妨害じゃないのか?
ウォータールー橋近くで、残り2kmの表示が見えてきた。
ウエストミンスターブリッジで左に曲がると長い直線がある。
決めた。
あそこでダッシュだ。
給水所にはもう誰も近寄らない。
ビッグベンが見える90度のカーブが終わった途端、スパートをかけた。
3位の選手を抜いた。
ついさっきまでトップを走っていた選手だ。
後はゴールに向けてまっしぐらだ。
前には二人だけ。絶対追いつく。
そして抜いてやる。
そこで意外なことが起きた。
突然、緑色のシャツを着た選手が、目の前に現れた。
何でだ?
道は直線でこんなに広いのに。
左に寄ってすり抜けようとしたが、また前に来る。
おまけに手の振りを大きくして、近寄ると当たりそうになった。
右に行こうとすると、また寄ってくる。
横目で、淳一の動きを見ながら反応しているようだ。
これは妨害じゃないのか?
左に移動して、そのまま突っ込むように突き進んだ。
バッキンガム宮殿を左に見る最後の右カーブ。
大歓声が聞こえる。
先頭はすぐそこだ。
あと少し。
もう少しだけ頑張れ。
500mの直線路を真っ直ぐ走る。
向こうにフィニッシュ地点が見えてきた。
先程の選手が、進路を塞ごうとするようにまた近づいてきた。
この野郎!
猛然と右に寄ってダッシュ。
もうぶつかっても構わない。
実際、肩が触れ合った。
そいつと二人、肩を並べながらフィニッシュラインになだれ込んだ。
電光掲示板は2時間8分5秒34で止まっている。
3位か。
先頭の選手と10mの差。
1秒少しの差だ。
わずかに俺の邪魔をした選手が速かったようだ。
女性の係員からタオルを渡されたが、呆然として動けなかった。
こんな終わり方ってあるのか?
その場にしゃがみこんだ。
1位、2位の選手が抱き合い、大きな緑の国旗を頭の上にかかげて走り出した。
俺は3位で銅メダルか。
いつの間にか現れた大河原さんから、大きな日の丸を受け取った。
広げて喜ぶ気にはなれない。
ゆっくり観客席に目を向けた。
足を引きずりながら由佳を探す。
探していると涙があふれ出てきた。
紫色の幕のすぐ上に、日の丸を持つ由佳を見つけた。
また大歓声が起こった。
振り返ると、4位のイギリス選手がフィニッシュをしたようだ。
唇をかんで、由佳を見つめた。
涙が止まらない。
あんなに走ったのに、まだ水分が残っているなんて。
日の丸を肩にかけて、手話をする。
「僕は負けた。君があんなに助けてくれたのに勝てなかった。本当にごめん」
彼女も泣いていた。
泣きながら頭を左右に振った。
「あなたは勝った。みんな知っている。本当はあなたが一番」
涙で彼女がぼやける。
悔しいし、悲しい。
「僕の頑張りが足りなかった。3位ではだめだ。君に謝る。本当にすまない」
彼女は首を横に振り続けた。
「何位でもかまわない。私はあなたを誇りに思う。あなたを愛している」
周りの観衆が、二人の手話に気付いた。
最初に由佳の近くにいた人たちが、ゆっくりと拍手を始めた。
それがだんだん周りに広がっていく。
彼女の母親が、泣いている由佳に周りを見るよう促した。
彼女も視線を上げ、周囲の人が自分達に拍手をしてくれているのに気付いた。
涙をぬぐい、観客に向かって、何か短い手話をした。
最後に、その場を離れる淳一に小さく手を振り続けた。
美智子は由佳の手話が分からなかった。
「さっき手話で、何を伝えたの?」
「イギリス手話で、アイ ラブ ロンドン。でも誰も分からないと思う」
確かにその場の人たちは分からなかったかもしれない。
しかし・・・




