21.異変の前触れ
初クエストを終えて一夜明けた朝のこと。
柔らかなベッドの上で目を覚ました。
俺は起き上がって窓の外を眺めながら伸びをする。
「あぁーよく眠れた」
その言葉は心の奥底から湧き出るように自然と口から溢れ出た。
ダンジョン生活を3年していたせいで、熟睡した夜は、地球にいた頃の記憶まで遡らなくては見つからなかった。
安眠できる事の幸せさは、分かる人には分かるだろう。
鍛えて身体も強くなったとは言え、精神は睡眠を取らなくても生きていけるようには作られていない。
「年寄りかよ・・・」
そんな細やかな幸福に浸っていると、隣に座っていた暎斗に呆れられた。
失礼な!これでも抑えてる方なんだぞ!
人の目がなければ、空を飛んで歌を歌い出しそうなほど気分が良い。
それを年寄り呼ばわりとは、どう言うことか。
「はぁ、これだから最近の若者はいけない」
俺はやれやれと大袈裟にジェスチャーをしながら答えた。
「同い年だろうが」
「じゃあ暎斗も年寄りか・・・」
「そう言うことじゃねぇーよ」
そんな他愛もない会話を楽しんでいると、部屋のドアがノックされた。
「もうすぐ行くから準備してね」
ドアを少し開けて顔だけ覗かせた穂花がそう声をかけてきた。
「りょーかーい。準備しとくぜ」
暎斗がそれに答え、俺も頷く。
今日は買い物に行く予定なのだ。
何を買うかと言うと拠点、つまり物件を探そうと思っている。
何故、家を探しているかなのだが、俺はある問題を見つけた。
俺たちはこうして、宿をとって生活しているわけだが、ぶっちゃけコスパが良くない。
昨日、クエストを達成して収入を得たのだが、宿代で4割程度持っていかれてしまった。
これにプラスして、装備を買ったり、食料や娯楽にお金を使うと、貯金に回すお金が少なくなってしまう。
特に駆け出しの冒険者である俺とルルの収入では、あまりに少な過ぎる。
俺のアイテムボックスに死蔵している金貨銀貨の山を使えば解決することではあるが、ルルは納得しないだろう。
ちなみに今まで、穂花と暎斗の2人は冒険者の活動を、あまり同じ場所で続けず、色んな都市を転々としながらやっていたらしく、拠点というものを買ったことがないらしい。
あまり宿をとらず、夜間は都市間を繋ぐ馬車に揺られながら寝ていたらしい。
それでも、駆け出しの内は厳しい生活を強いられたと言う。
高収入の冒険者なら宿を毎日利用してもなんとかなるだろうが、駆け出しの冒険者の収入では赤字が増えていく一方なのだ。
しかし、女の子のいるパーティーを安くて危険な宿に泊めるわけにもいかないし、ましてや野宿をさせるのはもっての外だ。
そこで、俺はパーティーの共有財産として拠点を購入することを提案した。
他の3人も宿生活に不安を感じていたらしく、俺の提案は即座に認められた。
例の如く、俺は全額負担すると申し出たのだが、今回はルルだけではなく、穂花や暎斗も反対派に加わった。
なので、俺は穂花と暎斗に20パーセント、ルルに半額の20パーセントを負担してもらい、残りの50パーセントを俺が負担することに決まった。
アイテムボックスにダンジョンで集めたお金が、使い切れないほどあるので消費したいのだが、共有財産と言った手前、みんなにもそれなりに負担をして貰うことになってしまった。
そんな事があって今日、不動産を扱う店に行くことになった。
俺は顔を洗って着替えると宿の外に出た。
すると、女の子組はもう準備万端とばかりに入り口の前で待ち構えていた。
俺は2人が身に纏っている衣装と雰囲気にドキッとした。
穂花は落ち着いたデザインのレースに丈の長めなスカート、とまるでデートにでも出かけるのかと言われそうなほど、お洒落に着飾っている。
ルルもシンプルだが、真っ白なワンピースに身を包み、純真無垢なその性格をそっくり表したような服装だ。
「どう?」
穂花はクルッと回って見せて、そう聞いてきた。
「見違えるね。別人かと思うくらい可愛くなってるよ」
俺は素直にそう返答する。
「うふふ、嬉しい。ありがと!!」
俺の言葉に満足したらしく、花が咲いたような笑顔でお礼を言ってきた。
その笑顔に俺はドキドキが加速した。
すると、穂花の後ろから控えめにルルが出てきた。
「私はどうですか?」
自信なさげに上目遣いで聞いてくるルルの姿に、俺の心拍数はまた上がる。
「大丈夫、とても似合ってるよ。だから自信持っていいよ」
俺は跳ね上がった心拍数を悟られまいと、表情を必死に取り繕いながら言った。
「ありがとうございます!!」
ルルも最後はとびきりの笑顔でトドメを差しに来るが、なんとか耐え切った。
そこに暎斗も遅れて出てきた。
「2人とも気合入ってんじゃん。デートか?」
出て来た暎斗は開口一番にそう言い放った。
その言葉にビクッとした穂花は顔を赤く染め、ルルはポカンと首を傾げた。
「「違います」」
2人は口を揃えたが、その言葉に含まれる意図は真逆のものだっただろう。
俺はその様子を深刻そうな眼差しで見つめた。
俺も今の穂花の行動の意味が分からないほど鈍くない。
だが、俺はそれに気づかないように意識した。
ーーだって、穂花が俺を好きになるはずがないのだから・・・
これは地球で起きた魔法に関する事件が関わっているのだが、その話はまた今度の機会にするとしよう。
「ま、いっか。行こうぜ」
自分の発言で少し、空気が変になったと感じた暎斗が出発コールをし、無理矢理その話を終わらせた。
暎斗の意図を汲んだ他の3人は、誰も異議を唱える事なく歩き始めた。
俺は心に引っ掛かりを感じつつも歩みを進めた。
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