医療少年院
本山宗太郎は、医療少年院の食堂でマラソン中継を見ていた。
テレビ視聴はいつもなら午後9時までだ。
今日は特別にマラソン終了の10時半まで見ることができるそうだ。
テレビ中継では、柔道はよく見ていた。
結果は惨敗ともいうべき結果だった。
自分が出ていれば、と思った。
傷害事件を起こした俺に可能性はないが。
マラソン中継を見て、あいつを思い出した。
駅前のコンビニにいた奴だ。
あの日、由佳に謝ろうとして待ち構えていた。
同じ聾学校の女子の名前でメールし、由佳を呼びだしたのだ。
俺の顔を見たら、あわてて逃げようとしやがった。
つかまえようとしたら、背の高い男に邪魔をされた。
殴って、投げ飛ばしてやった。
こんな事になるとは思わなかった。
あいつが、俺の邪魔をしたのか。
卒業式でやったことはもう忘れたい。
何であんなことをしてしまったのか、今でも分からない。
家から短い鉄パイプを学校に持っていった。
ズボンのポケットに入れて卒業式に参加。
式後、うざい担任を脅かすだけのつもりだった。
自分を押さえられず、由佳まで大けがを負わせてしまった。
鑑別所での一か月は長かった。
5月の審判で、3年以上5年以内の不定期刑と決まった。
京都の医療少年院に移されて三か月が過ぎた。
特別少年院に行くはずが、ろう者ということで配慮されたそうだ。
それをうれしいと思う気持ちは全くなかった。
「家を空けとくから由佳ちゃんをよんだら?」
そうたきつけたお袋は一度も会いに来ない。
あれがけちのつき初めだ。
お袋もあほだが、その言葉に惑わされて、由佳にレイプまがいのことをした俺も大馬鹿だった。
由佳は俺に親切だった。
それが好意や愛ではないことは、とっくに分かっていた。
抵抗する彼女を押さえつけた時、三田島先生のことが頭にうかんだ。
先生は俺を絶対許さないだろう。
もちろん由佳だって。
俺はここで何をしている?
ふっと力を抜いた途端、由佳は何も持たず逃げ出した。
どうせレイプしていたとしても、由佳が俺と一緒になることなんてなかった。
無期停学になり、卒業式で傷害事件。
あと3年以上、20才を過ぎるまでこんなところで過ごすのか。
家でめったに顔を合わさなかった親父が面会に来た。
今住んでいる家は売り払うそうだ。
俺のせいなんだろうか。
「鉄工場は、お前が帰ってくるまでやりくりして残しておく」
そうノートに書いて帰った。
親父もお袋も手話はできない。
ここで会話した内容は全部記録される。
先月、聾学校高等部の副担任が面会に来た。
聾学校は複数担任で、頭を鉄の棒で殴り重傷を負わせた相手が主担任だ。
手話と口話で会話をした。
「お前が怪我をさせた市内先生はようやく退院できた。三田島さんの指はもう一生くっ付かないそうだ。お前だけ元気でいいな」
こいつ何しに来たんだ。
睨み付けた。
「2年の吉沢明日葉を知っているな?お前、あの子に手を付けただろう。やりたい放題だな。あの子が妊娠をしていたのを知っていたか?知らんかっただろう。分かったのが遅くてもう産まざるを得なくなった。両親は、出産したらすぐに養子に出すつもりだ。私もそれがいいと思う。だが吉沢がそれを拒んでいる。お前の気持ちが知りたいそうだ。だからそれを聞きに来た」
頭が混乱して、話に付いていけない。
明日葉は、以前から俺に気があることを隠そうとしなかった。
だから学校内で、隠れてキスをしたり胸に手を入れたり好き勝手してきた。
停学中、彼女を何度か家に呼んで抱いた。
あの時か。
あいつは由佳のように抵抗しなかった。
でも軽度の知的障害のある明日葉とは、何か話が通じにくいもどかしさがあった。
避妊なんか考えもしてなかった。
「では、お前が明日葉も子供もいらないと言ったと伝えておく」
元担任が監視の職員に手を上げた。
来て5分も経っていない。
振り向きもせずドアに向かった。
宗太郎は出せない声で叫んだ。
何かが咆哮しているようなわめき声。
元担任の脚に飛びついた。
監視人と元担任が引き離そうとするが、必死でしがみついた。
だめだ、絶対だめだ。
今、明日葉を失ってしまったら俺は完全におしまいだ。
彼が泣いていることが分かり、二人の大人は顔を見合わせて動きを止めた。
彼は元担任の足に抱き着いたまま、ここに来て一度も流したことのない涙を流し続けていた。
次の日のテレビニュースで、あの男がゴールしてから手話で由佳に謝っている姿が出てきた。
あいつら付き合っていたのか。
あいつ馬鹿か。
銀メダルを取って謝るか。
まあいい。
俺だって、明日葉ともうすぐ産まれる子供が待ってくれている。




