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Exception for Equilibrium ~僕だけ<刀>って、何事ですか??~  作者: 艸田見 寛
第二章 憎むべき過去 [半人半獣編]
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第二十話 約束

最後までお付き合いください。

 

「時雨様ああああ!!!!」



 地下牢に続く扉をそのままに突っ切り、時雨の前に小夜が駆け込んでくる。体が鋼鉄で覆われている小夜であっても走れば息が切れるし、扉に当たった鼻頭は鋼を通した衝撃でじんじんとした痛みを感じている。だが、そんなことを気にしているわけはなく、彼女の心はすべて時雨に注がれていた。


 地下牢の中で拘束具でがんじがらめにされていた時雨は、その騒がしすぎる大音量にビクッと打ち上げられた魚のように驚いた。そして、牢の中でどうしようもなく考えてしまっていた、過去の悔恨や恐怖は飛び出しそうになった心臓とともに消えてなくなっていた。



「……小夜!?大丈夫だったのだ!?『叢雲』に対峙しなかったのだ!?」


「時雨様……あまり私を甘く見ないでくださいませ!だけど、足止めしたにすぎません。これから外に出るためにはどうしようもなく彼女と対峙します。むしろ、ここにもう向かっているかもしれません。

 いま外に出して差し上げます!!」


「時雨様、お加減は大丈夫ですか?」


「ああ、小夜のおかげなのだ。」


「そうですか、それはよかったです。」



 そういうと小夜は時雨の入っている牢の鉄格子をかみ砕き、中に入る。そのまま彼女を縛る拘束具を引っ張り上げ噛み切ろうとした。だが、鉄とは違い柔軟性を利用して頑丈に作られているのか、なかなか噛み千切れず、おもちゃで遊ぶ犬のように時雨を軽々振り回している。時雨の小さな体が宙に浮き、振り子のように激しく揺れ動く。



「おん!おん!!!!小夜!!危ないのだ!!危ないのだあああ!!!!」


「フゴフゴ!!少々ご辛抱です!!時雨様!!


 フゴフゴ!!もう少しでちぎれます!!


 フンヌ!!!


 ……あ。」



 呆然とした小夜の前で、ブランコから放り投げられたように時雨が宙を舞っているのが目に入った。今までまるでびくともしなかったひもが急に切れたのである。スローモーションのようになった映像のうちで、時雨の口をぽかんと開けた間抜け面が小夜の目に映る。何か悲鳴のような声を響かせてはいるが、後の祭りである。




 ぴしゃり。




 壁に叩きつけられた時雨が、梅雨の時期にアスファルトの上で踏みつぶされたカエルのようになっている。小さな体を壁にはりつけ、そのまま重力がないようなゆっくり緩慢とした滑り方をして、頭からずりずりと地面にその体重を押し付ける。


 静寂。いやな静けさのうちで彼女は四つん這いになってその体勢を立て直す。赤くなった顔を上げるとその目には涙を浮かべていていた。痛みによって自然に出てしまうような涙だ。そう、悲しいとか嬉しいとかの涙ではない。



 彼女はいつも通り怒っていたのだ。



 刀は牢獄の外に回収されている。それならばと、固く握りしめたこぶしで小夜に向かい有り余る熱情をぶつける。容赦のない右ストレートだ。



「だから、危ないといったのだああああ!!!!」




 ゴツン!!





 ……当たり前の話をしよう。やわらかい拳を鋼鉄に向けて思い切りぶつければどうなるか。そう、どんなに勢いがあろうとも人間の出せる速度ではダメージを受けるのはどう考えても。こぶしである。


 そう、悲しい話、こぶしである。


「痛あああああああああああああああああああ!!!!のだああああああああああああああ!!!」


「し、し、時雨様ああああああああ!!!」



 時雨はバカでも何でもない、むしろ頭の良さでいえばアカデミーの中でもトップクラスである。だがぽっと出の湧き上がる激情を抑えたり、操ったり、そういう手段を持ち合わせていない。状況など関係なしに彼女は純粋な感情の表現として暴力を、右ストレートを選んだのだ。


 その結果、彼女は右拳を腹の中で大切にいたわるようにうずくまっていた。そして彼女の周りをぐるぐると回り、小夜が動揺を隠せないでいる。小夜がその鼻先をこすりつけるようにうずくまる彼女の顔に近づけて様子を窺う。


「……時雨様?御手は大丈夫でございますか?その……申し訳ございません。」


 怒りを更なる痛みによって強制的に鎮めていた時雨は体をうずくめ、「オーナー」としてはあまりに格好のつかない姿勢で小夜に偉そうに言う。


「もういいのだ!これくらいなんともないのだ!それよりも早く『叢雲』に会いに行かないといけないのだ!」


「会いに行く?どういう意図であるか測りかねます……。わざわざ衝突を自分からしなくても……」


「いや、必要なのだ。あいつの話を信じる義理はないが、あいつが言うには叢雲はあいつの中で生きているらしいのだ。信じないで後悔するよりも、信じて手間がかかるほうがいいのだ。」


「生きている?……本当ですか!?」


「ああ、詳しい話は上に向かいながらするのだ。小夜!背中を借りるのだ!!」


 そういって時雨が小夜の背中にまたがると、そのまま来た道を帰るように二人は駆けだした。


 -------------------------------------------------------------------------------------------


 小夜の背中にまたがる時雨は遠い目をしながら思案を巡らせていた。彼女はあの実験の詳細をプーカから聞いたものだけしか知らなかった。


 そもそも須佐轟に地下牢を出ないまま救出され、彼女は実験台に上ることはなかった。そして彼が孤児院に乗り込んだ時にはもう、事前情報が流れていたのか首謀者アンドレアス、収容者20名のうちの19名がともども失踪という状態だった。轟は『半人半獣セリアンスロープ計画』、その実験の悪性を重く受け止め、国家への影響を鑑みてその計画を頓挫させ、隠蔽した。そして時雨にも真の事実は伏せていたのだ。


 彼女は「無知」であった自分を許せないでいた。確かに彼女がそれを知りえる手段はない。インターネット上にも、政府に所蔵される極秘ファイルにすら保存されていない。轟とその周辺、彼らだけがその頭の中にとどめていた。


 だがそれでも、巻き込まれたといっても、実験の当事者としてその事実を知らなったことは彼女を悔恨させるに足らしめた。



 彼女がいた地下牢の『左』にいた19人が全員経験した世界。


 かつて寝食を共にした19人がすべて経験した次元の違う恐怖にまみれた世界。



 おぞましい恐怖を自ら体験したいとは時雨も毛頭思わないが、なぜか負い目に感じてしまう。


 しかし、その悔恨はただのマイナスから生まれるものではなくなった。彼女と一番親しかった『妹』のような存在、別府叢雲が生きているとわかったのだ。霊魂に乗っ取られくびきを打たれたまま苦しんでいる。助けを求める自我をも失いかけている叢雲。


 それはまさに由々しき事態であることも、そしてその事実の裏に隠された18人が死んだという更なる事実を突きつけられたことも時雨の心を蝕むように痛めつけている。ただ現実感のない言葉で、のしかかるような恐ろしさが彼女の体をどうしようもなく重くしていた。


 だが、そこにもまた齟齬そごが生まれるような感情が芽生える。


 生きている叢雲を助け出す、霊魂の呪縛を解く、その目的が生まれたことに喜びさえ感じてしまっていたのだ。そう、事実すら認めてしまえば簡単に生じたのだ。もう信仰すらしていなかった神に天罰を祈ることも、死霊に呪殺されるのをまじめに願うことも必要ない。ただ目の前にいる傀儡かいらいと化した叢雲をその拘束から放てばいい。「明確な目的」というものが彼女のいくべき道を簡単に示している。


 そう、いまだ『約束の証』は有効だったのだ。まだ約束を果たすことができる。曇りがかった視界が晴れるような爽快感に身を震わせていた。


 彼女は一点を見つめ、小夜という心強いパートナーとともに最奥が見えないほど広い実験場を疾走していた。


 -----------------------------------------------------------------------------------------




 彼女らの前に鋼鉄の鎧を身に付けた半人半獣の騎士が立ちはだかる。この対峙は決定づけられていたようにその二組は驚くこともなく、形式ばった決闘のように真正面に相手を据えていた。その間に流れる空気は重く、呼吸をするにも意識を必要とするほどである。


 怒り心頭といったところか、マナ・ジャミングによって一時的に体の自由を奪われ、そのままほったらかしにされていたプーカは、対面する冷静な彼女たちとは違っていた。


「チッ!!最初からそっちを狙っていたってことかよ!!そうか、そうだよな、俺もパイロット無しのお前を踏みつぶしたからってつまらないってもんな!!!」


 プーカが熱のこもる叫びをぶつける。だがまたもそれを虚仮にするように、彼女らはこれから激突するであろう相手、背中に向けて曲がる二本の角を持った半人半獣の分析、情報共有に執心していた。


「あれが叢雲の装殻態?なんの動物なのだ?」


「一応、今は『プーカ』と名乗っております。ケルト系霊獣の黒山羊を基にした悪性の強い霊魂です。」


「そうか、山羊か。では早速、叢雲に戻してやる。


 小夜は常時あいつの霊魂を観察できるよう感知魔術を発動しておくのだ。そのほころびをついて、あの不逞の輩を体外に引きずり出せ。


 そのためにも命令をできるだけ簡略化したい。音声の指示、簡易コマンドだけに反応するようにするのだ。脳のイメージは汲み取らなくていい。お前は魂を分離させる方法を何としても見つけ出すのだ。」


「了解しました。」


 簡潔で的確な会話が彼女たちだけの空間というものを作り出していた。その輪から外れていたプーカが不満げな顔をして、彼女らに突っかかる。


「おいおい!!そうか!秘密の作戦会議ってやつかぁ!?


 もう待ってらんねえからな!!」


「その前に、一つ聞いてもいいか?」


「なんだ!?機動士パイロット!!」


「叢雲は確かに生きているんだな?」


「なんだてめえ、やっぱりバカなのか?霊魂の融合がそもそも完璧にできるはずないんだ、肉体の持ち主であるあいつの魂は絶対に必要なんだよ!!!!」


「そうか、それだけ聞ければよかったのだ。お前は前時代文明機ラプラスに作られ、勝手に融合させられたのかもしれないが、やり方がやり方なのだ。


 全力で行く。」


「ああ?当たり前だろうが!!そうだ、そんな御託はいいからさっさと始めんぞぉ!!」



 プーカが槍を構える。するとそこから延びる三つの切っ先からそれぞれ魔法陣が展開され、三つの小さな竜巻が起こっている。互いが纏う風をこすりつけ、キリキリといった甲高い音が鳴り響く。



「食らえェ!!」



 竜巻が指向性を持ち、外に向けられた力を内側に押し込み凝縮したと思うと、そのまま対面する二人に三本の風の槍が襲い掛かる。三方向から迫る風の槍は生命を持っているかのようにまっすぐ二人に攻撃を仕掛けてきた。



 しかし二人は動かない。


 殺傷に特化した切れ味のある突風が目の前まで迫っているのにピクリともしない二人を見て、プーカは怪訝そうな顔を向けていた。



 すると六つの小さなドーナツ型をした物体が彼女らの少し上を囲むように浮遊しているのが、プーカの目に入る。



「なんだ?あれ……?」


 その瞬間、金属体からけたましい雷が落ち、突風を弾く。一本一本落ちたまま消えない雷撃が鉄柱を模し、檻のように彼女たちを囲む。そのまま檻が目の眩むほどの閃光を放ち始めた。




 閃光の中、時雨が呟く。


「『約束』の時なのだ。いまここで、二人で抜け出すのだ。叢雲!!!」


 時雨と小夜が目を合わせる。


「展開なのだ、小夜!!」


「はい!時雨様!!」



 まばゆい光がさらにその光量を増し、緑色の暗色ランプで照らされていた実験室を白の光が一気に侵食する。目の前にいるプーカは眼球を貫くような光に、鋼鉄の仮面をつけているのにもかかわらず、腕で顔を覆い、瞼を落として光から逃れようとしてしまう。



 プーカが目を開けることができるようになった時には、すでに時雨の展開が終わっていた。



 彼女の両手両足、正確には上腕の半分、太ももの半分ほどまで真っ白な大理石のような鋼が纏わっている。ほとんど虎的な特徴は消え失せていたが、強いて言えば頭上につけられた二つの四面体状の脳波感知センサーが耳を表し、彼女が既に持っていた二刀が以前の長さの1.5倍まで伸びているのが、牙を模しているのか。


 ただ、プーカはそれを見て少しおののいてしまっていた。恰好自体はほとんどアウターパイロット的な特徴であり、驚くほどではない。しかし、先ほど雷撃を落とした<ドーナツ型>が彼女の背面にまるで仏像の挙身光のように広がっている。そこから真っ白な稲光が彼女を守るように常に放たれていたのだ。彼女の特徴的な黒と灰色の混じる髪ですら真っ白に色を変えている。



 展開を終えた時雨が、機械的なやり取りしかできなくなった小夜にいまだ命令を下していた。


「肘関節からマナ回路を露出させる。刀に接続口、露出させるマナ回路の先端に接続口に対応した接続プラグをそれぞれ新たに設立。接続完了後、戦闘を開始する。」


「了解。‥‥‥‥‥設立完了。


 プラグ射出。接続完了。マナ供給に問題なし。」


 そういうと肘からひも状のコードのようなものが柄の先端に差し込まれる。黒いコードから漏れ出るようなマナの光が見えると、刀身にも白い稲光が帯び、刀の威力を底上げしている。


「戦闘を開始する。お前は分析に集中するのだ。」


「了解。感知魔法展開。霊魂の融合状態の分析を開始。」



 戦闘開始は静かに、時雨の口から告げられていた。まるでさっきの竜巻がなかったことのように、身勝手に始まったのだ。


 時雨が白い光を纏いながらプーカに突っ込む。後ろにあった六つの<ドーナツ型>のうち二つがそれに先行して、敵の真上へと移動した。


 それに対し、驚いて身が固まっていたプーカは危険を感じ取り、後ろへと下がる。




 ズギャアン!!!


 二つの稲妻が、彼女の前に落ちた。プーカはこれを合図に身勝手に始まった戦闘にようやく身が入る。彼女もまた槍の穂先を迫る時雨に向ける。今度は3つではなく大きく肥大した1つの竜巻がその切っ先でうねるように乱回転していた。


「止まれぇ!!!」


 台風を二つの浮遊体を巻き込むように時雨に放つ。だが時雨はひるまず突っ込んでくる。残る四つの<ドーナツ型>が時雨の前に展開されると、それぞれが電撃によって共鳴するようにつながり、稲妻の壁が出来上がる。白く今にもはじけてしまいそうな強力な電気を放つ壁が彼女を守る。



 激突。


 物凄い鳴動が実験場に響く。そこにあった実験道具が風によって巻き上げられあたりはすでに原形をとどめていなかった。風と雷の激突はまるで積乱雲の中にいるように激しさを増していく。



「破れろおおおおおおおおお!!!!!!」



 威力が増す。だが常時雷の放たれる流動的で頑丈な壁はそれに対していつまでも耐える。




 しばらくすると台風が収束する。さすがの威力に稲妻の壁も激突してからは前へと進めていなかった。




 だが、



 その後ろに時雨の姿がない。プーカが目を疑う。


(背後か!!)


 そう思った時にはすでに時雨は切りかかる手前であった。二つの刀が魔術の力を宿し、刀身が見えないほどにきらめいている。そんな刀を持つ時雨ががもう5m後方まで迫っている。


 プーカはとっさに黒山羊の後ろ脚を蹴り上げた。時雨に蹴りを直接当てるためではない、地面に散らばる機具の破片を飛ばすためだ。



 迫る時雨。その前に金属の雨が正面から降り注ぐ。


 不可避のつぶて。<観劇>を用いた回避術で蹴る動作を認知はしていたが、実験器具のひしめくこの場では広範囲に散らばる礫を避ける術はない。



 だが、これでもいとわない。はたから見ればただの猪突猛進でしかないが、しっかりとした理由がある。


 またも雷鳴が轟く。次は地面から少し浮いたところにあった七つ目の<ドーナツ型>からだ。プーカからは見えない時雨の背後にはもう一つ<ドーナツ型>があったのだ。下から上へと突きあがる光の槍が連鎖するように、礫の雨のすべてを捉えた。電気を帯びた金属片が先ほどの勢いが嘘であったかのようにその場で静止し、自由落下を始める。


 それからはほんの一瞬。時雨は手に持った剣をふるうことなくプーカの背中にまたがり、自らの体を固定するように、足からバンカーのようなものを射出しプーカの鋼の隙間に噛ませた。




 時雨が両手をバンザイさせ、高らかに叫ぶ。


「どうどう!こっからは暴れ山羊の調教なのだ!!!!!」


「ックソ!!!!!!」


 慌てて後ろに振り向いたプーカは手に持っている槍を後ろに突き立てる。時雨の目の前で緑色の魔法陣が展開された。それに呼応して彼女も魔法陣を足に展開する。



「<雷法・帯電>!!!」



 プーカの全身を貫く電気が時雨を伝い発せられる。プーカはその激痛によって槍を手放してしまい、目標を失った槍はそこから放たれる風によって発射台をなくしたロケットのようにあらぬ方向に飛んで行ってしまった。



「終わりなのだ。プーカとやら。堪忍しろ。」



 時雨が刀を彼女の背中に向け突き立てる。もう戦闘が終わった。時雨はそう確信していたのだ。あとは叢雲をどうにかして取り戻すだけだ。プーカは黒山羊の後ろ脚をつけた体から力を抜いて、少し猫全ある。ゆっくり両手を挙げる、といった動作の初動を見せていたプーカはその手を途中で止めた。そして、肩を震わせてクククと笑い始める。



(……どうしたのだこいつ、もう打つ手などないだろうに。)


「ああ、そうか、終わりか……ハハハ!!そうだな、二人とも終わりかもなァ!?」


「なんだと?」


「プーカっつうのは、背中に人間を載せて連れ去っちまうっていう伝承のある悪魔だ。連れ去られた人間は誰かもわからないぐらいめちゃくちゃの肉塊にされてな!!!


 つまりそれを反映している俺の、まさに必殺技っつうのが?」


「まさか……?」


「そうさ!そうだよな!!まさに格好のシチュエーションってわけだ!!!!


 背中にまたがるなんて大馬鹿はめったにいないからよぉ!!


 飛ばすぜええええええええええ!!!!!!!!!!!」



 荒れた床に大きな魔法陣が広がる。



「<風法・暴風への(Duet in )心中(The Storm)>!!!!!!!」



 台風。


 まさに台風そのものが彼女たちを中心に巻き起こる。メギィ!!といったような音をたて、一帯のものというものが根こそぎ地面からはがされ、その風の高速回転に乗っている。天然のチェーンソーが彼女たちに向けて迫り始めた。



「フハハハハハはああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」



 プーカがリミッターが外れてしまったかのように、身をよじらせ大笑いしている。台風はどんどんと勢力を増し、風が吹き荒れるというより鉄の塊の集合が推進力を持って破壊の限りを尽くしているといった様子だ。そしてあろうことかその中心がまっすぐに走り出す。中にいる時雨でさえも時々飛んでくる小さな破片に顔や横腹を傷つけられている。



 ならば外は?



(まずい!!このままでは中央都市自体が!!壊滅的なダメージを受けてしまうのだ!!)


「そうだよなあ、このままじゃまずいよなァあ。じゃあどうするんだ!?」


「…………………………」


「あたり一帯ぶっ壊れちまうぞ!!!!!おらああああああああ!!!!!」


「………仕方がないのだ。お前を……殺す!!!」



 唇をかみしめながら、彼女は決断した。


 やっとつかんだ『明確な目的』。果たすチャンスを得た『約束』。これらをかなぐり捨てなくてはいけない状況。やっと手に入った蜘蛛の糸すらちぎれてしまう。彼女はまた行くべき道を見失おうとしていた。


 だが残忍にも、プーカは容赦をしなかった。



「おいおい!これでもかぁ!?」



 すると、鋼鉄の顔面が開き叢雲の顔が明らかになる。その顔がゆっくりと時雨の方へ向きまっすぐ彼女を見つめてきた。



「そのような小細…工……」


「お姉ちゃん‥‥‥‥」



 時雨に向けられる顔。明らかに別府叢雲だった。


 この一日で何度も目にしていた顔。だが明らかに様子が異なる。


 その目、その口、その鼻、その声、その表情、その仕草。


 すべてが叢雲のものだった。そして時雨の中でくすぶっていた本当に生きているのか?という疑念が払しょくされ、強固な確信へと変わる。


 だがそれは決意を今さっきした時雨にとってこれ以上ない、つらく悲しい事実だった。この子を殺せるのか?自分の手でとどめを刺せるのか?



「……そんな……無理だ……無理だあああああああああ!!!!!!」



 突き立ててた刃が、それを握っていた手が力なくだらんと下がった。これは明確な意思表示ではない。頭の中ではとどめを刺さなければいけないことはわかっていたのだ。


 このままでは街が壊滅的な被害を受ける。見た目の上では叢雲が街に災厄をもたらしてしまう。だが体が拒絶するように力がどんどんと抜けていく。



 時雨の慟哭にも似た叫びを聞いた『叢雲』。またも少女は醜悪に顔をゆがめる。



「そうだよなァ!!!殺せるわけねえよなァあ!!!『お姉ちゃん』よおおお!!!!」



 そう叫んだ時、彼女たちは地表へ、教会を突き破るように飛び出た。教会がその衝撃に耐えきれず、そのまま崩れ落ち、台風の凶器に代わるのが見える。


(もう時間がない……どうすればいいのだ……どうすればいいのだ!!!!!)



 悩む。悩む。悩む。だが答えは出ない。もうすでに、上空100mは昇っている。このまま街へ向かえば大災害になる。




 だが、答えが明確に提示された。



 鋭利な針。



 それが時雨の目に入る。プーカが露出したままだった顔、頭の両側面に刺さっているのが見える。すると今まであれだけ狂ったように大笑いをしていたプーカが急に静かになる。




(なんだこれ?どこから!?だれが!?)



 これが答えであるかのような目の前の唐突な状況に時雨は理解が追い付かない。


 その針が伸びる先を辿ると、そこは自分の肘であった。


 そう、迷える時雨を差し置いて小夜が独断で行動したのだ。



「小夜!!何をしているのだ!!」


「命令を実行しています。完了まであと5秒。3、2、1。プラグを抜き取ります。」




 針を抜かれた後もプーカが一向に動かない。手でゆすってみても反応がない。台風も次第に勢力を弱め、どんどんと時雨たちの高度が下がっていく。時雨は明らかに動揺する。涙が目に自然と浮かぶ。そして、彼女たちはゆっくりとした速度で教会の前に降り立った。




「お前、まさか殺したのか!!!」




 時雨が小夜に脳内で問い詰める。ありえないことだ。アウターが命令なしに勝手に行動することなどは絶対にない。だが目の前に起きているのはどういうことか。


(もしや、あの殺すという宣言を音声コマンドとして受け取ったのか!?イメージを遮断していたから本意を汲み取れなかった!?嘘だ…嘘だ!!!)



 すると、脳内から語り掛ける小夜が応答した。



「命令を実行しました。完遂をするには、オーナーの助力が必要です。」


「……なんだと。なんだと!!??殺せというのか!!!この私に!!!!!」


「わかりかねます。命令内容と明らかに趣旨が違います。」


(……え?)


「……え?」



「命令内容を復唱します。


 内容は『小夜は常時あいつの霊魂を観察できるよう感知魔術を発動しておくのだ。そのほころびをついて、あの不逞の輩を体外に引きずり出せ。』です。


 霊魂の融合状態が一種の隷属魔法と検出。自我を失わせ隷属させる<セルフスレイブ>だと判明。オーナーのマナ歴史情報を血を介して注入することで、親しい関係であった保護対象の自我を、辺縁から自己同一性の確立を促すことで覚醒、魂の融合を解除することに成功。


 血液型についてはオーナーはO型、保護対象はAB型なので特に問題なし。


 1分後、分離した魂の肉体への帰属をめぐる拒絶反応が起こります。


 あとは除霊術です。ご命令を。」



 時雨は安心と小夜の優秀さにきょとんとしていた。言葉の羅列の意味は分かったが状況が呑み込めずにいたのだ。そして慌てて涙を拭き、時雨はオーナーの体をとりなす。



「よ、よくやったのだ!!小夜!!」


「あとは除霊術です。ご命令を。」


「除霊の術式など組み込んだ覚えはないのだ!!そもそも私ではマナが足らないのだ!!」


「可能です。私がオーナーの死霊に対する執着に危機感を覚え組み込みました。さらにマナ量の問題でいえば、魔法陣を物理的なもので肩代わりさせることで消費を抑えられます。」


「ああ…そうですか。なのだ……」



 明らかに威厳を落としただろう時雨はあからさまに肩を下げる。小夜がここまで「出来る子」だとは知らなかったのだ。


 一つ安心した時雨はほっと胸をなでおろす。


 だがその時、叢雲の体が明らかに人間ではない動きをして、中で何かがうごめくように痙攣を始めた。口からは泡を吹き,瞳孔がだんだんと小さくなっていく。


 一分後だ。



「まずい!小夜、準備なのだ!」


「了解。」


「というか、魂は問題ないとして、物理的な体はどうするのだ!!」


「プーカは魂をそのまま昇天させれば死んでしまいます。ならば、殻獣態が装殻態になる際の理屈と同じで、転移魔法を用いて保護対象から完全に抜け出て自立した別の器を用意するしかありません。なので、魂が抜き取られれば自然と分離します。」


「……私よりめちゃくちゃ頭良かったんですね。これからは態度改めます。なのだ。」


「いえ、オーナーはオーナーです。まず魔法陣を構築します。」



 すると、各方面でバラバラに吹き飛んでいた<ドーナツ型>が集まり、それぞれが電気を放ち簡易的な魔法陣を構築した。魔術発動コマンドが命令されるはずの小夜の方から提示されると、時雨はそれを選択する。さらにおんぶにだっこなのか、口が勝手に動き魔法発動が宣言された。



「<除霊術・祓魔>」



 すると、ドーナツ型による電気の線から、本来の魔法陣が浮かび上がり、プーカの体をその青い光が覆う。するとまた拒絶反応が強くなり苦しそうに彼女がのたうち回る。口から出る泡はほとんど嘔吐のようで、顔からいくつもの血管が浮かび上がる。



「お、おい!大丈夫なのだ!?」


「問題ありません。」


 時雨が魔法陣の周辺でうろうろしていると、叢雲の顔にある穴という穴から光が放たれた。体中、鎖のような赤い魔法陣が新たに展開され、彼女の暴れる体を締め付けるように拘束する。動きが止まる。


 すると


 暖かな光が崩れた教会を覆いつくした。




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 時雨が歩み寄る。どうしようもない喜びとともに。


「お姉ちゃん……」

最後までお付き合いいただきありがとうございました!!



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