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E.G.G.  作者: 針山筵
3/3

3. 叔父の遺言

ここで少し、叔父の話をしておこう。

奇妙な叔父と、彼が残していった不思議な卵の話を。


叔父の名前は京政院けいせいいんあがり

叔父は魔法使いだった。

叔父がそう名乗ったことはなかったし、一般にイメージされる魔法使いのイメージとは少し違うかもしれないが。


それでも俺が思うに叔父は魔法使いだった。

だがそんなにわかりやすい魔法使いではなかった。

だから、俺が叔父について知っていることを少し話さなけれななるまい。

俺の、自分の叔父が魔法使いだったという解釈があっているか考えるために。


俺は生まれてから15歳で叔父がなくなるまで、ずっと叔父と一緒だった。

両親のいない俺を育ててくれた叔父が、本当に血縁上の俺の叔父に当たるのかどうかわわからない。

だが、彼は俺に対して十分な衣食住を提供してくれたし、おかげで俺は虐待やいじめなどの被害に合うこともなかった。


それだけで俺にとって叔父を尊敬するには十分な理由だった。

しかし、そんな叔父は俺にいくつかの隠し事をしていた。

例えばその一つが叔父の仕事である。

15年もの間、ずっと一緒に暮らしていたというのに、俺は叔父が毎日どこで何をしていて、どうやって収入を得ているのか知らなかった。

毎日、土曜も日曜も問わず、叔父は毎日朝8時になると家を出て、午後の4時ごろに帰ってくる。

しかし、スーツに着替えるわけでもなく、カバンも持たず、ただ一つ、卵のような形の石を持って出かけて行く。


小さい頃は何回か同じ質問をしたものだ。


「ねえ、おじさん。いつも、おうちを出て何をしてるの?」


普通に考えれば、成人した男性が朝出かけて行くところといえば勤務先なのだろうが、叔父がどこかに勤めていたということはないと思う。

服装はともかく、カバンも持たず、必ず変な石を持って会社に出かける人間など、この世に存在しないだろう。

それに、誰かがあの叔父をあれこれと指示してこき使うなど全く想像できないし、叔父の方も黙って人に使われるような人間ではなかったのだ。


実際、どこで働いているのかと聞いた時には、叔父は苦笑いしていた。

少なくともどこかの会社で働いているというわけではないと言っていた。

だが、個人事業者とかいったものでもなかったのではないだろうかと思う。

何しろ、15年もの間、叔父が電話というものをかけたりとったりしているのを見たことがなかった。


だから、家にかかってくる電話を取るのは俺の仕事で、それはほとんどの場合は保険やらの勧誘で、「親は今留守にしてます」といってすぐに受話器を置くのが常になっていた。

そして不思議なことに、叔父はスマートフォンはおろか、携帯電話もパーソナルコンピューターも持ち合わせていなかった。


とにかくアナログな人だったが、うちに叔父を訪ねてくるものはなかった。

友人も、仕事の同僚も、客も。

だが叔父は人嫌いだったというわけではなかったと思う。

叔父と外食に出かけたときも、店員には丁寧に話していたし、俺に対しても、いつも優しく丁寧な態度(・・・・・)だった。


叔父は誰にでも丁寧だった。

つねに誰に対しても敬語で話し、その相手に気を配る、どこかよそよそしいというか、他人行儀なきらいはあったたが、よくできた大人だったと思う。

叔父はその柔らかな物腰と、収入や職業などの謎もあって、常に神秘的な雰囲気を醸し出していた。


中学に上がった頃に何回か、そんな叔父の秘密を掴んでやろうとして、尾行をしたことがある。

ところが不思議なことに、俺はどんなに気合を入れて叔父に張りつこうとしても、店の展示品だとか、街を歩く可愛い女の子だとか、そういった別の物事に気を引かれてしまうのだ。

そうして、そのまま当初の目的を忘れてしまって、家に帰ってきた頃に思い出すのだ。そうだ、叔父を尾行しに出かけたのだった、と。


もちろん1回や2回ならそういうこともないとはいえないだろう。

しかし、それが5回、6回と繰り返されて、どうもおかしいと感じ始めた。

そもそも俺はそこまで移り気のある方ではないのだ。

そうでなくても、尾行するつもりで出かけた人間が当初の目的を忘れて帰ってくるということ自体、そうそうあるとは思えない。


そして、叔父の不思議なところはそれだけにとどまらなかった。

叔父は家にいるとき、俺の宿題を見てくれたり、話し相手になってくれたり、料理やその他の家事全般を教えてくれたりするのだが、時に書斎にこもって何時間も出てこないことがあった。


そして、書斎から出てきたときは決まって浮かない顔をしていた。

何があったのかと聞いても、叔父は悲しい顔をして首を振るだけだった。

それはきっと叔父の仕事と関係があったのだろうと思う。

普通の人とは違う、叔父だけの仕事。

今になっても、その仕事がなんだったのかはわからない。


だが叔父はなんらかの難しい問題を抱えていて、それを解決するために毎日どこかに出かけていって、時に書斎にこもっていた。


それがどんな問題だったのかはわからない。

ただ、それは最後まで解決できずじまいだったようだ。

それが証拠に、叔父は俺に莫大な遺産とともに不思議な石を残していった。

叔父が毎日出かける時に持っていっていた卵の形をした石。


それは中国のヒスイの玉石のように淡い緑色をしていて、見た目からは想像できないほどの質量を持っていた。

まるで、鉛のように重いその石がまさしく卵なのだということを知ったのはつい最近のことだ。


俺が反ケ滝高校に行くように言われたとき、叔父はすでに重い病に伏せっていた。

今年に入った頃になって急激に叔父の体調は悪化し、日に日に見てわかるほどに痩せ細っていった。


当然、俺は叔父に病院に行くように勧めたし、叔父が今で倒れているのを見たときは救急車を呼んだこともあった。


しかし、叔父は救急車を追い返すと、「2度と呼ぶな」と俺に言った。

普段は敬語しかつかはない叔父が、俺を睨むようにして言ったのだ。

それで、俺は家で叔父の世話をすることになった。

学校をしばしば休んでは叔父の介護をしたが、……長くはなかった。


そして、臥せっていた叔父は俺に反ケ滝高校へ行くように言うと、一緒に不思議な石を俺に譲ってくれた。


いや、本当は押し付けられたと言うのが正しいのかもしれない。

何せ、この石というのがわりと厄介なもので、鉛のように重いというのに、ずっと肌身離さず持っていなければならないというのである。


そして、叔父はこうも言っていた。


「絶対に誰にも渡してはいけない。奪われないように守り続けなさい」


これはつまり、奪おうとしてくるものがいるということだ。

誰が、なぜ、これを奪おうとしてくるのか、叔父は教えてくれなかった。

ただ、この石は卵であり、無事に孵るまで見守らなければならないらしい。


つまり、叔父は石を守るために毎日外に出かけて、何かをしていたのだ。

それが何かを教えてくれることはなかったが、そのとき叔父は卵を守るために俺に魔法を覚えるように言った。


当然のことながら、俺は魔法なんて使えない。

だからもし叔父がそういうのなら、叔父に教えて欲しいと頼んだ。

もちろん。そのとき俺は叔父が魔法を使えるのだろうと思っていたし、すぐにでもなんらかしらの指導をしてくれるのだろうと思っていた。


だけど叔父は教えてくれなかった。

どうやれば魔法を覚えられるのかも、叔父の言う魔法というのが何なのかも。

そして叔父はあっさりと死んでしまった。

あんなに何でもできて、何でも知っていた叔父があっけなく死んでしまった。


だが、やはり叔父に抜かりはなかった。

ちゃんと俺が勉強を学べるようにしてくれていたのだ。

この反ケ滝高校で学べるように。

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