マラソン表彰式
予定より1時間近く遅れて、マラソンの表彰式が始まった。
月桂冠をかぶせてもらい、台の左に立つ。
銀メダルか。
あと少しだったな。
この次、どこかで走ることがあるのだろうか。
淳一の名前がアナウンスで紹介されると、予想外に大きな拍手があった。
なぜ金メダリストより、俺への拍手が大きいのか分からない。
金メダリストの国歌演奏。
ここで不思議なことが起きた。
金メダル選手の国歌の演奏なのに、会場からイギリス国歌、『ゴッド・セイブ・ザ・クイーン』が聞こえ出したのだ。
会場にいるイギリス人がユニオンジャックを見ながら、自国の国歌を歌っている。
金メダリストはというと、顔をゆがめてうつむいていた。
そうか。
妨害行為への抗議の表現なのか。
それで俺への拍手が大きかったのか。
失格になった選手も可哀想だ。
普通に走っていれば、少なくとも銀か銅を取れたのに。
3人で肩を組んで記念撮影をすると思っていた。
金メダリストが、さっさと台から降りて離れていく。
このまま別れてしまうのか?
足が勝手に動いた。。
こわばった表情で歩く金メダリストの前に立った。
彼は驚いた表情で淳一を見た。
確か33才で、何度も優勝経験のあるベテラン選手だ。
今大会で引退するというニュースを読んだことがある。
握手を求めて右手を差し出した。
怪訝そうな顔をしながら、差し出した手を握ってくれた。
周りをカメラマンに取り囲まれ、フラッシュが一斉に光る。
彼に英語でゆっくり話した。
「優勝おめでとう。君がチャンピオンだ。いつか君と走る機会があることを望む。次は負けない」
彼は淳一の両肩を強くつかんだ。
怒ったのかと思った。
大きな目が潤んでいるように見えた。
もう一度手を出すと、彼は両手で握り返してきた。
すごくいい人だと思えてきた。
3位のイギリス人選手が、傍らで淳一を待っていた。
やや小柄で肌の色は黒い。
早口でまくしたてるので、何を言っているのか聞き取れない。
何か感謝の気持ちを表しているようだ。
話しながら淳一の手を引っ張った。
入り口で待っていた大河原コーチがあわてて止めようとした。
イギリス選手や記者、カメラマンに囲まれ、廊下の奥に連れて行かれた。
振り向くと、あっけにとられた顔の日本人のテレビ局員がいた。
助けてほしいのだけれど。
連れ込まれた部屋は、イギリス選手の記者会見場だ。
当然英国人ばかり。
二人がその会場に入ると、またフラッシュの光を浴びた。
拍手や口笛も聞こえる。
イギリス選手の横に座らされた。
どうしよう。
どこにも日本人なんていない。
インタビューが始まった。
英国人の選手が早口で話しかけてくるが、部分的にしか理解ができない。
言っていることが分からないとは、こんなに心細いものなのか。
そこに渉外の加納さんが現れた。
地獄に仏だ。
記者の質問を加納さんが通訳してくれた。
「2位になった選手の行為は、妨害と分かったか聞いている」
「それは言えません。もっと早くに勝負をしていたら抜けていたかもしれない。俺の力不足です。そう伝えて下さい」
加納さんが英語で話した。
しかし記者たちは納得した顔ではない。
次の質問を受けた。
「金メダリストに何を言った?」
「Congratulation・・・・」と、英語で同じことをもう一度話した。
会場から拍手や口笛が聞こえてきた。
銅メダリストからも肩を叩かれた。
さらにベスト記録や年齢など、たくさんの質問を受けた。
最後にイギリス選手と再び握手。
またフラッシュの嵐と鳴りやまぬ拍手。
ようやく解放され、ほっとした。
再度日本のテレビ局の取材を受けた。
ゴール前の気持ちとか、監督や応援してくれた人のおかげです、という話ばかり繰り返す。
一体いつ終わるんだ。
閉会式は見なかった。
轟音のような花火の音を聞きながら選手村に帰った。
彼女に会えないまま、長い一日が終わった。




