オレンジの塔の麓
塔に近い駅は、この電車の終点ではない。通勤や退勤の流れと何一つ変わらぬ雰囲気を装い、目的の駅に着く少し前に席を立った。混んでない電車とはいえ、それなりに人は乗っていて、私が座っていた席は、あっという間に違う誰かが座った。薄ぼんやりとした生明るい電車の中は、そういったせわしなさを含んでいた。
駅につき扉が開くと、何人かの人が降りていった。私も彼らに続いて降り、彼らの行き先がきっと改札で、そしてあの塔に向かう出口なのだろうと、心のどこかで思い、彼らにふとついていった。
不思議な話ーーーー
馴染みのない駅で降りるとき、一緒に降りた人たちの目的地は私と同じなんじゃないかと、ふと思ってしまう。もちろん同じ目的地の人なんてほとんどいないことはわかっている。ここが例えば、「パリ凱旋門入り口駅」だとしても、必ずしもみんなが凱旋門に向かうとは限らない。ましてやこの駅は、ただの「□□駅」で、塔の名前は一切ついていない。みんなが同じ様に塔に向かうなんてまずありえない。でもそう思ってしまう自分がいる。
改札を出ると、塔への道を示す看板が大きく出ていた。
看板だけで、方向音痴な私でも塔につけるだろうか・・・
不安はよぎるが、地図を見るのも苦手な私は、看板を信じていくことにした。
駅には塔と同じオレンジ色の灯りが灯っていった。その灯りを気に留めることができたとは、私が駅から出て、暗がりをあるきはじめようとしたときだった。
看板によれば、駅までは10分もかからないらしい。示された方向にただただ歩くと、やはり同じ方に歩く人は少なかった。何度か交差点に出くわしたが、そこを通る度に、この旅の道連れは減っていった。あたりが少しずつおぼろげになっていった気がした。少し先に道はぐっと暗く、「暗闇」に向かっている感じがした。そして、その先、いやすぐ近くに大きく見える塔は、あのときのオレンジ色ではあったが、どこか白く輝いてる様に見えた。
塔までの最後の坂を登りながら、さっきまで歩いてきた道を照らしていた街灯が何色だったかふと考えていた。塔の間近、そこは街灯が少なかった。代わりに塔の光によって、まばゆいオレンジ色の世界になっていた。
映画で言ったらレッドカーペットみたいなものか、とも思ったが、それは全く違うことにすぐに気づいた。このオレンジは、地面だけではない、一本の道だけでもない、辺り一帯を覆っていた。遠くにいたはずのわたしでさえも、そのオレンジに誘われ、ここまで来てしまった。
坂を登りきると、塔の足場が見えた。そしてまた少し歩くと、そこは遥か明るい輝きがうごめく塔の入り口だった。ふと塔を見上げると、さっきまでオレンジに見えていたこの世界が、とても黒く、遥か暗闇に溶けていっている様な気がした。
寒気が全身を走る。背筋が思わず凍った。両手で口元を覆い、温かい息を吐く。その息がとてもぬくもりをもち、柔らかく白く私の世界を覆っては、空に消えていった。
展望台にいこうーーー
私は塔に入っていった。