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酒場の主人

 髭面の男は、何かを言いかけて口を噤んだ。

 そして強い酒を一杯頼み、一気に呷った。それからもう一度何かを言いかけて……やはり口を噤んだ。

 そんなことを先程から何度も繰り返していた。


 酒場の主人はみかねて言った。

 「一体何度目だ。話したいことがあるならさっさといえ、〈モグラ〉。まぁ、俺は儲かるから何度やってくれてもいいんだけどな」

 「……すまねぇ」

 〈モグラのオーリン〉背中を丸め、追加でもう一杯、強いのを頼んだ。

 店主はため息をついて、棚の隅から奇妙にくびれた酒瓶を取ると中身を新しい酒杯に注いだ。周囲に強いオーク樽の香りが広がった。

 「そんなん出されても払えねぇよ」

 「奢りだ。それ飲んでさっさと話せ」

 オーリンは、しばらく差し出されたコップを眺めていたが、やがて覚悟を決めたように受け取り、一気に中身を呷った。

 それを見た店主は渋い顔で何か言いたそうにしたが、結局何も言わなかった。

 しばしの沈黙の後、店主は促した。

 「で、何があったんだ」

 「……見ちまったんだよ」

 「もったいぶるな」

 「ダリオンの旦那だよ」

 冒険者はみな迷信深かったが、幽霊を怖れる者はいなかった。アンデッドは彼らにとって日常的な存在だった。

 「……まさか。あれから二年だぞ。さすがに生きちゃいないだろう」

 「本当だ。確かに見たんだ。〈大鐘乳窟〉の奥で。ロメルも一緒に見たんだ」

 「で、そのロメルは帰ってくる途中で死んじまったと」

 「俺もあいつも動揺してたんだ。それでアイツ、うっかり罠を踏んじまって、毒槍が仕込まれてて……」

 「まったく、〈モグラのオーリン〉ともあろう男がなんて様だ。そんなんじゃダリオンの旦那が泣くぞ」

 ダリオンの名を聞いて、オーリンはびくっと肩を震わせた。

 その様子を見て、店主はもう一度ため息をつき例の瓶を手に取った。

 が、すぐに考え直して瓶を棚にしまうと、別な飲み物を差し出した。温めたヤギの乳だった。

 オーリンは未練がましい目で棚の隅を見た後、ヤギの乳をフウフウいいながら啜った。

 「……すまねぇ。ちょっと取り乱してたみたいだ」

 「落ち着いたようで何よりだ。で、今回はどれぐらい地下にいたんだったか」

 「半年だ。ちょっと本腰入れて探ってみようと思ってな」

 「例の抜け道か」

 「おうよ。最近は割と本気で楽しくなってきちまってな」

 「だからって半年は潜りすぎだ。付き合わされる団員はたまったもんじゃないだろ。せめて三ヶ月に一度は戻ってこい。できれば月ごとに」

 「団員はちゃんと交代で戻してるぞ」

 「お前も戻るんだ。大方、迷宮の毒気にあてられて幻覚でも見たんだろう」

 「迷宮に籠ると幻覚を見るなんて話は聞いたことねぇな」

 「迷宮に半年もひきこもった奴の話も聞いたことがないぞ。お前が初めてだ」

 「俺様が〈モグラのオーリン〉だ。恐れ入ったか」

 そういってオーリンは笑った。

 「元気そうで何よりだ。まぁ、あれだ。本当に戻ってこいよ。お前が戻ってこないと商売あがったりだ」

 「……心配かけたな。おい、強いのをもう一杯」

 店主はまた何か言いかけたが、すぐに思い直してオーリンに一杯、それから自分にも同じものを一杯注いだ。

 「ロメルのために」

 二人の酒杯がカチャンと音を立てた。


 それからしばらく経った閏月のある日、〈片目のボリス〉が酒場に顔を出した。

 〈オルムのモグラ団〉の一員で、若いながらに〈モグラ〉の片腕と目されている男だった。

 「よう、ボリス。〈モグラ〉の様子はどうだ」

 酒場の主人が声をかけると、ボリスは難しい顔をした。

 「近頃、顔を見てないんだ。ここのところおやっさんは〈大鐘乳窟〉で遊んでばっかりだからな。代わりに俺は深部にこもりっきりだ。こっちには来てないのか?」

 「十日ばかり前に来たよ。しばらくは戻らんだろう」

 店主の答えを聞いて、ボリスの眉間にしわが寄った。

 「ここにいると思ってたのに。参ったな……」

 「下で何か問題でも起きたのか?」

 ボリスは肩をすくめた。

 「こっちは順調だ。問題なのはおやっさんの方だよ」

 聞けば、いつものようにオーリンの元へ送った交代の団員達が、〈大鐘乳窟〉のキャンプが無人で放置されていると報告してきたというのだ。

 「普段は見張りを残してるんだけどな。荷物は手付かずだし、戦った痕跡もない。一体どこに行っちまったやら」

 異常な事態であるにも拘らず、ボリスはどこかのほほんとしていた。〈モグラのオーリン〉ともあろうものが、〈大鐘乳窟〉ごときでどうにかなるはずがないと考えているのだろう。

 しかし、酒場の主人はどこか落ち着かないものを感じていた。彼の中の、かつて冒険者だった部分が騒いでいた。それなりに名の通った冒険者だったのだ。

 「……早めに探した方がいいかもしれないぞ」

 ボリスは店主の言葉を聞いて、ウ〜ンと唸った。

 「まぁ、他ならぬアンタが言うなら。うん、何人か上にやって探させることにするよ」

 ボリスはそういうと、食事を平らげ、何杯か酒を飲んでから迷宮に帰っていった。


 結局、オーリンは見つからなかった。ボリスは団員の殆どを〈大鐘乳窟〉に投入したが、オーリン本人はもちろん、彼とともにいたはずの団員たちの痕跡すら発見できなかった。

 憔悴しきった様子で事の次第を伝えに来たボリスを見送った後、酒場の主人はオーリンのために一人で酒杯を鳴らした。

 若かりし日に、共に大ネズミの肉をかじった仲間もとうとう自分一人になってしまった。

 寂しくは思うが、仕方のないことだった。冒険者とはそうしたものだ。




 それから、さらに何年もの月日が過ぎ、町にはいつしか奇妙な噂が流れるようになった。

 ダリオンは迷宮の奥深くで莫大な財宝を見つけた、あるいはそれをどこかに隠した、というものだ。

 ダリオンをよく知る者であれば鼻で笑うような噂だったが、そういった人物が減るにつれ様々な尾ひれがついていった。やがてそれは〈モグラのオーリン〉らの失踪とも絡められ、少しずつ人々の心を捉えていった。

 酒場の主人はそうした噂を快く思わなかったが、それでもその噂を安易に否定できなかった。

 彼は手帳の一件以降、ダリオンが自分たちには決して見せることのなかった一面を持っていたことを知ってしまっていた。

 マルトスはあれ以来この町を訪れることはなく、あの手帳の正体はついにわからないままだった。

 酒場の主人が店を譲って隠居する頃には、〈ダリオンの財宝〉は半ば事実として定着してしまっていた。

 かくして、〈白髪のダリオン〉は伝説となり、迷宮にその名を永遠にとどめることになったのだった。


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