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第99話 石榑峠

作者: 山中幸盛

 三重県いなべ市と滋賀県東近江市を結ぶ国道421号線の県境に石榑いしぐれ峠がある。地図上では国道なのだが、平成二十三年三月に全長約四キロのトンネルをふくむ石榑峠道路が整備されるまでは、とんでもない隘路だった。

 冬期通行止めもさることながら、峠から三重県側二キロメートルほどの区間は簡易舗装がなされているものの非常に狭隘な急坂で、幅が二メートル以上の車は通行できない。なにせ峠には、一辺が二メートルもありそうなコンクリートの直方体が、わざと二メートルの間隔を設けて左右両側にドカンと据えてあるのだ。 

 しかし、平成二十年九月の豪雨以降、峠を含む区間は通行止めになっていて、新道開通により正式に廃道になっているものと考えられる。


 今からずっと前、名倉憲也の息子が小学四年生の夏休みに、父子二人で琵琶湖までバス釣りに行く計画を立てた。ルアーでのブラックバス釣りは滅多に釣れるものではないので、行く途中でどこかの渓流に寄ってエサをつけて針を流せば、アマゴやイワナとまではいかなくとも、ハヤとかオイカワだったら釣れるはず。そんな思いを馳せながら地図を広げて検討し、そこでたまたま発見したのがこのルートだった。

「これで国道かよ」

 と、息子と二人で悪態をつきながら、車体を伸び放題の木々の枝葉に時折ぶつけつつどうにか峠までたどり着いた。そこに出現した道幅二メートルの関所には驚かされ、車体を両側のコンクリートにこすりつけないようにソロソロと通過する際には苦笑するしかなかった。そして滋賀県側の山道を下る途中で渓流があったので橋の傍に車を駐め、空のエサ箱一つと渓流ザオを父子で一本ずつ手に取った。

 川原に下りて枯れ枝を拾い、緑陰になっている砂地を少し掘ってみると小さなミミズが難なく手に入った。それを釣り針に刺して巨岩のきわに流すと、息子は苦戦していたが、憲也はオイカワらしき小魚を次々に釣り上げた。

 しかし、やはり、その後で行った琵琶湖では本命のバスはなかなか釣れなかった。琵琶湖畔のキャンプ場に行って、持参したテントを張って泊まり、翌日も朝早くから西ノ湖で手こぎボートを借りて二時間ほどルアーを投げ続けたがまったく釣れない。かろうじて、彦根城近くの港で息子が十二センチほどのスモールマウスバスを一匹釣り上げただけだった。


 その翌年に妻に先立たれ、やがて息子が中学生になった頃から、憲也は交際を始めた美世子と日曜日のたびに日帰りドライブに行くようになった。そんな中、安土城跡まで足を延ばすことを二人で計画した際に、憲也はこの石榑峠を越えるコースを敢えて選んだのだった。

 峠に近づき狭く急勾配な山道になると、不安になった美世子が助手席で念を押した。

「こんな道で本当に琵琶湖に行けるの?」

「三年前は行けた。これで国道なんだから笑っちゃうだろ」

「対向車が一台も来ないじゃない」

「みんな、伸びた木の枝がバシバシ当たって車に傷がつくのがいやなんだろうな」

「この車、何年乗ってるの?」

「今年で十一年目。四駆車だから悪路も平気」

 などと話しているうちに峠に到着し、狭き門をハラハラしながら通り抜けて、山道を下り始めた。滋賀県側は格段に道幅が広いので快調に飛ばした。八風キャンプ場、池田キャンプ場、深山キャンプ場、永源寺キャンプ場等の案内看板を通り過ぎるとまもなくダム湖に出て、そこからさらに下った辺りから三年前には気付かなかったが『こんにゃくの里』の看板がやたら目につく。

 美世子が言った。

「ねえ、さっき運動したからお腹空いちゃった。もうじき一時半になるし、この辺でこんにゃく料理食べていこうよ」

「えー」

 と、憲也は気が進まない。

「こんにゃく嫌いなの?」

「嫌いじゃないけど、味も素っ気もない食い物だろ」

「食べてみなきゃわからないわよ、なにせここは『こんにゃくの里』なんだから」

「しょせん、こんにゃくはこんにゃくだし」

「ひょっとして、町に出て近江牛のステーキでも食べるつもりじゃないでしょうね」

「いや、それは、贅沢すぎる」

「よし、決まり」

 古民家を改築したらしい店内に入り、よくわからないので永源寺定食を注文する。まもなく小皿や小鉢がやたら多い料理が運ばれて来ると、美世子はいつものようにサラダから箸をつける。憲也は一見鶏の唐揚げのような物体を口に入れてみた。もぐもぐ噛むとこんにゃくの天ぷらで、思い込みを吹き飛ばす味が憲也の口をこじ開けた。

「美味い!」

 美世子は自分が調理したかのように、得意げに微笑んだ。

      (『あじくりげ』平成26年6月号に掲載)


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 西の湖にスモールはいません。 [一言] バス釣りで検索したらヒットしたので読みました。ほのぼの感が良かったです。
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