第8話 修行開始
最後までお付き合いください。
二回ほど気絶したあの厄日の翌日、僕は滅多打ちにされた全身の痛みを我慢しながら学校へ向かった。あんな仕打ちを人間にやられたのは初めてで、あれほど容赦のない暴力にさらされたのにもかかわらずその思い切りさ故にむしろ清々しい気持ちになっていた。
そしてまた、あの「純粋な暴力」のうちに宿るものに対して、かなりの興味を抱いていた。
(あの滅多打ちの最中、僕もどうにか避けようとしていたのに時雨さんはすべて的確に当ててきた。まるで僕の防御を見切っていたようだった。)
たしかに、彼女は幼女の見てくれをしていたが実力は僕が推し量るのもおこがましいぐらいに圧倒的だった。あの狂乱の最中でもまるでぶれていなかった剣筋。さすが須佐さんの娘さんだなあ、と曖昧な昨日の記憶を僕は思い返していた。
「知里友和ぅ!!!」
「ひい!!!」
アカデミーに向かい歩いている中途、背後からいきなり大声で僕の名前を叫ぶ人がいる。もしかして‥‥‥
「貴様、師が近くにいるのに挨拶もなしなのだ!再教育が必要なのだ!」
「すみません!すみません!すみません!あれだけは勘弁を!!」
「まあ、いいのだ。今日からクラスも同じなのだ。これからよろしくなのだ。」
「はい、お願いします!」
「これからは級友でもあるのだ。師匠と呼ぶのはいささか無理があるだろう。これからはお前の好きにあだ名でもつけて呼び、砕けた口調で話すのだ。」
「いいんですか!じゃあ・・・・しぐしぐ?しぐれん?・・・時雨、しぐれ、うーん、ゲリラ豪雨?」
「再教育か・・・」
「すみません!すみません!すみません!調子に乗りましたあれだけは勘弁を!!」
「早く決めるのだ!」
「じゃあ、髪にグレーの差し色が入ってるし、グレなんかどうでしょう?」
そう、須佐時雨という人物は幼女っぽい容姿のほかにもいろいろな要素がある。髪は黒色のなかにグレーが混じり、その髪をアンダーツインテールでまとめている。黒とグレーは似通った色にも拘らずその二色がはっきりとした境界線があるように分断されている。身長はもちろん低く、おそらく150cmにも満たない。顔も童顔の権化ともいうべき童顔、猫のようになんともかわいらしい。
背後には二本の刀を携えていて、長さは僕のアウターよりも少し短い刀身だ。日本の忍が使っていたとされる忍刀といわれる部類と似通っている。
「いいじゃないか、今日から私はグレなのだ!しかし!学外では時雨師匠と呼ぶことを徹底するのだ!わかったな!」
「はい!師匠!」
「今はグレだ!」
「すみません!」
交流もかねて、グレについての質問を投げかけてみることにした。
「ところで・・・・グレのアウターってどうやって配布されたの?アカデミーは国に一つしかないのに。
それ以前にもうアウターパイロットなの?」
「それは……パパが軍のお偉いさんだから、特別に一年前、事前配布されたのだ。そうなのだ……」
グレがなぜかうつむきがちに。何か恥ずかしいことでもあったのだろうか。いや、それよりも肝心のアウターの姿を見ていない。
「え?じゃあいまどこに?」
「よく眠る子なのだ。ここにいるのだ。」
そういうと、グレが軍服のボタンをおもむろに開ける。あまりに唐突な破廉恥行為にぼくは思わず目を背け、ちらちらと彼女の動向を探るように目の端で見守る。
「どうしたのだ、ほれ、この子なのだ。」
彼女の差し出した華奢な腕には、猫ほどのサイズの虎が乗っていた。なるほど、やはりアウターというのはよほど親和性を重視するのか彼女の雰囲気をそっくりそのまま動物にしたらこんな感じだろうというほどにお似合いだ。
その幼い虎は、まるで満月の輪郭から放たれる光、明るい夜の色をしていた。虎柄といわれる縞はほとんど形を成さないほど、暗くて艶やかな青と黄が混ざり合っていた。その短く整えられた毛並みは美しく、まるでこの子が機械生命体であることが信じられないほど、一本一本命に満ち溢れている。
「この子は小夜。私のアウターなのだ。」
「ふわぁぁ……あら、あなたがお弟子さんでしょうか?これから時雨様と仲良くしてやってくださいな。」
こちらはこちらで小さい見た目とは相反するしゃべり方をしているが、もう十分に慣れてしまったのかあまり驚かない。ぼくは軽く会釈をしてそれに応える。
「ああ。よろしく、小夜。ところで属性は?」
「もちろん、雷ですよ。それも時雨様があなたの指南役に選ばれた理由の一つでしょう。」
「なるほど、そういう事情があるんだね。」
「挨拶も済んだところで、さっそく授業に向かうのだ!」
そういうとグレが僕の手首を取る。そのままグレが手を引き、僕を引きずり回すかのように、強引かつ興奮が抑えられない足取りで教室に向かい、歩き出した。
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授業が始まる直前、お決まりの転入生紹介がおこなわれていた。
アンナ先生が片手を扉に向ける。
「さて、今日はこのクラスに新しい生徒が来ています。じゃあ、どうぞ。」
顔をこわばらせながら、グレが教室に入ってくる。さっきまで大股で闊歩していた両足も内向きに閉じ、さっきまで男勝りであった身振りもしおらしくなっている。なんだか様子がおかしいな、と少し違和感を抱いているとグレが自己紹介を始める。
「あ‥‥あの‥‥‥須佐時雨です‥‥‥。これからよろしくお願いします……。」
あまりの変容だ。そして初めてこんな滑稽な弱点を見つけたような気がして、僕は思わず吹き出してしまい、それを隠すように机に突っ伏して肩を震わせていた。そんな僕の様子に気づいたグレがキッと僕の方に鋭い目線を向け、僕は笑うのを本能で止めた。
(かわいらしいっちゃかわいらしいが、あんだけボコボコにされたんだ。これくらい許してほしいもんだ。)
グレのあまりに簡素な自己紹介に対し、アンナ先生が少し動揺し、もう一度彼女に話を振る。
「須佐さんは、昨日いらっしゃった須佐大佐の娘さんなのよね?」
「はい‥‥‥一応は‥‥‥」
「一応?まあ、いいわ。知里君の隣が開いているからそこに座ってくださいね。」
うまく自己紹介ができなくて少し落ち込んでいる様子のグレが僕の隣に座る。その小さな手をいじり始め、指と指の腹をこすりつけてその寄る辺なさを紛らわせているようだ。
あまりの変貌ぷりが気になって少しからかってみる。
「なんだどうした?さっきの勢いはどこに行ったのさ?」
「うるさいのだ‥‥‥学校なんて行ったことがないからしようがないのだ‥‥‥‥」
「そっかそっか。」
(これはマジで苦手なのかな……)
グレは精根つきたかのような様子で、僕に弱弱しく答える。その言葉尻には他の介入を拒絶するような、そんな冷たさが漂っていた。僕は一方的な尋問みたいになってしまいそうだったので、グレの意を汲んでこれ以上は問いたださないことにした。まだ彼女に会って一日しかたっていない、彼女の懐に無理に入り込んでは修行に差し障ると感じたからだ。
僕の目的はあくまで、アウターを覚醒させること、それまで自身を守る術を身に付けることにすぎない。こんなけなげな女の子を師にしてまで強くなろうと思ったんだ。轟さんや理事長の意向を無碍にすることなんてできやしない。
そのまま授業が始まった。グレは僕だけを学校の中の居場所にするように、放課後までなにげなく僕のそばに引っ付いて離れなかった。僕も他の誰とも会話しないグレの様子を見て、来るもの拒まずの姿勢で彼女の様子を静観することにしたのだった。
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放課後になって、僕はグレに呼び出され、第一修練場に向かう。修練場は訓練場とは違い、実戦的な訓練は行わず、おもにアウターなしの体術、武術訓練に使われる場所だ。実戦を前提とした訓練に重きを置くアウターアカデミーでは使うものが少ない。入ってみると埃っぽい空気を夕日が照らし、汚らしいおんぼろ道場は浮遊物のきらめきに包まれていた。そこにポツンと正座をして待っている女の子がいる。
師匠だ。
「師匠!お待たせしました!」
「遅いのだ!友和!」
「運悪く日直でして‥‥‥すみません。」
ばつの悪い僕は、頭をかきながら師匠に言い訳をして軽く頭を下げる。師匠は頬を膨らませて少しイラついていたがスッと真剣な表情にもどり、僕を手招きして目の前に座るように促す。彼女の前に僕も正座する。
正座をする彼女はそのちぐはぐな見た目に反し、目の奥に凛とした強さを秘めていた。その真摯な目の見据えるものは僕にはまだわからないと、自覚させるほどであった。
師匠が説明を始める。
「いいか、友和。私が教えるのは<刀戯>なのだ。刀はそのまま、戯は遊戯の戯だ。ツァーラント語の他にも、日本語はわかるであろう?」
「はい、故郷ではその二つで話していましたから。」
「そうか、では実際にやってみるのだ。」
「え?もうですか?」
「習うより慣れろ、よく言うのだ!」
そういって師匠は立ち上がる。背中に差した二本の刀を抜くと、胸の前で刀をクロスするように構える。その小さな体には似つかわしくない刀であったが、まるで食材がわからないのになぜか美味しい異邦の料理のように、その構えには全体的な調和が施されていて一部分だけから生まれる「違和感」などはもうどこにもなかった。
「ほれ、私に向かって打ってみるのだ。」
あごをくいっと動かして、師匠が指示する。その様子から見てとれるのは余裕そのものといった感じで、剣士特有の静かさを醸し出している。僕もそれに応え立ち上がり、彼を中段で構える。
「行きますよ。」
「早くするのだ。」
剣を振り上げ彼女の脳天目がけ、斬りかかる。思い切り打ったのは、昨日のように必ず見切られるとなぜかわかってしまうからだ。
だが、やはり。
僕の振り下ろしたアウターは師匠の剣に受け流され、彼女の右足のそばに誘導されるように落とされた。すぐさまアウターをそのままの向きで、師匠の体を下から上へ袈裟切りにするよう右上に斬る。今度はその軌道を左上に修正されるように、その力を分散させるように御される。振り上げたアウターはそのまま勢いに乗って僕の手から吹き飛ばされそうになる。
どうにかして持ち手を離さないようにとアウターに気を取られていると、峰を僕に向けた左手が振り上げられていた。僕は絶対に当たってしまうことを確信し、痛みに備えて目をつむってしまう。
「ストップ!!そのままで固まれ!!」
そういうと、彼女は頭上に振り上げた刀をそのまま、動きを止めた。僕もどうにかそのままの体勢を保ち、師匠に顔を向ける。
「さあ、友和。次はどのような攻撃が来る?」
「その刀を振り下ろすのでは?」
「本当か?」
「え?はい……」
「いいのか?いいのだな?」
「え?」
彼女のなにかをたくらみ不気味な笑みをたたえる顔を見て、僕は首筋から冷や汗をかいてしまう。
(なんかまずい!)
そう思った瞬間、彼女は右足を小さな体の真横まで上げて、僕の横腹に強烈な回し蹴りを打ち込む。唐突な衝撃に僕は腹の力も入れられずそのまま吹き飛ばされた。
ぼくはあまりの痛さに身悶え、呼吸ができないような苦しさを、大げさな咳をしてどうにか紛らわせようとした。
「情けないのだ、こんなにかわいらしいおなごに蹴り飛ばされ、のたうち回るなど!ふはは!」
「師匠!あんたは例外だろ!」
「友和よ、なぜおまえは刀が来ると思った?」
師匠がまた目を据え、真剣に僕に尋ねてくる。
「いや、どう見てもそうくるとしか。ていうかあまのじゃく的に僕の答えと違うことをしただけでは!?」
「いいや、この攻撃はすでに決まっていたのだ。おまえが刀を振り上げたときにはな。」
「決まっていた?」
「おっ、ただのウスノロだと思っていたが、いい目の付け所なのだ。唐変木のお前でも少しは才があると見えるのだ。」
「ほめてるのか、それ?」
ぼくはやっと痛みの治まった体を直し、また正座に戻る。師匠は双刀を背中に収め、得意げに人差し指をたてながら説明を始めた。
「いいか、<刀戯>は文字通り刀の戯。刀の交わりのなかに戯曲を定めつつ、余地、つまりあそびを見つけそこに付け入る剣技なのだ。」
「????」
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今後とも、『Exception for Equilibrium ~僕だけ<刀>って、何事ですか??~』をよろしくお願いします。