鍵 〜挑戦せず過ごしてきた人生を、魔法の世界なら変えられる〜
短編Verとなります。
■第1章 鍵
「根拠なんてなくていい。自信があればなんとかなる」
それが父の口癖だった。だが、そんなことはない、根拠のない自信などなんの意味もない。
俺は24歳になって社会人として働き始めたが、これまでの人生で特筆するようなことはなく、
流されるままただ生きていた。
退屈な日々だが、何かに挑戦しようと考えても、少し考えれば現実的に難しいことが明らかだ。
努力しても無駄になるだけなら、結局何もしないほうがいい。
卑屈になっているわけじゃない。
別に他の多くの人もそのようなものだろう。下手に自信を持って恥をかくのはごめんだ。
「ただいま。」
「おかえり、今日は早いな。よかったら物置の掃除をしてくれないか」
父だ。社会人でもまだ実家暮らしをしているからか、何かと家事を押し付けてくる。
「いいよ。どうせ大したやることもないし。」
「助かるよ。蜘蛛が住み着いて困ってたんだ」
鞄を置き、俺はしぶしぶ物置へ向かった。歩いていると床が軋む音がする。はやく一人暮らしがしたい。
物置に入ると、確かに蜘蛛がいるらしい、所々に蜘蛛の巣が張り巡らされている。
何かを動かせは埃が舞い、とても一日では掃除しきれない案件だ。
「割に合わないことを引き受けてしまった。。」
俺は愚痴をいいながら、一つ一つ辺りに散らばっている物を片付け始めた。
望遠鏡、地球儀、これは世界地図か?ずいぶん古くて字がかすれている。ボロボロだ。
物置にはどこで買ってきたのか分からない物ばかりが集められていた。
父は冒険が大好きで、若い頃、世界を旅していてた。
とくに細かい予定をたてずに行くのがいいらしい。
そんな無謀なことして、事件にでも巻き込まれたらどうするのか尋ねると
「根拠なんてなくていい。自信があればなんとかなる」だそうだ。
一応各国のお土産を置いてあるみたいだが、お土産というよりはガラクタが散らかっている。
ふと、部屋の隅に本が落ちていることに気づき、拾うと中から鍵が落ちた。
ゴーーーン。
重い金属が落下したときの鈍く不気味な音が、ボロボロの物置に響き渡る。
本の中をみると凹みがあり、鍵がちょうど入れられるようになっていた。
「・・なんだ?・・これ?」
上手く言葉にできないが、他のガラクタとは何か違う、異質のものを感じた。
その本にはこう記されている「これは英雄の物語である。突然現れた英雄が国を救った。」
「英雄物語・・・」とても古い本と鍵だが、その本自体はしっかりした作りをしていた。
(この鍵はだいぶ錆びているけど価値がありそうだな。素材は純銀か?)
「これでも売って、父のように何も考えず、いろんなところに行けたらな・・・」
天井のライトに鍵を照らそうと掲げた瞬間ーーー。
キィーーーーン、
轟音とともに掲げた鍵先が空間に歪みをつくっている。
「え、、なんだ、これ、、頭が痛い。。」
稲妻のようなものが見えたと思ったら酷い頭痛がした。
まるで頭を後ろから誰かに何度も何度も殴られているような。
とても耐えきれず、俺は意識を失ってしまった。
***
「ここは・・・」
あれからどれくらい経っただろう。痛みがひいて目を開けるとそこは辺り一面何もない草原だった。
(夢にしてはリアルな感じがするけど、まさか天国じゃないよな)
「こんなところで何してる?異国の人間かな?」
突然、後ろから声をかけられた。
びっくりして振り返ると、同い年くらいの短髪で礼儀正しそうな青年が立っていた。
「あ、すみません。えーっと、変な質問していいですか。ここって天国でしょうか?」
「はははっ、記憶喪失の振りをしてもだめだよ。こんなところで何ももたずに変な格好をしているし、
一度警護所にきてもらうよ。」
(警護所?とりあえず天国ではなく、夢ということがわかった。
変な本を読んだせいでこんな夢をみているのか、、
まぁ夢ならば、覚めるまでの退屈しのぎとして遊んでいくか)
「分かりました。警護所でも何でも連れてってください。
信じてもらえないかもしれないですけどね、俺はこの国を救いにきた英雄なんですよ!」
■第2章 王国
「・・・では国を救いにきた英雄さん、まずは身元を確認させてもらいますね。」
俺は警護所とかいう場所に連行されるため、国に連れてこられた。
平原からだいぶ歩くと、大きな筒状の壁が現れた。
夢の中で初めて人工の建築物をみた。
この大きな灰色の石を積み上げた壁の中が国らしい。
見上げても端が見えない程の城壁に囲まれた正面の門を抜けると、
赤いレンガで作られた重厚な住宅がならび、道を歩く人は皆、魔法使いのようなローブを着ている。
日本では見られない光景だ。俺は異国の街並みに心を踊らせた。
ただ、どうしてだろう。皆、何かに怯えているような気がする。
パン屋や、鍛冶屋、住宅地などの街並みを抜けると、
国の中心地であろう中央にはいかにも王様の城といった大きな城が建っている。
俺は海外旅行に初めて着た子供のように辺りを見回していると、
城の手前の大きな刑務所のような建物に書きなぐったような字で警護所と書かれた建物を見つけた。
綺麗な街並から一風した無機質なコンクリートのようなもので造られた建物だ。
・・・どうやら俺はここに連れられるようだ。
警護所に連れてこられた俺は中にいた人たちに詰め寄られてた。
「身分を示すものはないのか。この服はどこの国のものだ?ポケットに入っているこの四角いものは何かね」
この世界ではスマホがないらしい。見ると電波が入っていないのであまり役にはたたないか。
「説明しても信じてもらえないでしょうが、ここは私の夢なんです。あなた達は私の空想ですよ」
・・・3、4時間お互いに平行線の会話を行い、時間の無駄だと思われたのだろう。
「ロイ。こいつはお前が見つけたのだから責任をもって管理するように。帰っていいぞ。」
長官と呼ばれる男からやっと釈放された。
こうして俺はロイとかいうやつと一緒に警護所をでた。
「すごいなお前、長官が根をあげるほどシラを切り通すなんて」
「・・・本当に何も知らないだからしょうがないだろ。夢なのに疲れる世界だ。」
「そんな様子じゃ泊まるお金や家もないのだろう?目を離す訳にもいかないし、
これも何かの縁だ。しばらくはうちの寮に泊まっていきなよ」
俺はロイの住んでいる警護官の寮に泊まることになった。
帰り道ロイといろいろ話したが悪いやつじゃなさそうだ。
いきなり警護所に連れてこられたことは水に流そう。
***
ーーー朝になった。夢の中で、寝て起きるのってあまり体によくないって聞いたことがある。
昨日ロイと話をして分かったことで驚いたのは、この国は魔法が使えるみたいだ。
しかし魔法といっても日常生活に使う程度の火や電気を生成する能力のようだ。
人に攻撃するような大きな炎などはほとんどの人はだせないらしい。
「お前、本当に魔法も使えないのか」
「そうだよ、だから言ってるだろ、これは俺の夢の中で、、」
「わかった、わかった、とりあえず火と電気はだせないと生活もできないから教えるぞ」
「おう。頼む」
「まず、フレイムな。手をだして炎が燃えるイメージをするんだ。」
そういってロイは手からテニスボール一個くらいの炎の塊をだした。
「すげー!!これ熱くないのか?」
「熱いよ。多少上に浮かしているから火傷はしないけど。とりあえずやってみな」
「フレイム!!」
手から炎をだすイメージで同じようにやったが、・・・火は全くでない。
「・・・・・別に声にださなくてもいいけど、もっと集中してイメージするんだ」
「・・・・・!!(フレイム!!)」
だめだ、全く出る気がしない。夢の中なら都合よくいくと思っていたのだが。。
「あははっ!おいおい、マジかよ。フレイムなんて小学生でもできるぜ。」
「・・・」
「サンダーはどうだ?同じように電気が走るイメージをするんだ」
「・・こうか?」
手から一筋の小さな稲妻が走った。
それと同時に乾燥した冬にドアノブに手を伸ばしたときに静電気が走る十倍程度の痛みが走る。
「イテッ!」
「おお、サンダーはできるのか。とりあえず部屋の電気とかはパネルにサンダーを流せばつくから
今日は部屋で魔法の練習でもしてなよ。俺は警護の仕事にいくよ」
「わかった。ロイ、いろいろありがとうな!」
俺は魔法が使えることに興奮しながら、感謝を伝えた。
「あぁ、監視してないと行けないから下手なことはするなよ。そのうち街を案内してやる。」
そういってロイはでかけていった。警護官も忙しそうだ。
俺はその後、一日中、魔法の練習をした。
サンダーのだし方のコツはなんとなく掴んできた。手からだすというよりは空中に発生させるイメージだ。
そうすれば痛くないし、ある程度の量の電気を発生させることができる。
ただ、電気を発生させると、とても疲れる。モーターを漕いでいる感覚に近いだろうか。
気軽にだせる訳ではなく、部屋の電気をしばらくつけるだけで疲労感がある。
結局フレイムはできなかった。
まぁ、自炊はそもそもしないからガスはなくても電気ができれば一応暮らしていけそうだ。
■第3章 警護官殺し
「助けてくれ!!」
「・・・・・」
手から黒い稲妻が走り、叫び声をあげたものは絶命した。
***
「酷いな、これで何件目だ?」
「もう今月だけで20件を超えますね。」
「警護官殺し。黒魔術師で間違いないな。」
「ええ、それなりの腕の警護官も殺されているのでかなりの使い手でしょう」
「警護官は常に2名以上で警護にあたり、犯人を発見したら無理をせず、本部に連絡するように伝えよ」
「承知しました。」
***
「ただいま。いい子にしてたか?」
ロイが疲れた様子で部屋に入ってきた。
「ロイ、驚くなよ!サンダーここまでできるようになったぜ」
タンバリンをたたく前のように両手を拡げ、その中に何本もの電流を走らせる。
「おお、なかなかのサンダーだな。電気屋が向いているかもしれない。」
「あー、まあ仕事はそのうち考えるよ。それよりどうした?酷く疲れているみたいだが」
「今日また警護官殺しがあったんだ。ソラは知らないかもしれないが、最近警護官を狙った
殺人が多発している。」
(・・大きな街にも関わらず、人々がどこか不安げだったのはそういうことか)
「それは物騒だな、俺がなんとかしてやろうか?」
「・・・なにいってるんだ、魔法もろくに使えないやつになんとかできるものか」
ロイはあきれて聞き流していたが、この夢の世界は眠る前にみた「英雄物語」という本の影響だ。
恐らく俺にはこの国を救うことができるのだろう。
(夢の中でこのままただ暮らすだけじゃ、つまらない、どうせなら冒険してみよう。)
俺はロイが寝た夜中に、一人外に抜け出し警護官殺しを探すことにした。
***
俺は夜中に物音を立てないようこっそりと部屋をでた。
ロイはやはり疲れていたのだろう、耳をふさぎたくなるようないびきをかいて寝ていた。
外にでて改めてこの国を眺める。やはり、この国はきれいだ。
夜の街並の景色は今から殺人犯を探しにいくとは思えないほど、心を澄ませてくれる。
満月に近い月の光に照らされてレンガで作られた住宅街がつやつやと輝いている。
サンダーは疲れるからか、部屋の明かりはあまり灯っておらず、街灯も少ない。
月の光を頼りに街を歩いていると、ランタンのようなものをもった三人組が近寄ってきた。
「こんなところで一人何をしている。」
近くでみるとロイと同じ制服を着ているため、警護官のようだ。
なるほど、この街の人はフレイムで火を灯して夜道を歩くのか。
「いや、最近この国に来たものなんだが、警護官殺しの話を聞いてね」
「そうだ、今この国は厳重体制をとっている。怪しい者は調べさせてもらうぞ。」
(・・・そうか。確かに一人夜道を歩いている俺は怪しいな)
「えーっと、むしろ俺はあなた方の役に立ちたいのだけれど、、」
「我々の役に立ちたいのなら、身分証明書を見せてくれないか」
警護官は不審な目でこっちを見ている。また俺は警護所に連れて行かれるのか。
ーーーーっ!!、なんだこの悪寒はっ!
突然、息をするのが苦しくなった。
父がとても大事にしていた銅像を落として粉々にしてしまい、後ろに父が立っていたときの感覚だ。
後ろに何かが、いる。。だが、振り向けない。。
振り向きたくても恐怖で体が動かないのだ。
警護官もそいつに気づき、何か声をだそうとしたが、その瞬間ーー。
目の前の3人の警護官はバタバタと倒れてしまった。
「君は不思議だなぁ・・・」
後ろのそいつが声をだす。とても冷たい声だ。
(これは夢だ!これは夢だ!)
普段なら叫んで逃げるところだが、夢までそんな格好悪いことはしたくない。
「これでもくらえっ!」
振り向いてすぐさま両手から渾身のサンダーをぶちまけてやった。
しかし稲妻はあたっているはずなのに、ぎりぎりのところで何かにはじかれている。
サンダーの光が飛び散る中でみたそいつは、全身真っ黒でフードを深くかぶっていた。
フードから覗いたその奥の瞳は真っ赤だった。まるで飢えた獣だ。
恐怖という言葉では生易しい。本能が死を告げるという言葉の意味がわかった。
バチィ!
はじかれたサンダーの一部が自分の足に跳ね返り、太ももから血がでている。
ーー痛いっ。夢の中でもなんとなく痛みを感じることはあるが、
鮮明な痛みと血が滴る感触が、紛れもなくこれは現実だということをいやでも思い知らされる。
現実だと感じると途端に怖くなった。怖い!怖い!
あれ、、息が上手くできない。苦しい。。足がすくむ。。。
「ソラ、逃げろ!!!」
突然、上空からフードの男にロイが斬り掛かった。
だが、剣もそいつに触れる前に止まってしまう。
「ロイっ、、」
俺は混乱していたが、フードの男がロイに意識が向いた瞬間、一目散にその場から逃げたっ!!
走り方などめちゃくちゃで、少しでもフードの男から離れたい一心だった!
しばらく走った後、足がもつれ転んだ。。足が痛い。心臓が破裂しそうな程、脈打っている。
汗が体中を滝のように流れる。息が苦しい。
俺は何をやっているんだ?!これは夢じゃないのか?
頭が混乱している。ただ少し冷静になり、ロイを置いてきてしまったことに後悔した。
ーーーロイは大丈夫なのか。いや、あいつは警護官だ、大丈夫なはずだ!
でも俺の前で3人の警護官は殺されてしまった。。
でも俺がいって何になる。そうだよ、魔法も今日覚えたばかりで、
全力のサンダーも役に立たなかったじゃないか!
そうだ。現実的に考えて、俺が助けにいってもロイの足を引っ張るだけだ。
だったらあの場をすぐに離れた方がいい。これはロイのためなんだ。
応援を呼ぼう。電話はこの国にはないみたいだし、警護所に向かうのが一番いい。
ーーーいつもこうだ。頭の中で言い訳ばかりがでてきて自分を正当化しようとする。
警護所に向かって、応援を呼ぶ時間がないことは分かっていた。
いますぐ、ロイを助けにいかなければ、ロイは死ぬ。いやもう死んでいるかもしれない。
・・・夢の中でさえも自分は勇敢に戦うこともできないのか。
根拠のない自信でもいいじゃないか。言い訳ばかり考えて動かないのはもう、ーーーやめよう。
キィーーーーン、ヴォンッ!!
***
「うおぉぉぉ!」
ロイは叫びながら一心不乱にフードの男に斬り掛かる。
だが、全く剣が届かない。相手は何かを気にかけているのか、
攻撃してこないが、俺はもうすぐ殺されるだろう。ソラは上手く逃げれただろうか。
キィーーーーン、ヴォンッ!!
突然ロイの目の前の時空が歪み、ソラが現れた。
「ロイ!無事かっ!!」
「な、なんで逃げなかった!お前が来ても死ぬだけだぞ!!」
「そんなことはどうでもいいんだ。あのまま逃げたら俺は死ぬより後悔する!
ロイ、一緒に逃げるぞ!」
勝算はまるでなく、逃げることも難しいことは分かっていた。
だが、ソラは強く、ロイの場所に戻りたいと願ったことで時空を超えていた。
なぜ、時空を超えれたのかは分からない。やはり夢の中なのか。
でも、もう一度。もう一度だけ、ロイと一緒に時空を超えられれば・・・。
ソラはロイの手を掴み、寮の部屋を強烈にイメージした。
ーーー集中しろっ!神経を研ぎ澄ませるんだ!こんなところで死んでたまるか!!
キィーーーーン、ヴォンッ!!
次の瞬間ソラとロイは寮の中にいた。
「・・・どうなってる?」
ロイは突然のできごとに混乱している。正直、俺自身もそうだ。
「・・この世界は俺の夢だって言っただろ?
夢の中で移動しようと思えば違う場所に移動できた経験ないか?」
「まさか、ソラが? 時空間移動の魔法を?」
「あぁ、多分。。とにかく無事でよかった。」
「・・・信じられないが、とりあえず、警護所へ向かおう。・・・警護所にも跳べるのか?」
「ちょっとまって、・・・あれ、無理みたいだ。警護所の位置もよくわからないし」
少し落ち着いて気づいたが、時空を移動した後から、すごく頭が痛い。。
「そうか、それじゃあ、あいつに見つからないように急ごう」
■第4章 ネル
俺とロイは警護所に向かい、先ほどの出来事を伝えた。
警護官達はすべてに納得をした訳ではなかったようだが、
ロイの説得もあり、長官を含め総勢10名の警護官が現場に向かった。
しかし、すでにフードの男はおらず、警備官3人の死体があるだけだった。
俺とロイはその後も詳しく事情を聞かれた。
時空を超えた後遺症なのか、ひどく頭痛があったが時間とともにひいてきた。
***
「国王陛下。ご報告致します。昨日も三名の警護官が亡くなり、
国の警護が行き届かなくなるのも時間の問題です。」
豪華絢爛。ありとあらゆる宝石や黄金に彩られた王室の中で、
国王陛下と呼ばれた、白ひげを長く生やした老人がゆっくりと口を開いた。
「・・・うむ。ネル。君の意見を聞きたい」
ネルと呼ばれた、くせ毛が酷く、年齢はまだ12歳くらいの子供が
どこかそっぽを向きながら話しだした。
「はい。長官のおっしゃる通り、このまま警護官殺しが続けば兵力に支障がでてきます。
早急に兵力を集中させ、一気に叩くのがいいでしょう。
上級の警護官もやられていることから、精鋭5名の連携部隊を3部隊用意。
常に連携がとれるように配備し、さっそく今晩あぶり出しを行いましょう。
それと精鋭5名とは別に昨日の報告でフード越しにでも顔を見た2名のものも部隊に加えてください。
これが配備員リストと巡回経路です。」
かなりの早口だが、理路整然とした話し方で説得力がある。
「長官。ネルの言う通りに警護官の配置を行い、今晩作戦を実行せよ」
国王は長官へ命令した。老人とはいえ、やはり国王だ。態度、言葉一つ一つに重みを感じる。
長官は国王からとはいえ、少年の作戦に従うことに、
面白くなさそうな顔をしていたが、資料を受け取った。
「それと、長官。昨日の報告に時空間を跳んだ者がいると言いましたね。
その方に今すぐこちらに来るよう伝えてください。とても興味があります」
「・・・わかりました。ただの戯言を抜かす頭のおかしいやつですがね」
渋々、長官はネルの言う通りにソラを呼びに向かった。
***
ーーー国王の城。ネルの部屋にてーーー
「すみません、ネルという方に呼ばれたのですがー。」
俺はいきなり王室から呼ばれ、驚いたが、お城の中がどうなっているのか興味はあった。
「あなたが、ソラさんですね」
「・・・君がネルさん?」
「はい。急に呼び出してしまい申し訳ありません。何点かお聞きしたいことがありまして」
抑揚がない声でまだ中学生にもなっていなさそうな子供がペラペラとしゃべりだした。
「昨晩、あなたは時空を超えて、ロイ警護官の前に移動、その後、ロイ警護官とともに寮へ移動した。
と報告していますが、このような時空を超えたことは以前ありましたか?」
「いや、そんなことは・・・あ、信じてくれないだろうけど、
今思えばこの世界に来たときには鍵のようなものをもって時空を跳んできた気がするな」
「鍵を持って時空を。。あなたはここを夢の世界だと思っているようですが、
この世界で私は12年分の記憶をもっていますし、私にとっては紛れもない現実です。
あなた自信に時空間移動の魔法の素質があり、跳んできたと考えるほうが妥当ですね。」
「・・・いやいや、俺がここに来る前の世界はね、そもそも魔法なんてないんだ。
火も電気もみんな科学の力で利用しているんだよ。」
「科学の力。。それはどういものです?」
「えっと、原理はね、、確か、酸素を・・・あれ?」
「あなたが魔法がない別の世界から来ていることはわかりました。
ですが、この世界で魔法が使えないということにはなりません。鍵をもって時空を超えたといいましたが、
その鍵がこの世界のもので、この世界の影響を受け魔法を使ったと考えれば、こちらにくることも可能でしょう。」
「・・・初めて俺の話を信じてくれた人に出会ったよ!!でもそれじゃここは夢の中ではないってこと?」
「先ほども言いましたが、この世界は現実です。時空間移動の魔法はそうそう使えるものではありませんが」
(驚いた、確かに夢の中にしてはリアルだし、俺の頭の中ではこんな子供は出てこないだろう。
ということは昨日俺はなんて無茶なことを・・・というよりどうやったら元の世界に帰れるか?)
「ソラさん、ちょっと話があります。」
ネルは俺に今晩の作戦のことについて話をしてくれた。
■第5章 フードの男との決闘
ーーーー夜になり、精鋭部隊を揃えた国中の探索作戦が始まった。
部隊の連携が常にとれるよう巡回し、しらみつぶしでフードの男を探した。
しかしフードの男は中々現れず、街の外れまで精鋭部隊がたどり着いたとき。
国王の城から大きな稲妻が流れた。
***
「お前達、何をしている!やつを倒せ!」
精鋭部隊が探索にでて、手薄となった国王の城に突然、フードの男が攻めてきたのだ。
国王の側近の兵はこの国でも最強クラスであり、探索で兵が少ないといっても
簡単にやられるような兵力ではなかったが、フードの男には攻撃が効かず次々に倒されていってしまった。
探索へ向かった主力部隊は街の外れまで進行しており、連絡すらとれていない。
「兵力を割いたのが裏目にでたか。。ネルの作戦は失敗したことがなかったので油断したよ」
国王は探索に向かった部隊がいなくては勝てないことを悟った。
「想定外の強さですね。攻撃が効かないのは厄介だ。」
ネルは国王の椅子にすっぽり座り、髪をくるくるいじりながらつぶやいた。
「あなたがこのタイミングできた理由が気になります。今晩の作戦を知っていた。そうですね?」
「・・・・」
フードの男は突然しゃべりだした、少年に只者ではない気配を感じているようだ。
「実はこのようなパターンも想定はしていました。
探索に向かった兵ですが、いま全部隊が合流し、もうすぐここに来るはずです。」
「・・・・それはおかしいな。先ほど全部隊は街の外れまでいっていることはわかっている」
とても冷たい声でフードの男は答えた。
「やはり、内通者がいましたか。しかしあなたは昨日の夜、取り逃がしたもう一人の人物を忘れたのですか?」
「・・・・まさか。」
キィーーーーン、ヴォンッ!!
「さーーて!ご一行様のご案内っ!!」
空間が歪み、昼にネルと打ち合わせした決め台詞とともにソラは現れた。
想定外のことがあったとすれば、探索部隊全員と跳んでくるはずが、ソラ一人だけしかいなかったことだ。
「・・・・あれっ?」
ソラは焦った。。ご一行様といいながら一人という恥ずかしさからではない。
昨日、死ぬ程恐れたフードの男が目の前にいて、国王の兵も皆、倒されている。
状況を冷静に見ると、ネルと国王は戦力にはならないし、ロイがいない分、昨日よりも絶望的だ。
「・・・ソラさん、国王を連れて安全なところへ跳べますか?」
流石のネルもここまでは想定外だったのだろう。少し困っている様子だ。
「いや、部隊全員を跳ばそうと無理をしたのか頭が割れるように痛い。
おそらく時空間移動の魔法はしばらく使えない。。」
頭痛で上手く思考できないが、とてもまた跳ぶことはできそうになかった。
「はははっ!わざわざ殺されにきたのか。だが、まずは国王からだ。」
フードの男は国王へ近づいていく。
(まずい、まずい!このままだと何もできずにまた人が死ぬ!何かないか、、!)
腰には探索時の護衛用に剣があるが、斬り掛かったところで簡単に殺されるのがオチだ。
サンダーも前回全く通じなかった。。やはりだめか、、でももう逃げるのはいやだ!
「根拠なんてなくていい。自信があればなんとかなる」
ーーーふと父の口癖を思い出した。・・・そうだ。どんな絶望的な状況でも自信をもてっ!
「おい、そこのフードの男!俺には必殺技があるんだ。最後にもう一度勝負をしないか?」
「・・・やはり不思議なやつだ。」
口から必殺技という言葉がでてきたが、根拠は何もなかった。
それでも自信をもって前に進まなければ、状況は変わらない。
フードの男は国王を狙うのを止め、こちらにじりじりと近づいてきた。
俺を殺そうと思えばすぐにでも殺せるはずだ。
しかし、必殺技というハッタリが効いたのか、慎重に動いている。
・・・そういえば、初めて会ったときも、フードの男はなぜか俺のことを警戒しているようだ。
もしかしたら、俺が異なる世界から来た何か異質なものを感じているのか。
俺のもとの世界。。。魔法はないけれど、科学ではこの世界よりも発達している。
・・・科学、、剣、、電気、、・・・そうだっ!!
できるかは分からないけどやってみよう。
俺は剣先を相手に向け、剣に電流を流した。
・・・バチィ、バチィバチィ!!ジジジッ!!
(・・・やっぱりそうだ、電流を流せば、磁場が発生する。魔法で電流と磁界どちらもコントロールできる!)
ーーー電磁誘導。確かそのような名前を学校で習ったような気がする。
とにかく電流と磁場を手元でぐるぐると回転させ、剣へ力を生み出そうとした。
(・・・ッ!!こ、この感覚だ!剣が相手の方向に向かって引っ張られる!
ここでもっと強く電流を円形に回し続ければ・・!)
俺は最後の力を振り絞り、ありったけの電流を一気に流し込んだ!!
「俺が、、英雄だーーーっ!」
ーーーバチバチ!!バチィ!!!!、、ズドンッ!!!
次の瞬間、自分でもびっくりするくらいのスピードで剣が手元から発射され、
フードの男の腹を突き抜けた。
フードの男の攻撃をはじく魔法がどのような原理かは知らないが、あまりにも速かったためか、
防ぐことはできなかったようだ。
フードの男はその場に倒れ、意識を失った。
後で分かったことだが、命に別状はなく牢獄に監禁されることとなった。
ーーーこうして俺は国を救った英雄となった。
■第6章 真実
ーーーフードの男を倒し、国に平和が訪れた。
俺は本当に英雄物語を実現したのだ。
国中ですぐに俺のことは有名になり、街は活気づいた。
国王は宴を開き、街の人は会うたびに俺に感謝してくれた。
ここまで人に感謝されたことは一度もない。
流されるまま平凡に過ごしてきた俺にとっては、間違いなく、人生で一番輝いている瞬間だった。
ただ、俺には素直に喜べない理由があった・・・。
***
数日が過ぎたある日、俺は覚悟を決め、ロイに話をしに向かった。
「ロイ。ちょっと話があるんだけどいいか?」
「ソラか、どうした?」
「・・・ロイさ、フードの男に探索の作戦を教えたのはお前だろ?」
「・・・・。ははっ、何いってるんだよ。」
ロイは少し驚いた様子だったが、
またいつもの変な事をいいだしたのだと笑っている。
「ここ数日を過ごして、ロイの力はなんとなく分かった。
とてもフードの男としばらく戦えるような警護官じゃない。」
「まてよ、そんなことだけで俺が内通者だっていうのか?」
少し不機嫌な表情になった。俺だって、本当は、ロイを疑いたくはなかった。
「・・・ネルはあの晩の報告からロイが怪しいと疑ってたんだよ。
だから、作戦の開始時間をロイの部隊には少しづらして伝えていたんだ。
フードの男が攻めて来た時の時間で、内通者を判断できるように。」
「・・・そんなことをしてたのか。やっぱりあいつは侮れないな。」
ロイはネルに疑われていることを知ると、途端にごまかすことを諦めた。
それだけネルはすごいやつなんだ。
「・・・ロイ、なんで、、なんでなんだよ。あのときは俺を助けてくれたじゃないか!」
俺はまだ納得ができていなかった。確かにフードの男が攻めてきたタイミングは良すぎた。
でも、それでも、ロイが内通者だったなんて信じたくなかった。できれば、否定してほしかった。
「俺が憎んでいるのは国王だからな、隙をついて復讐するために警護官にもなったが、
それももう終わりか。。」
「ロイ、・・・上手く言えないけど。お前に復讐なんてできないよ。」
「ふざけるな!俺は本気だ!!」
ロイはいままでで、一番大きな声を荒げた。
分かっている。お前が本気なことくらい。
でもロイに会って数日もすれば、
ロイには復讐のために人を殺すことなどできないやつだということは分かった。
それだけいいやつなんだ。これは演じてできることじゃない。
キィーーーーン、ヴォンッ!!
俺とロイは国王の王室の前に跳んだ。
「今なら国王を倒せるかもしれないぞ、いけよ」俺はロイに言った。
「・・・・っ!」
ロイは国王のもとへ向かおうとした。王室は目の前。いまなら国王の側近もいないだろう。
千載一遇のチャンスだ。だが、しばらくして何かを悟ったように止まった。
「・・はっ、俺は腰抜けだな、・・・ありがとうソラ、自主するよ。」
ロイの肩が震えている。。過去に何があったのか。それは分からないが、ロイがここまで憎むのだ。
大抵の事ではないだろう。
「・・・・お前は腰抜けなんかじゃない!正義感の強い優しいやつなんだよ。」
ロイはその場で国王暗殺のため、
フードの男に情報を伝えた事を自首し、その後、監禁された・・・。
***
それからさらに数日後、ネルに呼び出され、俺は王室に向かった。
「あれ、時空を跳んでこないんですね。ソラさん」
「跳ぶのは頭が痛くなるんだよ。知ってるだろ?」
「そうでした。で、お話なんですけど、ソラさん、元の世界に戻りたいですか?」
「え!戻れるのか?」
「はい。可能性はあります。これはこの国の国宝の一つなのですが、見覚えありませんか?」
ネルは銀色に輝く奇妙な鍵を厳重な箱からだした。
「あ!これは!」
「やはり、そうですか。この鍵は魔法の力を増幅させる国宝です。
主に発電などに用いられるのですが、あなたの時空間移動の魔法を増幅すれば大きく時代を超えられるかもしれません。」
「時代を超える?もしかして時間軸が違うだけで同じ世界ってことか?」
「えぇ、全く同じ鍵が存在している以上、同じ世界で時代が違うと考えた方がいいでしょう。」
「でも過去に魔法が使えた人類がいたなんて歴史はないけど?」
「では痕跡が残らないほど完全に文明が途絶えてしまうのですかね。
少し寂しいですが、ソラさんだけでも私たちのことは忘れないでくださいね。」
正直、もとの時代に戻れるとしても、戻ることは迷った。元の世界でも退屈な時間が過ぎていくだけだ。
でも俺はこの時代の人間じゃないし、退屈な時間にしていたのは時代じゃなくて自分だと気づいた。
「・・・ネル、俺ってもとの時代では何も挑戦しないで、ただただ生きてるやつだったけどさ、
この時代の人と出会って変わったんだ。・・・もとの時代に戻っても絶対にこの国のことは忘れないよ!」
「個人的にはソラさんには残ってもらって、科学のこととか教えてほしかったんですけどね。
戻るなら早めにお願いします。実はこの国宝を持ち出したのがバレれば私、ピンチです。」
「・・・わかった!俺は戻る!ロイに宜しく伝えてくれ。
あと、ネル。偉そうなこと言えた立場じゃないけど、お前はいい王になれる。
ロイのようなやつが今後、この国で生まれないようにしてくれないか。」
「はい。言われなくてもそのつもりです。」
「・・・じゃあな!」
ーーー俺は国宝と呼ばれる。奇妙に銀色に輝く鍵にそっと触れた。
キィーーーーン、ヴォンッ!!
***
「ここは・・・」
目を覚ますと、父の物置にいた。。
「いってー、何回やっても頭が痛いな。。」
辺りを見回すと古びた本と、鍵が落ちたままだった。
(この本と鍵のせいで大変な目に会ったな。。。)
ーーーふと本の背表紙を見てみると、作者にはネルと書いてあった。
END
ご拝読有り難うございました。連載にて続きを掲載予定ですので、そちらも宜しくお願いします。