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遭遇

「……どこだここ(どきょだきょきゅ)


目を覚まし節々が痛む身体を起こすと、辺りにはなんとも青々しく牧歌的な風景が広がっていた。

風に煽られ波のように揺れる草々。

樹齢何十年とありそうな見事な大木。

時折聞こえる鳥の甲高い鳴き声。

それらは何もかもが自然豊かで、俺はとても気持ちの良い気分になった。吸い込む空気も一段と美味しい気がする。


しかし、少なくとも慣れ親しんだ地元にこんな大自然など存在しない。

そもそも現代の日本でここまで雄大な自然など存在するのだろうか?


どこかの牧場とかかどきょきゃにゅびょきゅじょうときゃか?」


ふと思いついたことをそのまま口に出してみた瞬間、俺はつい先程まで自分を苛んでいた事態を思い出した。


「っ!?そうだあの不良はしょうだあにゅひゅりょうは!?」


思わず後ろを振り返るが、そこにあるのは大自然のみ。

不良どころか人の気配さえ感じられなかった。


一先ず安心ひゅとまじゅあんしゅん……か?」


ホッと一息つきたい心境の俺ではあったが、あまりにも状況が変わりすぎていて心の底から落ち着くことが出来ない。

そして何より、あの黒い影。


あれは何だったんだありぇはにゃんだっちゅんだ……?」


突然目の前に現れたあの黒い影が、今のこの状況を引き起こした原因である可能性は高い。

全くもって仕組みは想像出来ないが、今はそういう風に考えといて問題はないだろう。

どれだけ考えても答えはでないのだから、黒い影に関しては一旦棚に上げて目先の問題から解決していくのが合理的であるはずだ。

取り敢えず今しなければいけないのは現在位置の確認か。

しかし辺りを見回してみても人っ子一人おらず、まるで一人だけの世界に閉じ込められたような錯覚を受ける。

そして何より一定のリズムで吹き込む風がとても心地良く、いっそのこと木の陰で横になり昼寝でもしたらさぞ気持ちの良いことだろうと思うが、俺はそんな欲求を払いのけ現地人と出会うべく歩き出す。


一先ずの目標として、俺は太陽の方角にあり木々の間が大きく開かれている場所を目指すことにした。

普段滅多に歩かない草の上を行くことで、自分がどれだけ舗装された道を歩いていたかを思い知らされる。


結構大変だなけっきょうちゃいへんだにゅ……」


慣れない道を行くことで思いの外体力が削られる。

それでも穏やかな気候のお陰で精神的には乗り越えられそうだ。

それから数十分ほど歩いた頃だろうか。

歩けど歩けど一向に変わらぬ景色に若干辟易してきたところで、近くの草むらがガサガサと唐突に揺れた。

風は吹いておらず、何かがそこにいるのは明白だった。


(動物か……?)


あんな草むらに身を潜めるような人には会いたくないので、野生の生き物だなと俺は考えることにした。

思えば今まで人は勿論のこと動物も見てないなということに俺は気が付く。

人の手の行き届いていないだろうこんな大自然に生息する動物だ。

鹿かイノシシか。

祖父の田舎に遊びに行った際に遭遇した動物を不意に俺は思い出し、連想して「爺ちゃん元気かなぁ」とノスタルジックな感慨に耽る。

そんな俺は、現状を非常に甘くみていたのだろう。

自分がどれだけ危険なところにいるのかも知らずに。


やがて草むらから出てきたのは、薄緑の体皮をした二足歩行の化け物だった。


「……熊か(きゅまか)?」


瞬時に「んなわけないだろ!」というセルフツッコミが頭にこだまするが、その弛緩した思考をすぐに切り替える。

目の前に現れた、全く未知の生物。

強いて言えばゲームやアニメで似たようなモンスターを見た覚えはある。

しかし相対して受ける情報量は二次元のグラフィックとは比べ物にならない。

ボロボロの布切れを身に纏い、何十キロとありそうな大きさの棍棒を右手に携えた薄緑の化け物。

そこから伺える筋肉はまるでアスリートのように引き締まっており、武器など使わずとも素手で殴られただけで一溜まりもなさそうだ。

その化け物の外見的特徴はあまりにも人間に酷似しており、だからこそ余計に感じる、圧倒的不快感。

俺が無意識のうちに件の生物を「化け物」と嫌悪してしまっている理由がこれだ。

それがもし、向こうの化け物にも当てはまるのだとしたら……?

赤く血走った眼が、遂にこちらを捉える。


「ギャアアアアア!!!」


その瞬間、化け物は鼓膜が張り裂けそうな程の金切り声をあげこちらを威嚇した。


「っ!?」


逃げなければと足に力を込めるが、化け物の叫び声ですっかり射竦められ身動きがとれない。

そんな俺の元へ、化け物の棍棒が恐ろしい勢いで振り下ろされる。


「うわぁぁ!?」


余りにも情けない声を挙げ、俺は為す術なく襲い来るであろう痛みから逃げたい一心で瞳を固く閉じた。

そして響く鈍い打撃音。

数瞬が過ぎ、しかし自分の身に何も変化が訪れないことに俺は気付いた。

状況を確認しようと瞳を開くと、すぐ目の前の草むらに棍棒が振り下ろされているのが分かった。

その衝撃は凄まじかったようで、草が飛び散り抉れた地面が露出していた。

どうやら俺は逃げ腰のあまり体がよろめいて後ろに転んでしまっていたようで、それが功を奏し化け物の一撃を避けることができたのだ。


九死に一生を得た俺だったが、命の危機にあるのは変わりない。

俺は漸く言うことが聞くようになった足を動かし、全力で駆け出した。


(あんな化け物がいるなんて、ここは日本ではないのか……?)


俺の脳裏にそんな思考が浮かぶ。

こちらが何をするまでもなく遭遇しただけで即敵対的な行動を取った危険生物。

おぞましい見た目も相まってあんな生物を自分が今まで知らなかっただなんて無知は恥じたいくらいだ。

しかし、だからこそここが日本ではないという証左であるのかもしれない。

海外に拉致られた可能性を強く視野に入れながら、俺は闇雲に足を動かす。


焦燥感に駆られ後ろを振り向けば、化け物が鋭い眼光でこちらを射抜きながら追いかけてくるのが目に入った。

この構図。凄まじいデジャヴだ。


「ギャアアアア!!!」

くそっ(きゅしゅっ)追いかけられるのはおいきゃきゅりゃりぇりゅにょはもう懲り懲りなんだよみょうきょりゅぎゅりゅにゃんだよ!」


化け物の雄叫びに堪らなくなった俺は今の胸中を叫び散らす。

しかし状況こそ不良三人組に追いかけられた際と酷似しているが、現在の方が命の危険度は段違いに跳ね上がっている。

即物的な理由だが、今回こそ追いつかれる訳にはいかない。


「うおおおおおおおおおお!!!」


俺は化け物に負けず劣らずの叫び声をあげる。

俺の気合が実ったのか、意外にも双方の距離は意外にもじわじわと開いていく。

もしかすると、化け物の持つ棍棒の重量が途轍もなく足を引っ張っているのかもしれない。

気付けば俺は10メートル以上も後ろに化け物を引き離すことができた。


なんだっ(にゃんだっ)……結構っ(けっきょうっ)……楽勝だなっ(りゃくしょうだにゃ)……」


息を乱しながら俺は緊張を緩める。

もちろん油断する訳ではないが、まだまだ体力は残っているのでこのまま逃げることはできるだろう。

予期せぬ第2の逃走劇だったが、今回はこちらに軍配が上がりそうだ。


逃げるが勝ちという偉大な言葉に胸を借りながら、念のため状況を再確認しようと後ろを振り返った。

その時、俺は戦慄する。


化け物は棍棒の真ん中あたりに持ち手を変え、それを肩にかける形で走っていたのだ。

そこから連想できるもの、すなわち。


あいつ(あいちゅ)棍棒を投げるつもりかきょんびょうをにゃぎゅりゅちゅもりゅきゃ!?」


槍投げのようなスタイルで走る化け物。

狙いも投擲で間違いないはずだ。

逃げることだけに頭がいっぱいで、棍棒を投げてくる可能性を一顧だにしなかった俺は狼狽する。

重荷になってまで棍棒を手放さなかった化け物の狙いはこれだったのだろう。


そんな俺の様子を嘲笑うかのように化け物は両目を細め、棍棒を握り締めている腕を一層隆起させた。

俺はそれを見て遂に化け物が棍棒を投げてくると直感する。

余りにも無防備に晒された自身の背中。

隠れる場所など無く、化け物の膂力から考えても正確にこちらを捉えて放ってくるだろう。

一溜まりもなく弾き飛ばされる自身の姿が脳裏に過ぎる。


「うああああああああああ!!!」


目前に迫った死に対して情けない叫び声が俺の中から湧き出る。

絶対絶命。万事休す。

言葉にしてみれば簡単だが、想像を遥かに凌駕した死地の恐怖に俺は呑み込まれていた。


『……、ブリザード!!!』


そんな俺の耳に、砲声のような人の声が届く。

女性のモノと思しき可愛らしい声音。

そしてその声から数瞬後、俺の背後にゾクリと身震いするほどの冷気が漂った。

なりふり構っていられずひたすら足を動かす俺だったが、明らかに一変した背後の状況が気になり再度後方を確認する。


なんだこれ(にゃんだこりぇ)……!?」


そこに広がっていたのは一面の銀世界だった。

木々や草原は雪化粧に染まり、俺の立つ地面とはまるで状況が違う。

件の化け物もこの異常現象に巻き込まれ、まるで彫像のように全身が氷漬けになって動かなくなっていた。


(ちゃ)助かったのかちゃしゅきゃったにゅか……?」


気付けば俺は足を止め、思わずその場で頽れていた。

一先ず窮地は脱した。化け物も再び動きだす気配はない。

しかしそれに対する安堵よりも、俺の心は目前の超常現象に釘付けになっていた。


余りにも常軌を逸した現実。

元はといえばこの化け物だってそうだ。冷静に考えて、こんなモノが存在する訳がない。

だがそれは夢やまやかしなどではなく真実なのだと、俺の理性が訴えてくる。


であるならまるで、全く別の世界に来てしまったみたいじゃないか……。


「大丈夫ですか!?怪我はありませんか!?」


そんな半ば放心状態で座り込む俺の元へ、横合いから声がかけられた。




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