悪い鏡
「……んー」
私の親は少しだけ変わり者で、両親共々骨董品や値打ち物、掘り出し物なんかを見つけるのが好きだったらしく家には大量の古いもので溢れていた。
私はそんな親に連れられて、幼い頃からよくリサイクルショップや古物商なんかに足を運んでいて。
その度に私が選んだ幾つかの物の中から、何かひとつ気に入ったものを買い与えられていた覚えがある。
だいたい千円から、親の機嫌がいい時なら一万程度。
そのぐらいの物を、毎週一回、多い時では三回ほど買ってもらっていたのだ。
そんなことが、たぶん小学二年生から六年生ぐらいまで続いていただろうか?
とにかく、そういう習慣が、私の家にはあったのだ。
「……これはいらないかな」
そして、幼い私から長い、長い時が経って、高校三年生の春休み。
齢が十八歳になり、少し大人になった私は今……
十人の手があったとしても、絶対に数え切れないであろう物品達の群れを閉まってある、実家の隣に建てられた古風な蔵へと足を運んでいた。
「う〜ん……」
理由は至って単純で、高校の課程を修了し、はれて目的の大学へ進学することになったはいいものの。
やはりというかなんというか……
夢を追いかける為には片田舎の地元にある大学ではなく、必然的に都会の、それも故郷からすごく離れたような所まで行かなくてはならなかったのだ。
そこに、家族や家のもの全てを持って行ける訳もなく……
「木彫りの魚……これもいらないなぁ」
こうして、四月明けてから一人暮らしをする家へ持って行く物の、選別作業をおこなっている訳である。
はぁ……親には別に全部要らないと言ったんだけど……
『いいから一応見ておきなさい』
なんて……
荷造りとか、友達への挨拶回りとか、まだやることたくさんあるのになぁ……本当、嫌になるよ。
「ひょっとこのお面、片腕が無い招き猫、欠けたレコード……うーむ」
しかし、こうして改めてじっくり見てみると。
……小学生の時の私、センス壊滅的だな?
大量に積み上がってる変なおっさんの色褪せた写真集に、神社にたまに売ってるでかい矢の様な形状の何か。
他にも、拳サイズのでかい石、なんか滅茶苦茶怖いフランス人形、名前も知らないような絵本、細々とした雑貨の数々……
今の私が持っていきたいと少しでも思うものが、この空間に全くもって存在しないのは逆にすごいことだと思うんだけど?
だって、この空間には物しかないんだよ?
それに加えて、全部私が買ったものなんだよ?
それなのに、どの物品にも一ミリも惹かれないというのは、ある種の才能か若しくは大人になった私への嫌がらせか……
「うーん、どっちも嫌だなぁ……」
私はそんなくだらないことを考えながら、蔵の中にある私の物を何となく眺めていった。
……嫌ならば、すぐにでも出ていけばいいと思うかもしれないが、人というのは不思議なものなのである。
今まで気にした事の無い様なものでも、ひとたび関わってしまえば好奇心といった感情が湧き上がってきてしまうのだ。
まぁ、つまり……少しだけ楽しいのである。
「えーと、あれは……」
あれは……スケートシューズの片っぽ……?
しかも、サイズが大きすぎて今の私にも合わないぞこれ。昔の私何考えてるんだ……?
……さて、考えるのはこのぐらいにしておいて、次は、っと。
私は、スケートシューズの隣に置いてあった、白い布の掛けられた割と大きな物に目を移す。
「うん……これは大きい」
今まではいくら大きくても、私の身長の半分も無いぐらいの大きさだったが……
これは、多分1メートル超えるぐらいは余裕であるな。
形としては凡そ四角で、シルエットだけ見れば墓石みたいなフォルムをしている。
まぁ、墓石にしては横幅が極端に薄いので違うとは思うのだが……もし墓石だったとしたら普通に引くし、なんなら若い頃の自分を心配してしまうことだろう。
私は、躊躇いもなく白い布を取り払った。
「……えーと、姿見鏡?」
すると、そこには縦長の鏡が一枚だけ存在していた。
おそらく長い時が経っているだろうが、白い布がかけられていたおかげか割と綺麗で、その鏡面の中に私の顔と体がよく見えた。
白い木をベースとした引き出しのついている土台と、化粧品等の物がおけるような台。
そして、鏡を覆う木の枠には、綺麗な草花の意匠が施されている。
「へぇー、いいじゃんこれ!」
今までの凄まじく残念なものたちとは違う、
『私、本気出しましたよ?』とでも言わんばかりの綺麗な姿見鏡に、私のテンションはグンと上昇していく。
「やれば出来るじゃん私!よくやった〜!」
嬉しくなってにやにやと動いてしまう口元を鏡で確認しながら、鏡に映る私に軽く手を振ってみたり、表情を変えてみたり……
ついつい楽しくなって、結構な時間をその鏡の前で過ごしてしまっていた。
……まぁ、私もあの親の子供だと言うことなのだろう。
「いやー、いいなぁ……これ持っていこうかな?」
そんなことを呟きながら、ぐっと鏡に顔を寄せる。
うむ……見れば見るほどに綺麗な鏡面である。
あんまり傷も見当たらないし、なぜか普通の鏡よりくっきり見える気がするし……
「すごいなぁ……これ。
古いのにとっても綺麗な……ん?」
しかし、そうやってまじまじと眺めていると、違和感のような何かを覚えるようになった。
何かを見落としているような……
何か……どこかおかしい気がする。
「……」
私はその違和感の正体を探るため、姿見鏡をもう一度、じっくりと観察していく。
まず、台座。
これは、白い木で作られたとってもメルヘンチックな引き出し付きの台座である。
そして、その上の物を置けるスペース。
最後に、草花の意匠が施された木枠に、とても綺麗な鏡面。
さて、どこが……
……
「あ!?見つけたッ!服の文字が普通だっ!?」
そうか!
違和感の正体はこれだったんだ!
普通、鏡に文字が映ったのなら、なかなか読めないような……
例えば『pとq』みたいな感じで反対に見えるはずなのだ。
それがこの鏡、こっちから見ても逆にならずにきちんと読めてしまっているのだ!
「うわ〜、どうなってんのこれ?
あれか?なんかカメラとか着いてて、逆にならない的な?」
私はそれを発見した喜びと驚きで、胸元に書いてあった『ヤバい』の文字をぐにゃぐにゃと揺らしたり寄せたりして遊んでみる。
これほんとにすごいなぁ、どうなってんだろう?
というか、多分お父さんはこれが見せたくて『いいから一応見ておきなさい』なんて言ったんだなぁ?
きっと心の中では、『いいから一応見ておきなさい(焦)』みたいな感じだったんだろ!
ふふふ、サプライズなんてやるじゃないか……!
「……よし、決めた!これを新居に持っていこう!」
そんな出会いがあって、この鏡と、私の暮らしが始まったのだ。
ーー
新居に移住してから一週間。
この土地に来てから様々なことがあって、色々と覚えることなんかもあり大変だったが……
そんな中では一番変わったことといえば。
「はいこれは?」
『ミシシッピ川!』
「じゃあ、次はこれ!」
『えちごせいか!』
「うんうん!相変わらずおかしくていいね!」
1LDKの部屋の片隅に置いてある鏡の中に、もはや私の動きすら真似することが無くなった"鏡ちゃん"の姿があることだろう。
鏡ちゃんというのは、そのまんま鏡の中にいる私のことで、遊んでいるうちに私と呼ぶのが面倒くさくなったからあだ名をつけたのだ。
ちなみに今は、歴史の勉強がてら鏡ちゃんにフリップでクイズを出して答えさせるという暇つぶしをしている最中である。
『おかしくないよ!?全然普通の鏡だよ……?』
「はっはっはっ!鏡ちゃん残念でした!
普通の鏡は自分のことを普通なんて言わないのですよ?」
『なん……だと……?』
私の言葉に対して、驚愕した顔で一歩後ろに後ずさりする鏡ちゃん。
大変表情豊かで可愛らしいのである!
しかし、ここで可愛いと言ってしまえば、自分の姿を見て可愛いと言っているナルシストに成り下がってしまうので極力控えるのだがね!
私は賢いのだよ……!
「というか鏡ちゃん、最近いっそう動きが良くなってきたよね?」
『そうですかね?』
「うん。最初の頃は牛歩並みに遅かったのに、今は普通に動き回ってるし……やっぱり電脳世界のAIは進化していくものなの?」
『いや、だから私は鏡……』
「あーハイハイ、鏡ね鏡。そういう設定だったね」
『な、なんか言い方に棘ないですか?!それに私は本当に鏡の中の……』
うーむ、やはりキャラつけを大事にしているらしいな……
ノリに乗ってる今日こそはボロが出るかと思ったんだが、ダメだったようだ。
私は今もいそいそとフリップに文字を書き連ねている鏡ちゃんを横目で見ながら、彼女について考える。
まず第一に彼女、何を調べても出てこないのである。
ネットでたくさん調べてみても、この謎技術が使われた鏡は未だ見当たらなくて、そういうのに詳しい友達なんかに聞いてみても「知らない」、「そんなのある訳ない」の一言ですまさせる始末。
私としては、一度気になったことは知らなければ済まないタチなので、どういう商品なのか知りたいのだが……
「うーむ……どうしたものかなぁ?」
『というわけで、私は鏡の妖怪なのですよ……ね?わかりましたか?』という謎の設定をフリップに書き連ねて見せてくる鏡ちゃんを眺めながら、解決策を模索する。
鏡ちゃんとあったのは蔵だったよなぁ……
蔵……沢山の物……
小学生……
事案……
「あ!お父さんに聞いてみればいいじゃん!」
そうだよ!
多分お父さんがプレゼントしてくれたんだから、お父さんに聞けばわかるじゃん!
『どうしたんですか?いきなりその便利な板を取り出して?』
「前も言ったけど、これはスマホね?
いやね、今からお父さんに君のことを聞こうと思ってね……あ!お父さん?あの鏡のことなんだけど……」
『えっと、聞いても分からないと思いますよ……?』
「はいはい、鏡ちゃんちょっと待っててねー。うん……うん……
いや、あれお父さんが……
……うん、……うん。
は?
うん……うん?
……うん。あ、はい。ありがとう。
ご飯ちゃんと食べてるから……じゃ、また……」
『……どうでした?何かわかりましたか?』
私は目の前で頭を傾げこちらを見つめている鏡ちゃんを、ただただ見つめる。
だって、そんなのありえない。
あの鏡……というかこの姿見は、確実にあの蔵にあったのだ。
それが……家族ですら"誰も覚えてないなんて"……
『……どうしました?』
その問いかけをしてくる鏡ちゃんの顔は、どこか恐ろしく感じさせるもので。
今まではわからなかった、"異様な空気"を感じ取ることができた。
「……鏡ちゃん、ひとつ聞きたいことがある」
しかし、私は意を決してそう問いかける。
すると鏡ちゃんは、それに対して何も言わずに、こくりと頷いて俯いた。
深く深呼吸をする。
そして、その言葉を言い放った。
「12かける12ってなーんだ!」
『ひゃくにじゅう!』
「うんうん、鏡ちゃん……君はとっても頭が悪くて可愛らしいね!」
『は?!喧嘩ですか!?』
12が2つあるからそれに0つけたらいいだろ的な物を自信満々で出すような鏡ちゃんが、ヤバいヤツなわけないね!
とっても頭が悪くて、可愛らしいことこの上ないよ全く!
私はがたがたと姿見鏡を揺らす鏡ちゃんの姿を笑いながら、いつもと同じように日々を過ごしていくのだった。
『"頭の"悪い鏡』 ~完~