ラブ&ピース――愛ある駐車場――
問題は、ここの駐輪場のバイクや自転車の停め方なんだよね――。
と、本題に入るその前に、まずは自己紹介をしとこうかな。わたしの名前は中道理子、A型の天秤座で、成り立てホヤホヤの25歳、趣味は音楽鑑賞(主にロック)。大学を卒業してすぐに特別養護老人ホームで働き始めたんだけれど、勤めからもうすぐ4年になるんだ。
で、話しは11月10日の朝のことになる。木枯らし舞い、日に日に寒さが増す晴天の下、わたしは愛車である真っ赤なベスパLx125ie3v(通称ベスちゃん)に乗って職場にやって来たんだけれど、困ったことに、ちっとも停める場所がなかったんだよね。
確かに、職場にある駐輪場はそんなに広いわけではなくって、2メートル×12、3メートルくらいの縦に細長いスペースだから、バイクや自転車での出勤具合によっちゃあ、そりゃあ一杯になることだってあるだろうさ。
でもねその日はさ、そんなにバイクや自転車が停めてあったわけじゃなかったんだよ。全部で6台。で、6台しか停めてないんだったらさ、スペースなんて余裕でありそうなもんじゃない?でも停めれないんだよ。どうしてだと思う?
それはさ、どいつもこいつも、壁に沿うようにまっすぐ停めてるからだよ!
4台のバイクと2台の自転車がさ、キッチリ壁に沿って並んでるんだよ。なによこれ?バッカじゃないの?壁に対してちょっとでも斜めに停めたらさ、もっと全然一杯停めれるはずなのにさ、なんで全部壁に沿って並んでんのよ。
大体さ、気に入らないのが、ちっちゃな子供を乗せる荷台が付いた自転車でさ、そいつが自転車の分際でどんだけのスペースを取りゃあ気が済むの?っていうくらいやたらめったら長いんだよ。で、停めてある自転車の2台ともが、よりによってそのタイプでさ、アホみたいに仲良く2台が縦に並んでるんだよ。
まったく・・・何連合なんだか知らないけどさ、もっと自分の自転車がやたらめったら長いってことを自覚したらどうなのよ!アホ!
ふぅ・・・でも、こんなところでブツクサ言ってる場合じゃないんだよ。イライラして自転車に文句ブー垂れててもなんにも解決しやしないもんね。そんなことよりも、ベスちゃんを停める場所をなんとかしなくちゃいけないんだよ。なのでわたしは、ちょっと気が引けたものの、自転車2台を斜めに向けることにした。
ん、んんん――。ギゴゴゴゴッゴゴ。
重たっ!なんなのよ、このアホ自転車!ホンット、長いわ重いわで、とことん地球のこととか人のこととか、なんにも考えてないんじゃないの!?もしかしてアンチラブ&ピース!?まったく、ちっちゃな子供乗っけてアンチ叫んでんじゃないわよ!
で、苦労して、本来ならまったくする必要のない無意味な作業を終え、2台の自転車を斜めにしたら、2台は停めれるスペースが生まれたんだよね。それでようやく、ベスちゃんを晴れて駐輪場に停車することができたってわけ。
ふぅ・・・これはもう、完全に今度会議で言ってやんなきゃいけないよね。もっとみんなが停めれるように、1人1人が考えてもらわないといけないよ。うん。大切なのはラブ&ピースの精神だよ。
それからわたしは「ラーブラーブラーブ♪」と、The Beatlesの「all need is love」を悠然と口ずさみながら、玄関まで歩いて行った。
というわけでわたしは、その3日後の11月13日、職員会議で駐輪場について提案した。もちろん、より多くの台数が停めれるように、1台1台が壁に沿わすんじゃなくって斜めにしたらどうでしょうか?という提案だ。
それに対して職員からは特に異論もなく、確かに停める場所がないことがあるって同意をしてくれる職員もいた。施設長も「なるほど」とか言って納得してくれた様子だったので、きっと施設全体に伝達してくれるだろう。
ふぅ。これでどうにか駐輪場にもラブ&ピースがもたらされるんじゃないかな。ラーブ、ラーブ、ラーブ♪
そして会議から1週間経ち、11月20日になった。果たして、駐輪場にラブ&ピースは舞い降りたのでしょうか?
残念ながら、答えはノーだよ。わたしの思惑は完全に外れたってわけ。もちろん、あの長い自転車だって、きっちり壁沿い停車を続けてた。
ただ、この1週間の間、例の長い自転車のことでちょっと驚いたことはあった。それは会議から3日目の朝のことだったんだけれど、わたしはその長い自転車にたまたま出くわしたんだよね。で、乗ってたのが、なんとハゲ散らかしたオッサン職員だったんだよ。絶対若奥様が乗ってると思ってたのにさ、ハゲだったとはね――ビックリだよ。
って、そんなのどうでもいいんだよ。そんなことよりも、ずっと問題なことがあるんだよね。それはさ、そもそも施設長のバイクが、ひたすらずっと壁に沿って停めてあるってことなんだよね。会議の後もずっとだよ。だからわたしは出勤の度、施設長のバイクを見てはゲンナリしてたんだけどさ、あのオッサン、一体なに考えてんのかな?「なるほど」なんて言いながら、もしかしたらわたしの意見なんて聞いてなかったのかもしれない――。
なんにせよ、わたしの素晴らしい駐輪場ラーブ&ピース計画が施設全体にちっとも通達されてないことは、一目瞭然だよ。
でもまぁ、あれからベスちゃんを停められなくて困ったなんてことはなかったし、みんながバイクや自転車を壁に沿うように停めてたって別に問題はなかったんだけどさ、わたしとしては提案したのがまるっきり無視されて、非常に気分が悪いってわけ。
だからさ、チーム壁沿いの奴らに啓蒙活動をしてやるだって意気込んで、ベスちゃんをわかりやすくめっちゃ斜めに停め続けてたんだ。千里の道も一歩からでしょ?いつの日か、駐輪場にラブ&ピースを運んで来る幸せの青い鳥を舞い降ろさせてやるっていう気概でさ。
それから、さらに1週間が過ぎた11月27日の午前10時過ぎのこと――わたしが職場で働いていたら内戦電話がかかってきた。どうやら事務所かららしい、はいはい、なんでしょう?
「はい。2階フロア、中道です」
「すいません。山本ですけど、赤のベスパって誰のですか?」
事務員のおばちゃんが言った。?もちろん赤のベスパはわたしのですけれど、なにか問題でも?
「はい。わたしのです」
「そうですか。あのですね、奥のバイクが出られないって言ってるんで、ちょっと動かしに行ってもらっていいですか?」
なんだって?げげげげ、もしかして斜めに停めすぎたってこと?
「はいわかりました。すぐ行きます」
わたしは電話を切ってから急いで駐輪場に向かった。なんてこった。朝出勤時、細長の駐輪場の1番奥にその黒のデッカいバイクが壁に沿って停めてあって、わたしはそのバイクの後ろにベスちゃんを斜めに停めたんだよ。だけどさ、黒バイクが通れる分くらいのスペースは開けたはずなんだけどな――あれじゃあ足らなかったのかな?
わたしが駐輪場に駆けつけると黒のメットを被った黒ずくめのライダースーツ姿のオッサン職員がいて、オッサンはちょっと笑いながら言った。
「そんな斜めに停めとったら出られへんわ。ちょっと動かしてくれるか」
「すいません」
わたしは急いでベスちゃんを動かして、壁に沿わせた。
「おう。ありがとう。これからは、もうちょい人のこと考えて、通路開けなアカンな。ほんじゃお疲れさん」
そうオッサンは笑って言って、ブイイイインと黒バイクで颯爽と去って行った。
しばし呆然――佇むわたしとベスちゃん。
なにこれ?ラブ&ピースどころか、わたしの方が人のことを考えてなかったってことなの?ねえベスちゃん?そうなの?
わたしはやるせない気持ちでベスちゃんを見た。すると白い座席に鳩の糞が付いてるのが見えた。
鳩!!