第三十四話 友との誓い
最後までお付き合いください!
「ともかずーー!!!よくやったのだぁああああ!!」
ステージに乗り込んできた師匠が僕に向かって全速力で走りこんでくる。
まだ決闘の残り香が漂うこのステージに乗り込む師匠。これはまさか全く周りが見えていないのか?
一直線。足場の悪いステージにも拘らず彼女はそれをものともせず突っ込んでくる。
なぜかは知らないが物凄い危機感が芽生えた。
ダンの攻撃なんか比にならないくらいの無駄のない突撃。
「うおおおおおおお!!よくやったのだあああああ!!!」
「し、師匠?速い、速くない?うわっ……ふべええ!!!」
僕の腰を師匠の両腕が捉える。姿勢の低い高速タックルだ。
僕は決闘の後で気が抜けていたのか彼女の猛突を避けることができず、勢いのまま彼女を上に後ろへ吹き飛んだ。
視界が一瞬でぐるぐると転回し、ちょっとだけ意識が飛んだ、気がした。
目を開けるときれいな夕焼け空が目に入ったが、そんなことよりも師匠だ。
師匠は親に抱き着いてくるあどけない子供のように僕の体に抱き着いている。
「あ…あの、師匠?」
「すごかったぞ友和!!今までで最高の<観劇>だったのだ!!
一発も当たらないなんて見直したぞ、我が愛弟子!!」
「いや、そんなことよりも……」
「すごかったのだ、今までとは違って鬼気迫るといった感じで!!
少し見惚れてしまったのだ!!
どうしたのだ、いつもは腑抜けた顔と態度なのに!!」
「……まあ、師匠のことを馬鹿にされたので……。どうしてもそれだけは許せなくて……。」
「え?私のために?」
「てか師匠、そんなことよりこの体勢はまずいんじゃ。観客が刺すような視線を向けているんですが……」
「ん?………あ。」
「それに、姉弟子が殺気満々で僕に迫ってきているんですよ。
まずいですよ、このままじゃやられちゃいますよ!!」
師匠が自分の行動を顧みたと思うと、見る見るうちに顔が紅潮する。
それもそうだ、他意のない抱き着きだとはわかっていても、この状況、すごく恥ずかしい。
彼女はそれに加え人見知りなのである。感情の制御が苦手な彼女は戦勝の喜びに任せて、このような行動に出たのだろうが、そんなことを観客が知る由もない。はたから見ればただの仲良しバカップルである。
そして何より、ゆらりゆらりと迫る姉弟子だ。
嫉妬に狂っている彼女は僕だけしか眼中にないようにじりじりと迫っている。
まずい、まずすぎる。このままではジェラシーの波に飲まれもみくちゃにされる。せっかく無傷で勝ったのに決闘の後に体がボロボロにされてしまう。
「師匠、ほ、ほら!!早くここから出ましょうよ!利害は一致しているんだから!!この視線痛すぎるでしょ!?僕も今、生命の危機なんですよ!!!」
「う……うん。」
「ほら行きますよ!!さあ、早く!!」
僕は彼女の肩を持って体を起こし、急いで立ち上がる。姉弟子はもうすぐそばまで来ている。畏怖の視線を少しだけ姉弟子に向けその様子を確認するが、やはり変わった様子はない。嫉妬に歪んだその顔を見るだけで背筋にいやな汗が流れ、鳥肌がゾワッと立つ。
時間がない。こんなことしたら火に油だったかもしれないが、もう手段は選んでいられなかった。
もじもじとしてなかなか動き出さない師匠の手を取る。
姉弟子に背を向け一直線に、師匠とともに走り出した。
「ちぃ~りぃ~くぅ~ん~?お姉ちゃんに抱き着かれるだけでは飽き足らず、手を握るなんて何してるのかなぁ~?」
「ひぃ!!」
少しずつ離れているのに、その威圧感は変わらない。全速力で逃げているのにもかかわらず師匠が骨抜きになってしまっていて、思うように距離が開かない。
そして、姉弟子が一つ深めに呼吸したと思うと、いままで緩慢だった歩みを切り替え、地面を踏みしめる本格的な追跡を開始した。
「許さないんだからぁあああああああああ!!!!!」
「いやああああああ!!理不尽すぎるうううううううう!!!!」
「しょうがないのだ……友和が悪いのだ……」
後ろで引きずられるような師匠は、何かぶつぶつ呟いているがもうそんなことは関係ない。
今は逃げなくては。
命を懸けた決闘の後、それよりも危険そうな決死の逃避行が始まる。
(笑ってしまうくらい充実した一日だぁ!)
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一通り恐怖の鬼ごっこに興じ、逃れる術もないままらくもんの頭ぐりぐり悶絶攻めを受けた僕は、生気が一気に抜け決闘後より明らかに疲れていた。僕一人だったら何とか逃れられたかもしれないが、手をつなぐ先にはたじたじになったグレさんがいたのだ。それが足かせになって僕は簡単ににつかまり、いわれのない拷問を受けた。
そんな我々、「仲良し」三人組はたけちゃんの体調を確認するために医務室にいた。
昨日の今日でまた医務室に来た我々は、入った瞬間女医さんに怪訝な目を向けられたが、けがをしているのは誰もいないということで、何を咎められようかそのまま堂々お邪魔した。
正確に言えば僕の頭はじんじんと痛んでいたが、そんな言及をすることもない。
まずはたけちゃんの様子を見るのが最優先だ。
「またあなたたち?今日はどうしたのよ?」
「あの、一年A組の武野航が決闘の後ここに運び込まれたと思うんですが……」
「ああ、武野君ね。お友達?」
「はい……。それで、たけちゃんは大丈夫ですか?」
「うん、問題ないわ。彼が倒れたのはおそらく神経毒のせいね。生体鋼外殻が運よく装着したままだったから解毒処理が迅速に行われて、命に別状はないわ。」
「そうですか、ならよかった。でも毒だなんて……」
「まあ、九十九闘技は何でもありだからね。何かに刺された跡があったからそこからおそらく毒が注入されたんでしょう。」
「刺された?たけちゃんは攻撃をいなし続けていたのだ。そんなことはないはずなのだ!」
「たしかに。私もそんな攻撃を受けたようには見えなかったけど……」
グレとらくもんがその報告を聞いて訝しむ。確かにそうだ、ジルイは攻撃を続けていたとはいえ、たけちゃんに一撃を与えたところはまるで見なかった。いつの間に攻撃を当てたのか、見当がつかない。唯一彼とジルイが接近した決闘の終盤に何かがあったのか?でも、あの時彼は生体鋼外殻を側にはおいてなかった。疑問はさらに深まっていく。
「詳しいことは決闘を見ていない私じゃわからないけど、せっかく来たのだし面会していってあげて頂戴。気丈にふるまってはいるけど、悔しくないはずはないだろうし。」
「……わかりました。」
「じゃあ、こっちよ。」
女医さんがたけちゃんの元へ案内してくれる。
医務室はなかなか広い。扉の前からではたけちゃんがどこにいるかはわからなかった。
「ここよ。」
部屋の奥まで進むと、女医さんがカーテンを開け、たけちゃんと対面する。
彼は笑顔だった。すっかり体調はいいといった様子でベッドを曲げて、座っている。
こういう時なんて話しかければいいかわかりかねていた僕は自分から話し始めることはできなかった。
「おう友和!決闘はどうだった!?」
「……一応、勝ったよ。」
「まじか!?それはめでたいな。あ~あ、我が友の雄姿見たかったぜ。」
「しょうがないよ……毒、だったんでしょ?」
「たけちゃん大丈夫?私、すっごい心配したんだから!」
たけちゃんの目線が落ちる。明るく振舞ってはいたが、やはり悔しそうだ。
彼が一回戦で負けるなんて僕は想像もしていなかった。クラスの中でもトップクラスに武芸に秀でていたのがたけちゃんだ。生体鋼外殻の種類が所謂「強力な部類」ではなくても、彼の戦闘スタイルとモウ太の装殻態はシナジーを生み、クラスで五本の指に入る機動士だったのは間違いない。
僕だって、親友が負けたのは悔しかった。ならば、彼自身はなおさらだろう。
彼が、小さな声で話し始めた。
「……そうだな、いきなり体の力が抜けたんだ。無様な倒れ方して心配かけたかもしれないな。
あれは、俺の不注意が生んだミスだ。どうやって毒を仕込まれたかはわからないけど、回避できなかったはずがない。
……俺はまだまだだな。」
彼はゆっくりと語る。かみしめるように紡がれる言葉は、節々に悔しさが滲みだし聞いているこっちも辛くなってしまう。だが、一番悔しいのは彼自身だ。
「『採血と輸血』は九十九闘技の他にもチャンスはあるよ。」
「ああそうだな。」
少し投げやりに彼はつぶやく。落ち込んでいる。この気持ち、僕には痛いほどわかる。自分の力不足を嘆き、今までの努力が無駄なものとしか思えなくなること。修行の前にダンにボコボコにやられたこと、修行が始まってもグレには一度もかなわないこと。
だが同時に、今の僕だから、こそそんな気持ちを晴らす方法を知っていた。ダンを倒したときの爽快感、修行が報われたときの達成感。
今まで、僕を気にかけてくれていたたけちゃんに恩返しをする時が来たと、僕はそう思った。
「……よかったらさ、これからは一緒に修行しようぜ。
それで強くなって、次こそは絶対に勝つんだ。」
「……いいのか?」
「ああ、たけちゃんと僕の仲だ。
むしろ僕からお願いしたいぐらいだよ。このまま修業が激化すれば死にかねないからね。」
たけちゃんが悔恨で固まっていた顔を少しだけ緩ます。
思わず笑ってくれたようだ。取り繕わない笑みが彼の顔に浮かぶ。
「一緒に強くなるんだ。いつものようにさ。いいでしょ?」
「……ありがとう。」
「いや、世話になっている友達が珍しく半ベソかいているからね。
ほら、男の約束だ。」
「うるせえ……」
約束の握手を交わす。これまで何度も彼とは握手してきたかもしれないが、これは何か特別な意味を持っていた。これからの修業、たけちゃんがいるだけで心強い。期待感が胸を満たす。
僕はすっきりした顔になったたけちゃんとしっかり目を合わせ、強く強く握手した。
<九十九闘技第一回戦 終了>
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