BBCの中継
BBC放送。ラジオ2のスタジオ。
鮫川春代は、チーフとマラソン中継のテレビを見ていた。
ずっと映っているのは、5位のイギリス選手だ。
先程1位だった選手が落ちて来て、4位を走っている。
スタジオのチーフは、あと一人抜けと大声で応援していた。
3位の日本人選手には、かなり離されている。
ゴール直前、日本選手の前に2位のアフリカ選手が立ちふさがり、邪魔をするように見えた。
「あれは、妨害行為じゃないのか?前の選手に金メダルを取らせるためにやっているように見える」
チーフが画面を指さしながら言った。
確かに、アフリカ選手は何度もコースを変え、日本選手の進路を塞ぐような形で走っている。
そのまま3人がフィニッシュした。
テレビでは、優勝した選手と、先ほど妨害したように見えた選手が肩を組んで、国旗を掲げウイニングランをしている姿が映し出された。
4位になったイギリス選手が、少し遅れてフィニッシュ。
手を上げて観客の歓声に応えている。
5位以下の選手はまだ映っていない。
日本選手、3位じゃ映らないのかな?
そう思っていると、走り終えた日本人選手が、観客席に向かって手を動かしている姿が映った。
誰に話しているんだろう?
テレビカメラは、その相手を見つけた。
若い日本女性だ。
彼女も手振りで何か答えている。
どちらも泣いているみたいだ。
画面は、また優勝した選手やイギリス選手に切り替わった。
「彼らが手で何を伝えていたのか知りたいな。感動的な場面のように見えた」
チーフが頭の後ろに手を組んで、後ろを振り返らずに言った。
返事はなく、押し殺したような声が聞こえるので振り向いた。
「どうした?ハル。泣いているのか。いつも冷静な君が」
彼女は、両手を握り肩を震わせている。
「私、あの人達の言葉が分かります。あれは日本の手話」
そこで大きく息を吸って言った。
「あの画像にテロップをつけて流すことができたら・・・」
あっけにとられたチーフは、彼女を見つめていた。
はっと気づいて、電話に飛びついた。
鮫川春代はここBBCで、今年部署を替わるまで日本語放送を担当していた。
彼女の息子は難聴で、横浜の公立小学校に通わせていた。
中学に入る前、日本の学校教育に見切りをつけ、夫が働くロンドンに移り住むことに決めた。
在日中は、日本手話を親子で必死に覚えたが、今はイギリス手話で生活をしている。
もう使うことがないと思っていた日本手話と、こんなところで出会うとは思ってもみなかった。
ゴール横の一台のカメラは、二人の手話の様子を最後まで撮影していた。
その映像は、テロップ付きで動画配信されることになった。
全世界に!




