分がプログラマーになってから関わった人しかいなくなった今となっては
杉山権利職や、その周囲にいる炎上屋として働く人々は
今、現在、相馬の周囲にいる人々にとっては
”空想上の生き物”にしか思えない存在となっていき
相馬は調達供給センターの企業城下町の住人になった。