窓の外の暗闇と輝き
普段塔に行こうと思うことはないし、周りにいるほとんどの人が塔になんていかない。でも、塔に行く方法はほとんどみんなが知っている。この街のどの駅からも、塔のすぐ近くまで行ける電車が出ている。不思議なもので私も何度もその駅で降りたことはあるが、その塔に向かったことはなかった。
実は何度も塔にまで行っているーーー
そんな気持ちにさえなっていた。
今いる場所から近くの駅に向かい、電車に乗り込む。
今から、塔の方向に向かう人はそう多くない。電車が概ね空いていて、私は長椅子の一番端に座り、向かいの窓から、ぼんやりと暗い外の景色を眺めることにした。
電車が進み出し、景色が駅から町並みへと変わっていく。今までぼんやりと薄明るかった私の世界は、この窓の外にだけ、暗闇がまじり出した。私はこの暗闇をなんとなく、遠目に見ては、自分とは違う世界のなにかの様に気にすることはなく、ただ「暗闇」とそう思っていた。
わざわざ塔に行こうなんて思ったからだろうか、いつもは気に留めることもなかった「暗闇」が徐々に鮮明に私の世界に滲んでくる。虚ろ気に騒ぎ立てるレールと車輪の音が、私の意識を静かでうるさい微睡みの中に放り込んでいった。見たことも無いような「暗闇」が、私を覆っていく。抵抗もできずに「暗闇」に溶けていく私の意識は、レールと車輪の音だけがやけにはっきり聞こえていた。
ーーーー○○駅、○○駅
次の瞬間、朦朧とした世界から私は引き戻された。どうやら電車が次の駅についたらしい。扉が開き、人々が乗り降りをする。隣にコートを着込んだ老齢の紳士が座った。これから待ち合わせをして食事にもいくのだろうか?相手は奥さん?デートだろうか?落ち着いた色合いの服に、高級そうな革の靴を履いている。少し眺めの白髪は、シックな帽子と少し明るめのスカーフによって、気品と親しみやすさのようなものを醸し出していた。なにより、隣に座っていて安心する気持ちにさせてくれた。
電車が再び走り出す。私は再び微睡みへと還っていく。隣に座った人の影響だろうか。窓の外の「暗闇」の中に、やけに際立つ「輝き」が見えるようになった。とても明るく、その中は見えない。直視することは、私にはためらわれた。逃げ出したくなる光だった。
ーーーー△△駅、△△駅
しばらく電車が進み、隣に座った老人が降りようと立ち上がった。今まで気づかなかったが、彼はひどく痩せこけ、腰は曲がっていた。彼はふと私の方を一瞥し、着込んだコートからもわかる細い腕で杖を付きながらゆっくりゆっくりと電車から降りていった。ドアの向こうは、薄明るい駅。でも、彼はこの明るさの中にいなかった。彼は駅から出て、どこへいくのだろう。そう考えに浸ってしまった。
彼の居場所は、「暗闇」だろうか?それともあの「輝き」だろうか?
電車は再び、薄明るい駅を出て、「暗闇」とその間に浮かぶ「輝き」の世界へと入っていった。
塔の駅まで後少し。私の目はもう、すっかりと冴えていた。