第七話 師事
最後までお付き合いください。
「知里友和、知里友和。至急、理事長室まで来なさい。」
須佐さんが授業をしたその日の放課後、僕は急に校内放送で呼び出された。僕もアウターのことについて先生に聞きたいことが山ほどあったので、呼び出しにも拘らず好都合だと思った。
さっきの戦いでアウターなしの恐ろしさをいやというほどに感じた。だからこそ、この招集は救いの手を差し伸べられているように思える。こんな偶然あるのだろうか、とナイスタイミングな呼び出しに気持ちがはやった。
ついに覚醒をする方法が見つかったのか。ついに自分も真の生体鋼外殻機動士になれるのか。そういう期待に胸を膨らませ、理事長室に早足で向かった。
「失礼します。知里友和准尉であります。」
「おお、来たか来たか。」
アルキス=ゴルゴーン理事長が深い社長椅子に座りながら、飄々とした様子で僕を迎え入れる。ゴルゴーン理事長は帝国との戦いにおいての英雄、六大竜機士に数えられた一人である。理事長は第一次魔法大戦における最後期の激戦、ナルトミア撤退戦において防御線を保ち続けた老練の英雄だ。2メートル近い身長、だだっ広い背中、皺が深く刻まれた顔面、その気さくさの中に垣間見える死線の数々。老兵だからこその余裕と風格がある。
理事長はすでに現役を退いており、その人望から特別分校に赴任したらしい。
六大竜機士、高名な理事長以外の<英雄>は住んでいる地域によってさまざまな派生があるそうだ。共和国全体では六人以上の人間が<英雄>に設定されている。しかし実際には、共和国において幻獣化を成し遂げた人間が共和国に六人だけいるといわれており、その六人が正式な六大竜機士と公認さているはずだ。
理事長がこちらに椅子を回し、僕の顔を見る。
「君、まだアウターが覚醒していないんだって?」
「‥‥‥はい。一度インカムで小さい声が聞こえただけです。」
「そうか、やはりどうにかしないとな。」
「なにか解決法が見つかったんでしょうか!?」
僕は身を乗り出して理事長に迫る。もうなりふり構ってはいられない、そんな態度を丸出しにしている僕。理事長だからと言って関係はない。それに対し、理事長はゆっくりと目を閉じ、息をつく。
「それがね……わっかんないんだ!!!」
理事長がその巨躯に似合わず、おどけて見せる。砕けた態度をとる方だとは思っていたが、僕はあまりに突然で反応ができない。見てはいけないようなものを見てしまった、そんな気さえしたが、怖いもの見たさというやつで黙々と、そして真摯に理事長を見つめてみる。
(ていうか、わかんないのかよ!!)
「あれ、反応が薄いな~、おじさん傷ついちゃうなぁ~!」
コホン。理事長がわざとらしく咳払いをして、空気を仕切りなおす。
「まあね、解決法は見つからない。というか、解決するにも君の場合、”例外”過ぎるからね。前時代文明機はわからないことだらけだし。
とはいうものの、今日の実戦訓練で気絶しちゃったんでしょ?」
「恥ずかしながら‥‥」
「まあ当たり前っちゃ当たり前だ。魔法を使えない初期の共和国軍よりもきつい状況だよ。あの時でさえ遠距離から攻撃する手段があった。飛び道具もない、魔法も使えないじゃ対抗手段がほとんどない。」
「ですよね・・・・」
ぼくは理事長の前にもかかわらず、思わずため息が出てしまう。
「でも落ち込むことはないさ。」
「え?」
「君には、剣術の才能が、というよりマナの潜在的な歴史特性が備わっているからね。覚醒以前であってもある程度剣術をマスターできれば死ぬことはなくなるだろう。」
「歴史特性?」
「ああ、君が祖先からいただいたものだよ。アウターっていうのは単に君の生体情報だけで別個体を選出して作られているわけではない。それは知っているね?」
「はい。マナの歴史情報に基づいて、パイロットとゆかりのある前時代の伝説や神話に登場する幻獣や霊獣を、潜在的信心を糧に辺縁精神体として輪郭を形作るように具現化する。それが霊魂、つまりアウターの感情や意志である。その霊魂をアウターに降霊術で移植し、その霊魂も選出された別個体と親和性がある、ということでしょうか?」
「その通りだ。アウターの特性は生体情報と歴史情報の二大要素で構成されている。つまり生体情報に一度目をつむれば、歴史情報が色濃く反応したせいで剣が顕現した、と考えられないか?」
「なるほど、確かに‥‥‥」
僕は唸るような声を小さく出しながら考え込む。確かにそうだ。ただ「生きていなさそう」な見た目に引きずられ、生命的なところに問題があると目をそちらにばかり釘付けしていた。
しかし、そのような歴史にはほんの少しの心当たりしかなかった。
「でも僕の父が剣士であったことは知っていますが、僕は辺境生まれですし、そのような歴史があるとは到底思えません‥‥」
「いいや、歴史特性は生体特性と並び絶対のものだ。この顕現はあからさまに剣に愛されているという証明に他ならない。ということは剣の才を伸ばしておけば、覚醒したときなおさら強いアウターパイロットになれると思わないか?」
「やっと糸口が!ん?待てよ‥‥‥」
もう一度熟慮した。ぼくの矮小ネットワークにそんな都合のいい人がいるのか?と考えてしまった僕は脳内に検索を掛ける。しかし、
「教えてくれる当てなどありません‥‥‥」
一瞬希望が見えた。が、そんな知り合いがいないことに気づいてしまい、希望という砂の塔が潰える音が聞こえる。肩を落とした。最近落ち込んでばかりで、落とす肩もそろそろ品切れになりそうな勢いである。
「フハハハハハ!」
理事長が高笑いする。
「何がおかしいんですか!!」
思わずムキになって、理事長の豪快な笑いに対し僕は少しむくれてしまう。
「いや、すまんすまん。まあそう怒るな。その困り顔を待っていたんだよ。田舎生まれの君がどうせそんなあてがあるはずもないと思って、私が紹介しようと思ってね。だからわざわざ君を呼んだのだ。」
「‥‥本当ですか?」
「私がつまらない嘘をつく人間に見えるか?じゃあ入ってきたまえ。」
そういうと理事長室に、どうみても僕より幼い女の子が入ってくる。女の子はドアを勢いよく開け放ったのにもかかわらず、なぜかもじもじしていた。ドアが勝手に開いちゃったのかと感じるほど、ドアの音と彼女の自信なさげな顔は不釣り合いだ。だが、呼吸を整え理事長室に踏み込むと、大げさな足音とともにあまりに大きな声で宣言した。
「須佐時雨だ!お前の師匠になれとパパに言われたから仕方なくなってやるのだ!」
(師匠?何言ってんだこの子‥‥)
率直な感想とともに、須佐の二文字に注意が向く。
「須佐って・・・・轟さんの娘さん・・・・?いくら何でもこんな小さな子じゃ・・・・」
そういうと、さっきの態度が嘘だったかのように、高慢で不機嫌な顔つきに変貌する。この子は表情をボタン一つで変えられるのかと思うほど機微が感じられない。コロコロ表情が変わるなんてものじゃない、バタンバタンと切り替えられている、そんな感じだ。
「師匠にむかって何て言い草なのだ!お前と同い年なのだ!」
「ははは、あんまり年上をからかっちゃだめだよ。面白い子だなぁ。ねえ理事長?」
僕は朗らかな笑いを浮かべて理事長の顔を見るが、理事長の顔がピクリとも動いていない。どうやら、虎の尻尾を踏んでしまったようだ。
「‥‥‥え?」
「いや、知里君よ。彼女は君と同い年だぞ。須佐君がぜひともアウターアカデミーに娘を転入させてほしい、ついでに昔のよしみで友和も鍛えさせるといって、明日から同じクラスだ。それよりも、ねぇ‥‥。」
理事長が時雨さんのほうを向いて明らかに苦虫をかみつぶしたような顔をしている。僕も自分に向けられたただならぬ殺気を扉のあった方から肌で感じ取り、恐る恐る彼女に目を向ける。
彼女が小さな手をコキコキ鳴らしながら、歪んだ笑いを浮かべていた。中途半端に切り替えられている表情は奇妙なバランスを保ってる。笑いながら怒りに震えていることは一目瞭然、火を見るより明らかというやつだ。
「いきなり師匠を馬鹿にするとは、いい度胸なのだ、えぇ?」
「いやだなぁ‥‥‥冗談だよ、じょ・う・だ・ん。ほんのジョークだってば!」
あまりの殺意に自分でも制御のできない軽口が僕の中から叩き出る。しかし、いややはり、彼女の様子が変わることはない。感情に身を乗っ取られているように、ゆらりゆらりと確実に僕との距離をつめる。まるでギロチンの刃が勢いを殺しながら迫っているみたいに、長い時間殺気にさらされる。
(じらしプレイってことぉ?このいけずぅっ!)
まともな思考はできていないだろう。自覚はするがもう止められない。
「冗談言える余裕があるなら、しごきがいもあるのだぁ!!」
「ひぃ!!」
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その後僕は、理事長の見守る中そのまま滅多打ちにされ、なすすべもなく本日二度目の気絶をしたのだった。
時雨さんとの修行、先が思いやられるな、これは。
最後までお付き合いいただきありがとうございました!!
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今後とも、『Exception for Equilibrium ~僕だけ<刀>って、何事ですか??~』をよろしくお願いします。