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モグラのオーリン

 「そうか、とうとう見つかったのか」

 髭面の大男が、壁にかけられた錆びだらけの剣を見上げて、しみじみといった。

 悲しくはなかった。どちらかと言えば、大往生を見届けたような気分だった。

 「剣だけだが。まぁ、おんなじことだな」

 酒場の主人は焼いた肉がのった皿を差し出しながら答えた。

 香ばしく焼けたそれをみて、髭面は顔をしかめた。

 「なんだこれは」

 「大ネズミの炙り焼きだ。サービスだから気にするな」

 「見りゃわかるよ。サービスじゃなくて嫌がらせだろうが」

 「ダリオンの旦那を偲んでもらおうと思ってな」

 髭面はため息をつきながらそれを受け取った。

 「兄貴も好きで食ってたわけじゃないと思うぞ……しかし懐かしいな。あの頃は駆け出しでよ、腹をすかしてるところにダリオンの兄貴が来てな。飯を食わせてくれるっていうからついて行ったら、〈大鐘乳窟〉に連れ込まれてこいつを食わされたんだった」

 「ははは。俺もそんな感じで食わされた。それが片や酒場の主。片や、50人を超える大パーティーを率いる一流冒険者様なんだから出世したもんだな、〈モグラ〉よ」

 「本当に、若い頃には世話んなりっぱなしだったが……まぁ、ちったあ恩も返せたかね。もうちょい飲みに戻ればよかったかなぁ」

 髭面の大男――〈モグラのオーリン〉は、目を輝かせて深部の話に耳を傾けるダリオンを思い出しながら、大ネズミの肉をかじった。

 「お前は一度潜ると長いからな。今はどうしてるんだ?」

 「第四層の〈地底都市〉までベースキャンプを前進させて、第五層の〈大神殿〉を探索中だ。だが、補給がだんだん難しくなってきてな。人を増やして、第二層辺りに中継キャンプを作ろうかと思ってる。その辺りまでなら、ひよっこでも運べるだろう。いくらか効率も上がるはずだ」

 「景気のいい話だな」

 「あぁ、おかげさまでな。しかしあの〈白髪のダリオン〉がなあ。いつかこうなるだろうとは思っていたが、まさか本当にその日が来るとはなあ」

 「年寄る波には誰も勝てんってことかね」

 「だけどよお、〈大鐘乳窟〉あたりなら灯り無しでも歩けたんだぜ。それがなぁ、一体どうして死んだんだか。あの辺りで兄貴が死ぬなんて、想像もつかねぇよ」

 そういって、オーリンは酒を呷った。それから、ちらりと壁の剣に目をやった。

 「そういや、その剣はどこに落ちてたんだ?俺も捜索に加わったし、〈大鐘乳窟〉から〈地下迷宮〉まで散々探しても何にも見つからなかったじゃないか。なんならもう一度、そいつが見つかった辺りを探してみたいんだが」

 酒場の主人は同じように錆びた剣をちらりと見て、それから少しだけ考え込んだ。

 「……どうした?」

 「いや、それが少し妙なところで発見されていてな」

 「ほう」

 オーリンの目が鋭くなった。

 「持ち帰ってきた奴が言うにはな、〈地底都市〉のオークキャンプで手に入れたって」

 「〈地底都市〉?第四層じゃねぇか。オークキャンプっていうと、そこの東の広場にあるあれか?」

 「あぁ、そう言っていた」

 「なんだってそんなところに……何かの間違いじゃないか?」

 「わからん。少なくとも嘘をついている様子はなかったな」

 「ダリオンの兄貴が一人で第三層を抜けられるとは思えねぇが……」

 オーリンは首をひねった。

 「……ゴブリン辺りが拾って、巡り巡ってオークキャンプまでいったのかもな」

 酒場の主人はそういったものの、自分でも少し無理があると考えているのがオーリンにも見て取れた。

 「まぁ、そういうこともないとは言い切れねぇが……しかしなぁ……」

 「あるいは、旦那は抜け道でも見つけたのかもしれないな。〈大鐘乳窟〉には未踏査の横穴が山ほどある。ほら、例の噂は聞いたことがあるだろう」

 「〈大鐘乳窟〉と〈海神の祠〉がつながってるっていうあれか?」

 〈海神の祠〉は、はるか南の海岸にある迷宮の名だった。

 「あぁ、そうだ。それがアリなら、今知られている以外にも深部へ抜ける道があったっておかしくはないだろう」

 オーリンはしばらく思いにふけった後、微笑んで言った。

 「そうだな、そのほうがあり得そうだな」

 そして、何より救いがあるな、と内心で呟く。

 いつかこの目で〈地底都市〉を拝んでやる、ダリオンが酒を飲みながらそういって笑っていたのを思い出す。

 彼は本当に、〈地底都市〉までたどり着いたのだろうか?

 そうであればいいと、オーリンは心の底から願った。

 店主を見ると、遠い目をして錆びた剣を見ていた。きっと同じことを考えているのだろう。

 「おい、グロイトを一杯。お前も注げ。奢りだ」

 グロイトはダリオンがよく飲んでいた酒だった。この辺りで作られる安酒だ。

 「ダリオンのために」

 そういって二人は安酒の入った酒杯を突き合わせた。

 冒険者を弔うには、これで充分だった。


 それはそれとして、とオーリンは〈オルムのモグラ団〉の団長として考える。

 本当にそんな抜け道があるのなら、探してみるのもいいかもしれない。

 ベースキャンプへの補給はぐっと楽になりそうだ。

 もし首尾よく見つけることができたなら、兄貴の名前を付けよう。

 「ダリオンの抜け道、か……」

 兄貴は喜ぶだろうか?嫌がりそうな気もするな。

 皆で五十の誕生日を祝った時のダリオンの顔を思い出し、オーリンはニヤリと笑った。


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