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Help!

 今にも崩れ落ちそうな岩場の合間を、鬼子は必死で駆け抜けた。


 自分の身長の二倍三倍はあろうかと言う大きな混凝土(コンクリート)の塊を、何とかよじ登って、暗がりの地下を奥へ奥へと進んでいく。父親が捕らえられているとすれば、あの地下牢だった。だが闘技場(リング)の真下にあるはずの地下牢に、鬼子は中々近づけなかった。雪崩れ落ちた土砂や岩盤が迷路のように入り組んでいて、少し進むたびに行き止まりに突き当たってしまう。


「はぁ……はぁ……っ!」


 もしかしたらもう、埋もれてしまったのかも……。

 そんな邪念を振り払い、彼女は地下迷宮を奔走した。烏天狗の体を借りて、普段は持ち上げられもしないような、重い岩石を何とか押しのけ。ようやく彼女は、半分に()()()()()檻の前に辿り着いた。


「お()っちゃん!!」

 鬼子は叫んだ。もちろん返事はない。収監されていた物の怪たちは、先の戦いで粗方地上へと送り込まれていて、檻の中に残っていたのはほんのわずかだった。鬼子は首を切り離し、鉄格子の間にねじ込んで、暗がりの中へと転がり込んだ。


「お()っちゃん! お()っちゃんっ!!」

 肝心の豪鬼の胴体は、右から三番目の檻の中にいた。

 土と砂で半分埋もれてしまった豪鬼の胴体を、鬼子は髪を振り乱して、何とか掘り出そうと必死にもがいた。ようやく首の付け根が見え始め、彼女はそっと豪鬼の胴体に己の首をくっつけた。

「んん……っ!」

 渾身の力を込めて、地層のように降り積もった土砂を這い出して行く。いくら体を交換したからと言って、命令を出す頭の方に、てんで運動神経が備わっていないのだ。全く知識もなく操縦席(コックピット)に立つようなもので、どの(ボタン)を押せばどの筋肉(パーツ)が動くのか、鬼子にはちっとも分からなかった。何とか鉄格子の外に出た頃には、彼女は玉のような汗を滲ませ、息を切らしてその場に倒れこんだ。


「はぁ、はぁ、はぁ……っ!」

 そんな彼女の頭を、豪鬼の胴体は両手で持ち上げ、そっと地面に下ろした。鬼子の乱れた髪を、豪鬼が無骨な手で優しく撫で付けた。


「お()っちゃん……」

 目にうっすらと涙を浮かべる鬼子の瞼を、豪鬼は掌でそっと閉じさせた。

「お願い。死なないで……」


 もちろん返事はない。それから鬼子は、疲れ果てたのか、そのまま深い深い眠りへと落ちていった……。


□□□


「ぐっ……!」

「立て。もう一度だ」


 またしても草薙剣(くさなぎのつるぎ)が桃太郎の手を離れ、地面に転がった。痺れを残す右手を抑えながら、桃太郎が歯を食いしばった。何度刃を突き立てようとも、通らない。呆然と立ち尽くす桃太郎の前で、帝が月明かりの下、厳かに声を張り上げた。


「強くなれ、若人よ。国を護れるほどに。民を傷つけぬように。それが、桃から生まれた我らの宿命で……」

 突然ボコォンッ!! と大きな音がして、そこで帝の演説は途絶えた。


「何だ……!?」

 死角からの攻撃に、さすがの帝も膝を落とした。帝の足元から生えてきた真っ赤な手が、彼のふくらはぎを掴み、地面に引きずりこまんと力を込めた。ひび割れた地面から覗く血塗られた胴体を見て、帝が呻いた。

「貴様は……!」


 地の底から現れたのは、豪鬼の胴体であった。

「チッ! 邪魔が入ったか……」

 体勢を崩されながらも、帝は何とか両手で踏ん張り、這い寄ってくる豪鬼を足蹴にした。だが豪鬼の方も、掴んだ腕だけは何があっても離すまいと、皮膚の表面に太い血管を浮かび上がらせた。

「桃太郎ッ!」

 なかなか振りほどけない鬼の手に、帝がイライラと叫んだ。

「稽古は中止じゃ! 下らん横槍が入った。助太刀せい! 剣をこちらに!」


 突然の出来事に呆気に取られていた桃太郎は、その一言で我に返った。彼は地面に転がった草薙剣を見、それからもう一度、倒れ込む帝に目をやった。

「どうした!? はよ、余に神器を……」

 桃太郎は急いで神器を拾い上げた。それから帝に草薙剣を投げ渡す……ことはせず、同じく地面に転がっていた豪鬼の首を掴み、穴へと放り投げた。


「なッ!?」

 帝は一瞬、不意を取られたように口をポカンと開け、空中で弧を描く首を見上げていた。豪鬼の首はそのまま帝の足元をゴロゴロと転がって、やがて真っ赤な胴体へとくっついた。


「も……桃太郎ッ!? 貴様ァアッ!」

「よお」

 とうとう首と胴体が繋がった赤鬼が、動転する帝の足元で唇をニヤリと釣り上げた。


「また会ったな。桃太郎さんよぉ……」

「裏切ったなッ!? 人間を裏切り、物の怪と……鬼などとッ!!」

「まぁテメーは、俺のことなんか知らねえと思うが……」

「くっ……!?」

 首を取り戻した豪鬼の腕力は、先ほどとは比べ物にならないほど膨れ上がっていくようだった。帝は神器を諦め、一転、体を捻り攻撃に転じた。確かにその動きは素早かった。尋常ならざる帝の掌底が、豪鬼の胸を突き破り、そのまま心臓を握り潰さんと爪を突き立てた。


 だが豪鬼もまた素早く、それを避けなかった。

 空いた手で、向かってくる帝の首をめがけて、同じように爪を突き立てた。

「うぐぁッ……!?」

「俺は……テメーが……」

 

 豪鬼の心臓が握り潰されるのと、帝の顔が握り潰されるのは、ほぼ同時であった。

 帝が目を見開いた。豪鬼もまた額に脂汗を滲ませながら、真っ赤に充血した目を見開いた。


「テメーが百年前殺しそびれた……鬼の、子供だよ……!!」

「…………ッ!!」

  

 それから一人と一匹は、窪んだ穴の中で重なるようにして倒れこみ、やがてどちらも動かなくなった。


「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……っ!!」

 

 しばらく風の音だけが、静寂の中で踊った。桃太郎は、震える体を神器で支え、恐る恐る穴の中を覗き込んだ。窪んだ穴の中には、真っ赤な血が池のように溜まり、そこに二つ分の四肢が絡み合って転がっていた。


「なぜ……」

「う……!?」

 穴の底から、覗き込む桃太郎に声をかけたのは、帝であった。頭を半分潰されながらも、なお語りかけてくる帝に、桃太郎は息を詰まらせた。


「なぜだ……? 最後の最後で……鬼に、味方など……」

「……分かりません」

 血の池に顔半分を浸からせた帝が、残った右目で桃太郎を見上げた。桃太郎はゆっくりと首を横に振った。


「ただ僕は……貴方より()()()()

「…………」

「……最後の最後で、迷って、戸惑って……。天子様の言う()()で、敵の手をも借りようと思った」

「…………」

「強者である貴方には、一生、分からない理屈かもしれないけれど……」

「桃太郎よ……断言するぞ」


 薄れ行く目の光の中で、帝が最後の力を振り絞って声を震わせた。その目は、桃太郎を怒っているのか、哀れんでいるのか、彼にはまだ判断がつかなかった。


「いつか、その()()のせいで……お主は物の怪どもに食い破られる。あるいはそのうち嫌気がさし、奴らを討ち亡ぼすか……。いずれにせよ敵を生かしておけば、この国は……」

「……貴方にも、見せてあげたかった。互いに殺し合うばかりでなく、手を取り合う国の姿を」

「……フン。やはりどれだけ体が大きかろうと、まだまだ心は……青いまま、か……」

 最後に帝は桃太郎を見上げ、呆れたように笑った。それからゆっくりと、帝の首は、真っ赤な池の中に沈んでいった。


「オイ。()()()

「……!」

 次に底から話しかけてきたのは、豪鬼だった。こちらも心臓を潰されてなお、最後の力を振り絞るその姿に、桃太郎はゴクリと唾を飲み込んだ。池の中で豪鬼が声を震わせた。


「……俺の、『後継』がよぉ。娘が……」

「…………」

「……鬼子って言うんだ」

「鬼子……」

「……あの子の、面倒を見てやってくれ。お前に任せた」

「……なぜ?」


 鬼からの突然のお願いに、桃太郎は首をひねった。

「僕は、人間ですよ? あの子の敵です。どうして初対面の僕に、そんなことを……」

「あの子も、お前と同じだ。桃から生まれた」

「! それって……」

「鬼子を頼んだぞ。桃太郎」

 それから桃太郎が見守る前で、ボロボロになった豪鬼の体も、徐々に池の奥へと沈み始めた。


「娘を、助けてやってくれよ。じゃないと、地獄の底から這い出して来るからな」

 最後に豪鬼は桃太郎を見上げ、ニッと笑った。


「もし娘を泣かせたら……桃太郎。俺はお前を……許さねえ、ぞ……」

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