第十話 難題
最後までお付き合いください。
※10/9 トーナメントについて齟齬があったので修正しました。
<九十九闘技>
アウターアカデミーの新入生が入学式の次に体験する行事だ。四回戦以降は学内最大のアリーナ、鋼命闘技場で催され、上級生だけでなく、国の上層部、一般人と、国中の人間が金の卵を見ようとごった返す本格的な学校行事の一つである。毎年入学する百人きっかりの新入生による、九十九回のトーナメント形式で行われる一対一の決闘。8人のアカデミー生、つまり準々決勝まで勝ち進んだ生徒のみに与えられる「採血と輸血」の権利をめぐり、それぞれが鎬を削る。
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「え?エクスブラッドを勝ち取れ?」
無理難題過ぎる提案を修行後に突き付けられた僕は、思わず語気を強めて師匠に聞き返してしまう。
「そうなのだ!授業単位の関係で私は出れないらしいのでな。というか、出る必要もないのだ。」
「だからって僕に‥‥‥、てか、必要ないって?」
「もうエクスブラッドを終えたからなのだ。だが、アウターの覚醒していない友和にとってはまたとない絶好の機会ではないか?」
確かにそうだ。
アウターにもう一度同量の血を注入し再覚醒させる権利、「採血と輸血」。
それはつまりこの権利を享受すれば、覚醒しているアウター(普通覚醒しているものだが)であれば、もう一度、前時代文明機の恩恵を受け、マナ情報に対する機構の再調整、戦闘傾向の反映、マナ増幅率の向上などが望める。戦闘の幅を格段に広げ、アウターがより大きな戦闘力を得ることができるということだ。
チューンアップ後のアウターでも十分に扱えると判断された8人のパイロットにのみ与えられる権利。
僕の場合、この権利を得ることはアウター覚醒の足掛かりにはなるかもしれない。しかし、ほぼ生身の人間にそんな希望を抱く権利すら剥奪されていることは、ダンとの決闘で身に染みるほど感じていた。
「いくら、<観劇>の初歩を習得できたからって‥‥‥」
そう、本日の修業は20日目、あの修行初日から同じ修練を繰り返しているうちに、師匠の打撃の三割は身のこなしで、六割は刀で受け止められるようになっていた。僕は正直自分の急成長に驚いていた。剣に愛されているとは言われたものの、体内に眠るマナがこれほどの効力を持っているとは。
しかし、それと実戦とでは話が違う。師匠の打撃の一割は思い切り当たっているのだ。残り九割だってどうにか必死に食らいついているようなもので、まして攻撃に転じることなど出来るはずもない。そして実戦では一割が当たれば確実にダメージになるし、攻撃が当たらなければ試合が終わらない。
「やけに弱気なのだ、友和?」
「いや、師匠。アウターなしの師匠に対してだって、完璧に躱しきれていないじゃないですか。どんな皮算用をすればエクスブラッドの権利を得られると思うんですか?」
その言葉を聞いた師匠が、それこそ狩人がこの後入る大金を想像しているような、不気味に歪む笑顔を浮かべる。
「友和よ‥‥‥師匠を何回侮辱すれば気が済むのだ‥‥‥」
「はい?」
「‥‥‥私のパパに強制的に参加させられた魔法戦訓練以来、友和は魔法戦はしていない。そうなのだ?」
「はい、お決まり過ぎる気絶をしてしまい、アンナ先生から厳重に止められています。」
「じゃあ聞くのだ。」
「はい?」
師匠がうつむきがちな顔をそのままに、目だけをギラつかせて僕に向ける。
狩る準備はできている、と確信を持つ目。
凛とした強さとは違う、獲物を見据える目。そういう目だ。
小さく、しかし確かに強く
呟く。
「アウター付きの砂利どもより、我が身だけの私が弱いといつから錯覚していた?」
九十九闘技まで、あと<10日>
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師匠のエクスブラッド獲ったるぞ宣言から、3日。
僕と師匠はいつも通りの寂れた修練場でいつも通りの修業、「避けて躱して鍔迫り合い訓練」を行っている最中、刀を止めることなく師匠がしゃべりかけてくる。
「友和よ!」
「なんっっっ、すか!あぶねっ!」
「反撃をッ、許すッ!」
「ッえ?!」
僕は今まで通りの修業にもううんざりするほど慣れてしまったせいか、「反撃」の言葉に思わず、一瞬動きを止めてしまう。もうすでに振り下ろされていた師匠の木刀は無慈悲にもそのまま運動をやめることはなかった。
ガンッッッ!
「うひょぉ!こりゃ直撃も直撃なのだ!痛いのだ痛いのだ!」
師匠が年相応というよりも少し子供じみた様子で、木刀が脳天に当たった僕の周りを嬉々としてぴょんぴょん跳ねている。無邪気な師匠は今までさんざん見てきたが、ここまでコケにされて大笑いされると少しムカついてくる。
頭を押さえてうずくまっていた僕は、師匠の方に強い口調で質問を返す。
「でっ!?なんすか!?」
「そう怒るんじゃないのだ。油断したお前が悪いのだ!!ぷぷぷ!」
「もう、これだから‥‥‥」
「ん?さいきょ……」
「すみません!すみません!すみません!あれだけは勘弁を!!」
あの師匠との邂逅を果たした厄日、かの残虐非道な仕打ちを受けて以来、もう「さいきょういく」の7文字を聞くだけで、いや先頭の3文字だけでも条件反射的に謝る姿勢ができている。これも<観劇>のおかげなのか、師匠に対する危機管理が徹底されつつある。
「ふん!ならよいのだ。
では本題なのだ。そろそろ回避の足さばき、防御における刀さばきを覚えてきたな?」
「まあ、あまり実感ないけど‥‥‥」
「さっきのは例外として、防御に集中すれば私の攻撃はほとんど避けれているのだ。まあ双刀ではないがな。
ということで、今度はその未完成の<観劇>によって、ある程度相手の<余地>を見つけ、そこを叩く練習をしなくてはならない。」
「師匠には万が一にも当たる気がしませんよ‥‥‥‥」
「当たり前なのだ!だが、防御の身のこなし方は、攻撃の身のこなしと根底は同じだ。ましてやこの<刀戯>、防御こそ攻撃と謳う剣技なのだ。地続きであるからおそらく<観劇>よりも早く習得できるのだ。
とは言ったものの、攻撃に集中して、防御がおろそかになってはいけない。防御から作品を組み立てるように、丁寧に練り上げることが肝要なのだ。
そこは忘れるべからず、なのだ!」
「了解っす!で、具体的には‥‥‥?」
「これを使うのだ!」
師匠が指さした先には、さっきから気になっていた黒い布を被った「何か」だった。こんなもの修練場にあったけ?という違和感と、誕生日当日にプレゼントを待ちきれずに明らかにそわそわしている子供のような師匠の様子を見て少しは気になっていた
師匠が大仰に布を引っぺがすと、そこには鋼鉄で作られていると見える黒い人形が立っている。
いやな予感だ。またこれか!
その人形はおそらく僕と同じくらいの背丈で、細身に作られていて全身を黒い光沢で包んでいる。精巧に作られていて、普通ロボットの弱点となりそうな関節部分ですら丁寧に鋼鉄が覆っている。
しかし問題は!いやな予感の元凶は!製作者の悪意が感じられるのは!首から下ではなく、その上だ!
この人形の製作意図は何となくわかってはいるが、それとは明らかに離反した、というより無関係にしか思えないものがある。
滑らかに作られた顔面に当たる部分に、異様に吊り上がった目、今にも裂けそうな口が描かれているのだ。なんだ遊び心じゃないか、意匠じゃないかと思ったら大間違いだ。
こんなものを描くやつがこれを作ったとすれば、製作者は知的好奇心だけをガソリンに動くマッドサイエンティストか、人間ののたうち回る姿が好物のサディストしか浮かばない。この人形のお家が知れるってもんだ。
いや、家か?製作元工場が知れるってもんだ!!
「この子の名を知りたいか!?!?」
やけにウキウキしている師匠は、輝きすぎてそのまま光で僕が丸焦げになりそうな目をこちらに向けている。僕は意図的に彼女から目を逸らし、どうにかその傍若無人な好奇心から逃れようとするも、そうは問屋が卸さない。
「いや、別‥‥‥」
「そうかそうか、そんなに知りたいのだな!!では発表してやるのだ!!」
(聞いて~!!!僕のお話少しは聞いてッ!!!)
「この子の名は!」
なぜかセルフでつばを飲み込む師匠が、うんざりするほど間延びさせている。僕は正座していた足を崩して、胡坐をかいて、そのうえで肘までついてしまって、頬杖までしてしまって。そんな悪態が自然にできちゃうくらいの温度差だ。
師匠が呼吸を整える。
ついに発表するかと思えば今までの興奮が嘘だったように、やけにダンディに声を落として言葉を続ける。
「試作まねっこ上手にできるねぇ人形、エセ剣豪2号機くん、だ!」
また師匠が両手を広げ、吹かない風を全身で受けていた。
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