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異世界転移




荒い息が細い路地に流れていく。

肩越しに後ろを振り返れば追いかけてくる人影が三つあった。

三者三様な出で立ちの男達だが、共通しているのは「ガラが悪い」という印象だろう。

そんな男たちの顔に浮かぶモノはただ一つ。

それ即ち獲物を狩る狩人の表情である。

そんなわけで俺こと笹瀬創(ささせそう)は現在逃走の真っ最中だった。


「くそっ、しつこいな……」


事の発端は十分ほど前に遡る。


「やめてって言ってるでしょ!?」

「まぁまぁ良いじゃねぇか姉ちゃん、俺たちと遊んでこうぜ」


嫌がる女子高生に絡むリーダー格の不良とその取り巻き二人。

下校中まさにテンプレのような現場に遭遇したのだが、こんな時人はどのような行動に出るのだろうか?

様々な選択肢があるのだろうが、残念なことに俺には一つだけしか考えが及ばない。


「女の子が困ってるだろ、その手を離せ!」


強気を挫き弱気を助ける。

困ってる人がいたら放っとかない、俺が16年間生き

きた中で培った真理だ。

今回の場合も勿論例外ではない。

俺は少女を助ける為、颯爽と駆けつけたのだが。


「「「「なんて?」」」」


不良と少女から返ってきたのはこんな言葉である。

……おかしいなぁ。

揃いもそろって?が頭の上に浮かんでるかのような間抜け面でこちらを見つめる。

先ほどまでの嫌な空気は何処へやらだ。

ああしかしその目線には慣れている。


実のところ、俺は絶望的に滑舌が悪い。

さ行なんて言えたもんじゃないし、子音が複雑に絡み合う言葉は呪文のようになってしまう。

先の俺の台詞も、当の四人にはこう聞こえていたことだろう。

女の子が困ってるだろおんにゃにょきゅがこみゃっちぇりゅだりゅその手を離せしょにゅてをはにゃしぇ!」


……確かに「なんて?」と聞きたくもなるか。


しばらくして乱入者の俺に対し三人組の不良は玩具を前にするような嗜虐的な笑みを浮かべる。

少女から俺に注意が移ったことは大いに結構だ、事実握られていた少女の手は既に離されている。

しかし無性に嫌な予感が俺を包み込む。

するとリーダー格の男が横柄な態度で口を開いた。


「おいお前、名前は?」

「……笹瀬創(しゃしゃしぇしょう)だ」

「くっ……あっははははははは!!!」


俺が名前を口にした途端、三人は堪え切れないといった感じで腹を抱えて笑いだす。いや女の子も肩震わせてるから全員か……。

俺の名前は80%がさ行で構成されてる都合上、フルネームを噛まずに言えた奇跡など人生で一度も起きたことはない。

そのせいで自己紹介の度に今の様に周囲は笑いに包まれてしまう。

この件に関しては両親と先祖に詫びてもらいたいくらいだ。


「しゃしゃしぇって、随分な苗字だなぁ!あっははははは!」


リーダー格の男がそう言って一頻り笑い終えると、一歩踏み込んで威圧的に俺との距離を詰める。


「で?そんなしゃしゃしぇ君が何の用ですか?」


先程までの弛緩した雰囲気はどこへやら。

笑うのを我慢していた少女も戻ってきた険悪なムードに表情を強張らせる。

誰の目から見ても喧嘩腰なリーダー格の男の態度だったが、俺は物怖じせずに主張を通す。


その手を放せってしょのちぇをひゃなしぇって言ってるんだ(いっちぇりゅんだ)

耳が聞こえないのかみゅみゅがききょえにゃいのか?」


あくまで俺を嘲笑するつもりの三人だったが、俺の敵意剥き出しの態度で段々と攻撃的になっていく。

その後似たような問答を繰り返した後、リーダー格の男が声を一層荒げる。


「クソが!何言ってるか分かんねぇんだよ!」


口では埒があかないと思ったのか、遂にリーダー格の男は暴力の手段にでる。

こちらの顔目掛け右のストレート。

迷いのないその流れは喧嘩慣れしている証拠である。

しかしその見え透いた攻撃を俺は上半身を使って避ける。

この滑舌のせいでガラの悪い連中に絡まれることなど日常茶飯事であり、幸か不幸かそのせいで単調な攻撃くらいならば避けれるようになったのである。


「っ!?」


驚いた表情を浮かべるリーダー格の男。

散々馬鹿にしていた男が自分の一撃を避けることなど考えもしなかったのだろう。

そこで俺は気を良くしてしまったのか、ほとんど反射的に右手を動かした。

がら空きの相手の顔に、カウンターの右フックを見舞ってしまったのである。


「あっ」


思わず言葉が漏れ、すぐさまやってしまったという後悔が募る。

こちらが喧嘩慣れしているとはいえ、それは相手も同じこと。

仮に一対一なら良い勝負になるのかもしれないが、相手は三人である。

多勢に無勢、こちらに勝ちなど望み薄だ。


「……てめぇやんのかコラァ!」

こちらの反撃でスイッチが入ったのか、リーダー格の男を筆頭に後ろの二人まで険しい表情になっていく。

一気に緊張度がマックスまで高まり、相手が動き出そうとしたその時。

俺はその場から全速力で走り出した。


「おい待て!クソ野郎!」


待てといって待つ者などいるのだろうか?

俺は不良達の言葉を聞き流し全力で足を動かした。

プライドを傷つけられた不良達がこれ以上少女に固執するかといえば、その可能性は薄いと俺は考えた。

第一目標は少女から俺に移ったことだろう。

現に後ろを振り向くと5メートルほどの間を置いて不良たち三人が俺を追いかけてくる。

少女のことなど一瞥もせず、怒髪天の様子で。

狙ってやったことではないが、怪我の功名とでも思って逃げることにしよう。


そして、現在の逃走劇に至る。

思いの外、いや想像以上に粘り強く後を追いかけてくる不良三人。

運動をやっていたのか相手のスタミナは落ちることなく、帰宅部である俺との距離をジリジリと縮めてくる。


追いつかれれば袋叩きにあうことは避けられまい。

こんな目に合うならば少女を助けず知らないふりでもしとけば良かったのかもしれないが、困ってる人は見過ごせないタチの俺にとって、その後トラブルに巻き込まれると分かっていても放って置くことは出来なかっただろう。


俺はそんな思考を一旦切り替え、今はとにかく走ることが重要だと集中することにした。

余裕ぶってはいるが、こちらのスタミナは既に限界寸前だ。

顔にはここ数年で一番の汗が浮かんでおり、身体が酸素を求め呼吸が荒くなる。

ここまで死に物狂いで全力で走ったのは生まれて初めてのことかもしれない。

そんな決死のランニングだったが、不意に足がもつれ体勢が崩れる。


「っ!?」


突然のアクシデントだったが、俺はなんとか持ち堪え転ぶことだけは避けることができた。

しかしその一瞬が致命的だったようで。


「はっ!やっと追いついたぜ!」


彼我の距離は残り1メートルを切っていた。


くそっ(きゅしょっ)!」


背後に肉迫した不良達をなんとか振り切る為俺は足に力を入れ直す。

しかしこれ以上スピードが上がることはなく、リーダー格の男が伸ばす手が風に揺れる俺の服に軽く触れた。

絶望的な状況。だが俺にこの状況を覆す術など残っておらず。


くそったれぇ(くしょったりぇ)ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


せめてもの抵抗としてか、俺は無意識にあらん限りの声を叫んでいた。


その刹那、俺は周囲に光の粒子が漂うのを確かに目にした。


(なんだ……?)


しかし疑問が声になることはなく、状況が一変する。

俺の目の前に突如として現れたモノ。

それは3メートルほどの大きさの縦に長い楕円形だった。

色は影のように黒く、そして陽炎のように揺らめいている。

そんな明らかに異常なモノが何の前触れもなく目の前に現れたのだ。

勿論俺が回避することはできない。そして。


(体が……落ちていく……!?)


モノは何の抵抗もなく俺の身体を浸し、それが全身にまで至ると途方も無い浮遊感が俺を襲った。

その感覚に抗う術などない。

俺は暗闇のなかでジタバタと身体を動かすがなにも起きることはなかった。


それが俺のこの世界の終わりであり。


そして新たな世界の始まりであった。






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