祝オリンピック出場
オリンピック代表選手団の競技役員で、長距離担当コーチである大河原さんから連絡があった。
大学や企業の陸上部監督を長年やってきた偉い人らしい。
彼から何でも希望を言ってくれと言われた。
トレーナーとして由佳の同行を頼んだが、あっさり却下された。
どうしてもと言うなら自費で行くしかないそうだ。
せめて選手村に入れないかと聞いたら「もう少し常識を持て」とまで言われてしまった。
俺のサポートは由佳以外に考えられない。
がっかりしてそのことを由佳に告げたが、彼女は淳一のように落ち込まなかった。
「私は母とロンドンへ行く。ジュンより早く行っていろいろ調べたい。帰りは一緒になりたいけど、どうなるか分からない」
「ロンドンまで、すごく費用がかかるよ」
「ジュンは自分の体調だけ気をつけたらいい。メダルを取ったら賞金はもらう」
「行けただけで精一杯だ。メダルは世界で三人しかいないよ」
「あと四か月ある。あなたならまだ記録を伸ばせる。一緒に頑張ろう」
可愛い笑顔で元気づけてくれた。
やっと頂上にたどり着いたと思ったら、まだそこから、はるか彼方に目指す山頂が見えてきたみたいだ。
「君の言うとおりにする。でも看護学校は?」
「両親と話し合って決めた。あなたをサポートしながら学校に行く」
両立できるのかな。
すごくハードな生活になりそうだ。
新年度から生活が変わった。
朝5時起床。以前より1時間早い。
簡単に体を温め、いつものコースを2周走る。
6時過ぎには彼女が公園で待ち構えていて、入念なストレッチと筋トレ。
マッサージは寺で行い、その後シャワー。
彼女の骨折は、ほぼ治ったが左薬指に小指が付かなくなっている。
「ジュンを押さえる力が増えたからよかった」と言うが、手をつないだ時、小指を見ると心が痛む。
一緒に朝食をとった後、寺の庭や納骨堂の掃除をする。
終われば淳一は大学、彼女は看護学校に行く。
授業では何を言っているかほとんどわからないので、教科書と友達のノートを見て暗記しているらしい。
俺の方は昼食後、部室か吉泉研究室のマシンを使って筋トレやトレーニング。
研究室では、毎回データを取られる。
夕刻、大学か王子の競技場で三千か五千のインターバル。
どの練習でも、部員が一緒に走ったりタイムを測ったりしてくれる。
テレビや新聞社の取材は、マネージャーさんが窓口になって対応してもらっている。
インタビューの断りばかりで、かなり迷惑をかけているようだ。
寺には、淳一がいてもいなくても留守ということににしている。
電話だけでなく訪れてくる人も増え、伯母さんは困っていると聞いた。
淳一の通った小、中、高の学校と今住んでいる地域の自治会から、応援団を作るという連絡があった。
挨拶には行けないと伝えると、それぞれ勝手に応援会をやるそうだ。
通学のたび、駅前のアーケードにある『祝 六甲大 倉本淳一君オリンピック出場』という大きな垂れ幕の下を通るのは、何とも気恥ずかしい。
インタビューをされたら、いつも言う事は決まっている。
「二人の先輩の後を追いかけます。ロンドンで経験を積み、次で花を開かせたいです」
「女性のコーチに指導を受けていると聞いたけど?」
そんな質問した記者がいて焦ったことがある。
由佳を表に出したくない。
五輪に選ばれた後の事など、考えてもいなかった。




