寺での応援
マラソンがスタートする時間、浩輔は兄夫婦と寺の大広間にいた。
座布団が何十枚も敷いてある。
寺では大きなテレビを、わざわざこの日のために購入した。
見ているのは3人だけだ。
初めは法話会の人たちと応援するはずだった。
その家族や近所の人、さらにテレビ局も来ると聞いて、兄はあっさり中止にしてしまった。
確かに、この部屋に何百人も来たら大変なことになる。
浩輔は、応援会場の予定だった大広間でビールを開けた。
号砲が鳴った。さあ行け、淳一君。
走り出してから、住職の兄が言った。
「このテレビなあ、淳一君と由佳が結婚する時二人にやることにした」
「まだまだ先でしょう。それにこんなでかいテレビ、普通の家じゃ置けませんよ」
「浩輔には言ってなかったな。あの二人、所帯を持ったらここに住んでもらおうと思っている」
「結婚なんて何年も先だろうし、彼だって卒業したらここを出て行くかもしれんでしょう」
「けどな浩輔。淳一君にとって、ここが実家となると彼の部屋に置いてもおかしくないだろう」
「何でここが彼の実家になるんですか?」
「まだ決まったわけじゃないが、今の親父さんの籍を抜いて、前の姓に戻りたいと言うから、それならうちの養子になればいいと話したんだ。別にいいだろ?」
「いや何とも。でも淳君も由佳もまだ二十才前ですよ」
「彼が帰国したら話を進めようと思っている。寺の跡継ぎは無理かもしれんが、わしの手伝いはやってくれそうだしな」
義姉が口をはさんだ。
「浩輔さんも美智子さんも反対しないよねえ。二人が結婚したら、うちの子になるけど」
浩輔は笑いをこらえた。
兄夫婦の様子を見ていたら反対なんかできない。
彼には最初から好感を持っていた。
今時珍しい純朴さがあり、人には優しく素直な少年だと思った。
遠慮をしがちなのは、一人で我慢ばかりしてきたからだろう。
ずっと前から彼の脚を診るたび、息子と向き合っているような気がしていた。
彼には、何とか応援してやりたいという魅力がある。
淳一君、がんばれ。
しかし10kmを過ぎたのに、彼はまだ先頭集団にも入っていない。




