第十五話 十字
最後までお付き合いください。
「叢雲?叢雲なのか?」
須佐時雨は目を見張った。時雨は教室で数多の視線を集め、その圧迫感から逃げるように寮の自室へ戻ってきていた。そんな彼女の目に、いるはずのない一人の少女が映っている。
そう、自ら心の奥底にしまい込み、ぼんやりとしていた時雨の記憶の中でもくっきりとした輪郭を保ち続けている少女。かつて、時雨のことを「お姉ちゃん」だとか「師匠」だとか半ば面白がって半ば本気で呼んでいた少女。あれから3年たった今でも、記憶の中から取り出したかのようにまるで容姿が変わらない少女。
その少女は彼女の部屋のベッドの上で足を組んで座り、ファンション誌を読んでいた。フリルの多い白いワンピースを身にまとい、時雨と同じ「日本」の血統とはあまりに外れている亜麻色に近い明るい茶髪、それをショートカットできれいにまとめいる。
確実に別府叢雲だった。
ドアが開き、須佐が部屋の前で唖然としているのにもかかわらず、彼女は雑誌から目を離さず平然とした様子で読み続けている。部屋の中は、窓が開けっぱなしになっており、部屋を多少物色したのか生活用品が散らかっている。そのように雑然とした中、ポツンとベッドの上に座る彼女は須佐の呼びかけに対してピクリとも反応しない。
時雨は、あまりの驚きで声が出なかったのかと自分を疑い錯覚していた。そして今度こそ確実に声を届けようと一回深い呼吸をしてから、またその少女に呼びかける。
「叢雲?叢雲!?」
やっと、その声が届いたのか叢雲が雑誌から目を離す。顔を上げた彼女の首に下げられた銀十字がきらりと光る。確実に果たされなかったはずの『約束の証』だった。
少女がやっと口を開く。応えるのも面倒くさそうに。
「‥…ん?ああ、お前があいつの言う『お姉ちゃん』か?」
聞いたことのない声。聞いたことのない口調。見たことのない表情。見たことない仕草。
それは確実に叢雲のものではなかった。
そこにいたのは叢雲の形をした『誰か』だった。
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「連れ去られた……?」
僕は予感はしていたが、あまりにこの状況に対して従順で素直な答えに頭が追い付いていなかった。しばらく呆然として口を開いたまま、小夜から出る次の言葉を待ってしまう。そんな僕を気にもかけず、小夜は焦燥を隠せない口ぶりで続ける。
「はい……彼女が、叢雲様が、いや叢雲様らしき人が生きていたんです。
どうしましょう……どうしましょう!?」
いつも冷静で、口数の少ない小夜が錯乱に陥っている。口数が異様に多い。この小夜の慌てぶりを見た僕はやっとこの状況を飲み込む覚悟ができた。しかし、情報というモノがあまりに少ない。
なぜ師匠が?叢雲って?挙げればきりがないほど疑問が浮かんでくる。
「とりあえず、誘拐ってことでいいんだな?!」
「ええ!このままじゃ、時雨様が危ないです。どうにかしなくては‥‥‥」
「とりあえず警察か軍に通報しよう。そうすればおそらく追跡できる。」
僕は携帯電話に手をかけた。しかし、小夜が大声でそれをさえぎる。
「だめです!それだけはだめです!」
「どうして!?あからさまな犯罪じゃないか!」
「軍に知られたらダメなんです!!」
「なんで!?」
「時雨様が!時雨様が殺されてしまいます!これは国家の問題にも発展しかねません!!」
「は!?」
小夜の大げさな言葉に僕は耳を疑った。単なる誘拐、というには僕には簡単すぎる形容になるが、この事件が国家規模になる?それはあまりに大きすぎるように思えた。
「何言っているんだ小夜!?いままさに師匠の命が危ないかもしれないんだぞ!手段なんか選んでる場合か!?」
「いえ、だめです!軍に知れればより確実に時雨様の命は無いんです!」
「どうして!?説明してくれ!!」
小夜がいままで開けっ放しで弾幕を張っていた口をつぐむ。しかし一刻の猶予もない、そう思ったのか意を決したかのように震える声で僕に説明を始めた。
「時雨様は半人半獣計画、国家の汚点となるに足る実験の被験者、唯一の生き残りだったのです。
その計画は須佐轟大佐によって発見、頓挫させ、さらには時雨様の身を案じ闇に葬られました。もし軍所属、さらに言えば謹慎中の科学者の暴走、非道な人体実験が公開されれば、大衆がどう判断するか?
いうまでもなく権威の失墜です。そんなことを国家が許すはずありません。ようやく顔を出した首謀者ともども時雨様も良くて監禁、悪くて握りつぶされるように抹殺される。
今この事実を知っているのは、軍の上層部、大佐、私、時雨様、そしてあなた。もちろん首謀者のアンドレアス、同じ被験者で死んだはずの叢雲様。これだけです。
通報なんてしたら世間に公開されるリスクが跳ね上がるんです。」
僕は言葉が出なかった。小夜から出る言葉のひとつひとつがあまりに現実味のないもののように思われ、目の前に起きているこの状況の巨大さに足がすくんでしまっていたのだ。国家?抹殺?僕にとってはあまりに縁遠い言葉だった。
「‥‥‥じゃあ、どうすればいいんだ?僕たちにできることなんてあるか?」
「ええ、まだ霊的パスは繋がっています。何となくですが時雨様の居場所はわかります。
私たちで、時雨様を助けるんです。」
小夜は、簡単に言った。これほど巨大な問題に足を突っ込もうとしているのに彼女の目はまっすぐを見つめている。
あれほど焦っていたのにも関わらず。口に出してその重大さを再確認したのにも関わらず。
むしろ、あの凶悪な説明をすることによってはっきりした目的を得たようなそんなすっきりした顔だ。
須佐時雨を助ける。
これだけのことだ。といった口ぶりだ。
しかし、そんな覚悟にさらされたにもかかわらず、まだ僕は動揺していた。
(なんでこんな小っちゃくて可愛い虎に僕は説得されているんだ!こんなに僕は意気地なしか!
師匠なんだぞ!師匠が窮地なんだぞ!おい!友和!)
僕は自身を鼓舞しようとしていた。だがやはりそんな覚悟をすんなりできるほど僕は「男」ではない。
死ぬかもしれない、国中から狙われるかもしれない。
そんな恐怖が僕の足を地面から離さない。どうしようもない僕の矮小さがここで浮き彫りになる。だが、このためらいが僕にとって後悔にしかならないことはわかっていた。
(これは僕の『男』としての沽券に関わる。しょうがない、強硬手段だ。)
「小夜!!さっきの何倍も強い力で僕の腕を噛んでくれ!!!」
そう、頭でダメなら体で気合いを注入すればいい。僕の考えた安直で積極的な答えだ。本日二度目、小夜の前にまたも手を差し出す。間髪入れず、何のためらいもなく彼女が思い切りかみついてきた。
「いぎゃああぁぁああぁあぁあああああああああ!!!!!」
腕の痛みが僕の中の邪な不安を払う。ただ素直な、計算なしの意志がその痛みを一助に固まり始めた。
そしてそのまま言葉に出す。
「よし!世話のかかる師匠に一つ貸しを作るぞ!!!」
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(アンドレアス・リカデウスの同僚、共和国軍兵器開発部門・アウター科のある科学者の手記より)
改暦1596年8月12日
アンドレアスが謹慎中の身なのにどこかへ姿を消したらしい。
やはりあいつは何かおかしい。ただ接しているだけであったら、礼儀正しく、共和国、更には軍に最大の敬意を払う良い科学者だ。くわえてその天才ぶりはまさに逸材だろう。共和国への忠誠は狂信的ともいえる。
しかし、その巨大なエネルギーの向かうところがいつもいつも生命を軽んじるような実験ばかりだ。幾度となく止めてはきたが、科学に犠牲はつきものなんて言葉の根源なのではないかと疑うほど、国も知らないような実験に興じていた。小さいことばかり気にして大局を見ないことは戒められるべきだが、あいつは小さいことを見なさすぎる。今回、あのおぞましい実験の計画書が見つかっただけでまだ実行に移していなかったから謹慎で済んだものの。
「半人半獣計画」。このように書き記すのもはばかられる計画だ。それも発育途中の少年少女を被験者に据えることが実験の必要条件だと?悪魔の考える実験だ。成功する確率などごくごくわずかだろう。まるで前時代文明機の域に達しようとしているではないか。そんな蝋の翼は太陽の光に焼かれるだけだ。
しかも、この計画が共和国の発展に大きく貢献すると本気で思ってやがった。実験の話をしている時のあいつの目はどこか違うところを、過程をすっ飛ばしたただの実験成功しか見据えていなかった。このような実験は止められるべきだし、科学者自身も罰を受けるべきだ。
何故軍はあいつを逮捕しないんだ。天才だからか?行き過ぎている。
姿を消した理由がまたよからぬことのためではなければいいのだが。
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